10月18日に発表された2021年7~9月期の中国の実質GDP成長率は4.9%だった。
その直後に中国の経済専門家などと意見交換を行ったところ、10~12月期は4%前後まで低下するとの見方が大勢である。
2022年の1~3月期についての見通しを聞いたところ、電力不足や北京五輪の開催に伴う新型コロナウイルス感染対策などの状況によっては5%割れの可能性が指摘されている。
それでも2021年の実質成長率は通年で8%台に達することはほぼ確実と見られている。
一方、2022年の通年見通しは、一般的には5%台前半との見方が多いが、一部の中央政府に近い専門家の見方では5%割れとなるかもしれないとの指摘も見られ始めている。
筆者は数年前から2020年代の半ばに中国の高度成長期が終焉を迎え、2020年代後半には安定成長期への移行が始まると見ていた。高度成長期の一つの目安は5%以上の実質成長率の持続である。
2019年秋に筆者が中国政府の経済政策関係者や中国の著名な民間エコノミストなどと長期見通しについて意見交換を行なった際にもそうした見方が多くなっていることが確認できた。
それを大まかな数字で表現すれば、2020年代前半は平均実質成長率で5%台を保持した後、2025年前後に5%を割るようになり、2020年代後半に成長率が急速に低下し、2030年前後には3%前後の成長率にまで低下するというイメージである。
その場合、早ければ2024~25年頃に初めて通年で5%割れの可能性があると予想していた。
それが、2022年に早くも5%割れの可能性が出てきたのは予想外だった(2020年の成長率が新型コロナ感染拡大の特殊要因で2.3%となったのは例外と考える)。
新型コロナ感染拡大直前の2019年の実質成長率は6.0%と2018年の6.7%から大幅な低下となった。
これはドナルド・トランプ政権による米中貿易摩擦の激化を背景に経済の先行き不透明感が強まったことが影響したものだった。
しかし、トランプ政権の対中貿易摩擦政策は米国企業の反対を強く受け、2019年10~12月期にはトランプ政権が融和方向に動いたため、一時的に先行きに対する不透明感は改善した。
その後、米中対立の深刻な状況がこれほど長期化するとは、2019年までは想定されていなかった。ただし、これまでのところでは、その悪影響は意外に小さなものにとどまっている。
2019年秋以降、トランプ政権の対中強硬姿勢がやや緩んだこともあり、米中対立の影響はそれほど深刻に受け止められていなかった。
また、2020年後半以降は、コロナ禍で停止した他国企業の生産を中国企業が代替したため、中国の対米輸出が急増し、2021年7~9月期に至るまで高い伸びを示し続けた。
このため貿易面では米中対立の悪影響は表面化していない。
技術摩擦の面においても、経済安全保障の関係で多くの品目が米国政府による対中輸出制限の対象となっている。
しかし、実際には米国商務省が米国企業の対中輸出の持続を特例扱いで認可しているため、実害はさほど大きくない。
例えば、2020年11月から2021年4月までの約半年間に、ファーウェイ向け輸出申請の69.3%=614億ドル、SMIC(中芯国際集成電路製造、中国の半導体受託生産大手企業)向け輸出申請の91.3%=419億ドル、2社合計で1033億ドル、11兆円以上の特例扱いが認可されている。
これは2020年の日本の対中輸出総額1761億ドルの約6割に相当する。
それでもなお、半導体などの供給が一部制限されているが、足許の中国経済への影響としては、世界的な半導体供給不足の方がより大きな下押し要因となっている。
このように、これまでのところ、米中対立が中国経済にもたらす悪影響はそれほど深刻ではない。
2022年以降の中国経済の成長率見通しには、むしろそれ以外の不透明な懸念材料が多く指摘されている。
2020年1月に武漢から始まった新型コロナ感染拡大の影響が深刻化し、現在に至るまで全世界でその下押し圧力が払拭しきれていない。
それに加えて、2022年の中国経済についての懸念材料は以下の通りである。
輸出は、海外における新型コロナ感染拡大の終息とともに、中国企業の生産代替によって伸びていた日米欧向け輸出が減少に向かう見通しである。
