コラム  国際交流  2022.01.05

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第153号 (2022年1月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

米国 中国

謹賀新年。今年こそパンデミックが収束し、平和と繁栄を享受する日々が世界に訪れる事を願っている。

11月末に北京で開催された国際会議で、英国の経済学者、チャールズ・グッドハート教授は、小誌第146号(昨年6月)で触れた著書(Demographic Reversal(«人口大逆转»))を基に忍び寄るインフレと金利上昇を語った。またハーバード大学出身の李稻葵清華大学教授兼経済思想・実践研究院(ACCEPT)院長は、本年中に1羽のblack swan(黑天鹅)と3頭のgray rhinos(灰犀牛)が訪れると述べた。彼が語るblack swanは感染症を、そしてgray rhinosは①景気後退、②不安定なsupply chains、③代替エネルギー技術開発を指し、これらに関する内外の情報に気を配り、加えて友人達と小幡績慶應義塾大学准教授等の優れた見解について議論している。

中国政府が12月4日に発表した資料に関し、欧米の友人達が興味深い感想を伝えて来た。

発表資料(“China: Democracy That Works (中国的民主)”)の中の用語—democratic dictatorship (民主专政/民主専政)—に欧米の友人達が当惑と疑念を示した。筆者は思わず笑い、同時に嘗ての日本の要人が語った“違和感”を発出する言葉を思い出していた—1941年、松岡洋右外相はスターリンに対し、日本は古来「道徳的共産主義(моральный коммунизм)」の国と語り、その年の直前、文部大臣であった荒木貞夫陸軍大将は訪日したナチ党員に、日本は「天皇の‘共和国’(die „kaiserliche Republik“)」と語って相手側を当惑させた。

それにしても中国共産党による啓蒙活動・世論操作は見事だ。筆者は日本で視聴可能な番組—例えばCCTV/大富による「習主席かく語りき(«平“语”近人—习近平总书记用典»)」や「国家の記憶(«国家记忆»)」—を時折観て感心している。そして未だ観ていないが、朝鮮戦争で中国軍が米国軍を苦しめた事を(派手に(?))描いた映画(«长津湖(The Battle at Lake Changjin)»)は昨年大ヒットしたらしい。

共産党だけでなく嘗ての国民党も内外の世論操作に優れていた。愛国的映画に関し、近衛文麿内閣の風見章秘書官長は、訪中して観た«迷途的羔羊(A Lamb Astray)»(1936)について、「誰もが抗日の憤りに胸を燃やさずにはいられない」印象を受けたと語っている。

長年にわたり我が日本は中国の対外宣伝活動に翻弄されてきた—日本では余り知られていないが、共産党による“平型关”(1937)や国民党による“臺兒莊”(1938)は、海外では良く知られた戦史の一部だ。また蒋介石は1941年、文豪アーネスト・ヘミングウェイを招き、海外世論の“親中”色を色濃くさせている。かくして筆者は今、日本のpublic diplomacyの必要性を強く認識している次第だ。

現在の米中関係の悪化を反映し、科学技術研究の性格が“協力”から“警戒・対立・競争”へと変化し始めた。

先月21日、世界超一流の化学者のひとり、ハーバード大学のチャールズ・リーバー教授に対し、対中関係(Thousand Talents Program(千人计划))で連邦地裁が有罪の評決を下した。最先端の科学技術研究は軍民両用(dual use)の性格を帯びるが故に国際政治に大きく左右される。これに関しHarvard Kennedy School (HKS)のグラアム・アリソン教授は先月7日、報告書(“The Great Tech Rivalry: China vs the U.S.”)を発表した。同報告書は、6つの科学技術分野における米中間の競争について現状と米国の問題を指摘している(6分野とは、人工知能(AI)、通信(5G)、情報(量子情報と半導体)、生物工学、自然エネルギー)。そして、米国が中国との“競争”に勝つための主導役(“macro drivers”)として、①人材育成、②研究開発(R&D)における共生関係、③国家政策の3つを挙げている。

米中両国が抱える問題としては、①人材育成と②R&Dにおける共生関係が、共に“警戒・対立”と相容れない点だ。即ち国籍に関係なく、“優れた人”・“効率的な組織”・“豊富な資金”は存在する。例えばAIの最先端分野では、中国出身のLi Feifei(李飛飛)、台湾出身のLee Kaifu(李開復)、英国出身のAndrew Yan-Tak Ng(呉恩達)等中華系人材の貢献を米国は無視出来ない(p. 4の図1参照)。

同報告書は日本に関しても触れている—1980年代、日本の“挑戦”は脅威と映ったが、日本の野望は自身の“ガラパゴス症候群(Galápagos syndrome)”が妨げとなり潰えてしまったと述べている。翻って中国は人材を海外に派遣し、今のところventure businessesも活発で、しかも強力な国家政策で米国との“競争”に勝つ勢いであると警戒感を緩めていない。ただ、米国に留学する中国人は依然として高い比率で米国に留まろうとしている(p. 4の図2参照)。このため、米国は彼等の“技術的対米背信”を警戒し、中国は彼等からの“対中貢献”を迫るであろう。かくして科学技術分野の“警戒・対立・競争”に関して、我が日本も注視する必要がある。

昨年12月7日、米国は80年目の“the Day of Infamy(真珠湾奇襲)”記念日を迎えた。

優れた戦史研究家のひとり、大木毅氏の近著(『日独伊三国同盟 「根拠なき確信」と「無責任」の果てに』 2021年11月)を読みつつ、「日本は或る意味で80年前もGalápagos syndromeに陥っていたのでは?」と考えている。日本の指導者達は“世界の大勢を鑑み”ず、根拠なき確信に基づき“亡国の同盟”である三国同盟を締結し、“亡国の戦争”へと導いた。この歴史を我々は忘れてはならない。

海外情報に明るい側近を軽視した指導者達—米語も独語も“カタコト”の近衛と東條の両首相、俚俗な米語をしゃべり続ける松岡外相(米国での成績はラテン語の方が米語より良かった)、大酒呑みで浅近な独語しか話せず独国防軍の高級将校から軽視された大島大使…。人間誰もが長所と(筆者の場合は特に)短所とを併有するが、彼等の情勢判断は明らかにGalápagos syndromeに起因したものだった。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第153号 (2022年1月)