メディア掲載  エネルギー・環境  2021.11.26

国連の気候会議で失われた国益

産経新聞 2021年11月26日付「正論」に掲載

エネルギー・環境

「先進国が率先して脱炭素に取り組み、中国に圧力をかければ、中国も先進国同様の取り組みをする」という説はやはり「おとぎ話」にすぎなかった。COP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)で中国は一歩も譲らず、先進国の自滅だけが確定した。

中国の完全勝利に終わった

今春の米国主催の気候サミットでG7(先進7カ国)諸国は軒並み「2030年までにCO2等の温室効果ガスを半減、50年までに排出ゼロ(脱炭素)」を宣言した。日本も昨年末の50年までの排出ゼロ宣言に続き、30年に46%削減すると宣言した。

これに対し中国は30年までCO2等を増やし続ける計画を変えなかった。ゼロにする時期も60年としていて、50年への前倒しには応じなかった。今回のCOP26でも、この構図は崩せなかった。のみならず各国が宣言してきた目標が格上げされ、パリ協定という国際条約の中で確定してしまった。

30年の目標は無謀なのでどうせ先進国は守れない。中国は大いに非難して外交上優位に立つだろう。また先進国は大幅に太陽光発電や電気自動車を導入するだろうが、中国からの輸入が多くなり中国を利する。先進国経済は重い負担を抱える。中国は敵の自滅を見て笑いが止まらないだろう。

大手メディアはCOP26における「グラスゴー気候合意」の成果として1.5度に気温上昇目標を引き上げたかのように書いている。だが1.5度への抑制の「努力追求」という文言はもともとパリ協定にあったものにすぎない。

中国は何ら譲歩しなかった。脱炭素の年限は「今世紀の半ばまたはその頃(by or around)」となったが、「その頃」という文言は中国の2060年という目標年を変えないためだった。

米国バイデンの売国交渉

石炭火力発電の段階的「削減」も合意されたが、これも中国の30年までの計画に何ら変更を迫るわけではない。実はこの「削減」という文言は、COP26会期中に発表された「米中グラスゴー共同宣言」で先に用いられたものだ。

中国は現行第145カ年計画で25年までにCO2排出を1割増やす。この増加分だけで日本の年間排出量に匹敵する。だがその後の第155カ年計画では石炭火力発電の割合は低下するとみられている。石炭火力以外の発電所が増加するからだ。中国はそのほうが全体としてのバランスが良くなる。

つまり「削減」という合意も中国の考えの追認にすぎない。引き換えに、共同宣言で米国は「2035年までに100%ゼロ排出の電力を実現する」という、とんでもない約束をしている。

電力の35年脱炭素など、米国にできるわけがない。中国は今後、この文言を持ち出して米国を非難し外交上優位に立つだろう。本当に達成しようとすれば米国の自滅になることも間違いない。なおこの米中合意、短いので簡単に読めるが、ひたすら何々に協力します、といったことばかり書き連ねてある。中国は石炭の「削減」以外、何一つ約束していない。

ではこの合意はいったい何だったのか? 双方とも気候変動については「協力が重要だ」というメッセージを出したかったのだ。バイデン政権の対中融和的な姿勢がよく見える。気候変動を口実に、経済関係を維持したい。だが米国の真の国益に資するかは大いに疑問だ。他方、中国としては対中包囲網を崩す格好の機会になった。両政権の利害が一致したわけだ。

それにしても、できもしない約束を中国相手にしてしまうあたり米民主党政権の売国的な交渉ぶりは相変わらずだ。

自らに仕掛けた時限爆弾

グラスゴー合意では、脱炭素に執心の先進国の提案により、これから毎年、2030年に向けてのCO2削減の進捗(しんちょく)状況をフォローアップすることになった。

だが先進国の目標は、どの国も大言壮語が過ぎ、日本の46%削減(13年比)も、英国の68%削減(90年比)も、米国の50%削減(05年比)も、実現可能性はゼロだ。もし本当に目指せば経済は崩壊しエネルギー安全保障を喪失する。加えて先進国は毎年10兆円を超える莫大(ばくだい)な援助まで約束した。最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告でもCO2による災害の激甚化など全く観測されていないのに、狂気の沙汰だ。

折しも世界はエネルギー危機にある。先進国が脱炭素にうつつを抜かし安定安価なエネルギー供給をおろそかにしてきたツケが回ってきた。日本もそうだが、各国とも一時的な補助金を支給するなど経済負担への対応に大わらわだ。インフレ懸念も高まっている。

かかる状況下で、脱炭素を目的として、巨額の負担を伴う炭素税や規制についての国内法を議会で成立させるようなことは、どこの国もできない。従って来年のCOP27では、言行不一致が明白になり、先進国はますます道徳的な窮地に立つ。そして更に不条理なCO2削減と、莫大な援助を迫られる。日本は、いつまでこの愚かしいゲームにつきあうのか。