投資は、製造業設備投資が、原材料コスト上昇による企業収益率の低下および輸出の減少による稼働率の低下を背景に伸び悩むと見られている。
加えて、2030年カーボンピーク達成のために実施される鉄鋼、石油化学などのエネルギー多消費産業の生産抑制も下押し圧力となると考えられる。
不動産開発投資は、最近の恒大集団の経営破綻問題や中国政府の不動産市場に対する管理強化策などを背景に、不動産の値上がり期待が急速に萎み、投機的需要が大幅に減少している。
これが不動産開発投資の伸びを低下させる見通し。
インフラ建設投資は、地方政府のインフラ建設案件に対する中央政府の慎重な審査姿勢が変わらないため、非効率で経済効果が期待できない案件の資金調達は引き続き抑制される。
ただし、一部には、中央政府が景気減速を懸念して、景気テコ入れのためにインフラ建設案件の審査を緩め、地方政府の資金調達制限を緩和するとの見方もある。
仮にそうであるにせよ、投資全体としては伸び悩みが続く可能性が高い。
消費は、小規模ながら各地で発生している新型コロナ感染のクラスターが引き続き足かせとなっている。
ゼロコロナ対応を採用している中国政府は、少人数でも新規感染者が見つかれば、当該地域の移動制限の厳格化等を実施するため、旅行、交通、飲食、外出用衣料などの需要減退が不可避となっている。
加えて、不動産市場の停滞やデベロッパーの経営破綻リスクへの懸念などを背景とする住宅購入の伸び悩みは家電、家具、内装等の需要を下押ししている。
以上のように、2022年の中国経済は、輸出、投資、消費のどの需要項目を見ても、改善要素が乏しく、明るい回復見通しを立てにくい状況となっている。
この状況が続くと、2022年が5%割れとなり、2023年以降も不動産税の導入や中央政府による不動産市場の管理強化の持続による不動産需要の停滞、インフラ建設投資の抑制、カーボンピーク実現のための環境政策、それらの結果としての製造業設備投資の伸び悩み、米中対立深刻化のリスクなどが経済成長の足かせとなる可能性が懸念される。
そうなれば、最悪の場合、2022年以降、5%割れが続くというシナリオも否定できない。従来予想に比べて、2、3年ほど早く、実質GDP成長率の5%割れが始まることを意味する。
これは中国にとって非常に厳しいシナリオである。
しかし、マクロ経済の安定性確保の観点から見れば、意外にも好ましいシナリオになるとの見方もできる。
以前の一般的な見通しでは、2025年から2030年の5年程度の間に成長率が一気に2%も低下するシナリオが描かれていた。
その場合、マクロ経済のバランスをうまく保持し続けることは非常に難しく、経済の不安定化が強く懸念されていた。
これに対して、仮に2022年から5%割れが始まり、2030年3%前後の成長率に向かって8~9年かけてゆっくりと低下していくことが可能となれば、経済成長率の鈍化のスピードはかなり緩やかとなる。
このため経済不安定化のリスクも低下する。
中長期的に経済成長率が低下する場合、経済政策運営上の大きなリスクは先行き経済に対する期待の急速な変化である。
先行きの経済に対する期待が急速に低下すると、企業の設備投資と個人消費が急速に慎重化し、一気に厳しい不況に陥る。
この期待の変化をいかにして安定的にコントロールするかが経済安定確保のカギとなる。
企業経営者および消費者の期待が急速に慎重化し、経済の不安定化をもたらさないようにするには、2020年代の後半に急ブレーキがかかるより、2022年以降、時間をかけてゆっくり低下していく方がソフトランディングには望ましいとの見方もありうる。
その場合、これまで経済成長を実現することにより国民の信頼を得ていた中国政府が、引き続き国民からの信頼を維持するには、経済社会の質向上の面で、明確な成果を示すことが必要である。
具体的には、バブル経済など金融財政面でのリスクを抑制すること、不動産税、相続税の導入、社会保障の充実などにより貧富の格差を目に見える形で縮小すること、そして教育・医療・介護・環境・治安・防災などの面で安心して暮らせる社会を実現することなどである。
中国の経済社会の安定確保は世界経済、特に日本経済の安定にとって致命的に重要である。
中国政府の政策運営手腕に期待しながら、中国経済および政策動向を引き続き注視していきたい。