IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。
IPCC報告を見ると、産業革命前(1850年より前)は、過去2000年ほどにわたり大気中のCO2濃度は280ppm程度でほぼ安定していて、変動幅はせいぜい数ppmだった、としている(図1)。そして、人為的なCO2排出が無い限り、CO2濃度は安定していた、とする。
だが、大気と陸地・海洋は毎年約800ギガトンものCO2(=CO2濃度にすると約100ppm相当)をやりとりしているので、こんなにぴったりバランスが取れていた、というのは不思議な気がする。
図1:CO2濃度(WAIS Divide, Dome C, EDML。いずれも南極の観測地点)
IPCC報告より
そこで図1に異論を唱えているのは、地質学者のハノンである。
図1のCO2濃度はいずれも南極のアイスコアに基づくものだ。アイスコアとは、ボーリングで縦に穴を掘って取り出した氷のことである。その中に閉じ込められたCO2濃度を測定することで、過去の大気のCO2濃度を推計する。
ハノンは、グリーンランドのアイスコアによればCO2の変動はもっと大きい、と指摘する(図2)。
そして興味深いことに、気温の変化とグリーンランドの気温の変化は対応している。(特に図中のBolling Allerod, Younger Dryas, 8.2kyrの3時点に注目)。ところが、南極のデータは平らなままで、この3時点でもあまり変動を示さない。
図2:(上)グリーンランドの気温。アイスコアの同位体分析に基づく推計
(下)アイスコアに基づくCO2濃度の推計。赤、橙の”Ant..” は南極のデータ。緑色の”Green..”はグリーンランドのデータ。ハノンによる。
さらに、CO2濃度の推計手法には植物の「気孔」の分析がある。
CO2濃度が低いと、植物は多くのCO2を取り入れるために気孔の数を増やす(きっと息苦しくなるのだろう!)。逆にCO2濃度が高いと、CO2の取り込みは容易になるので、植物は余計な水分の蒸発を抑えるために、気孔の数を減らす(きっと喉が渇くのだろう!)。
だから、地面を掘って、地層中の植物の気孔の数を測定すると、過去のCO2濃度を推計できる。
図3は3種類全てのデータをまとめてプロットしたもの。南極のデータは変動が乏しいが、グリーンランドアイスコアのデータと気孔データは変動が大きく、しかも挙動がよく似ている。Bolling Allerod, Younger Dryas, 8.2kyr3時点でも、上下方向への動きは大きく、しかも符号が一致している。
図3:CO2濃度の推計。青系の三角形で”Stomata..”とあるのは気孔分析による推計。赤系でAnt..とあるのは南極アイスコアのデータ。緑系でGreen..とあるのはグリーンランドアイスコアのデータ。ハノンによる。
IPCC報告では南極のデータがもっとも信頼できるとして、グリーンランドや気孔のデータは無視している。
しかし、むしろ南極のデータに平滑化(smoothing)等の問題があり、実際にはCO2濃度は大きく変動してきており、ここ100年のCO2の急増程度のことは、過去にも自然現象として起きていたのではないか、とハノンは指摘する。
グリーンランド、気孔について、もっとデータを集めれば、より詳しくCO2の挙動が分かるのではないか。これについては、これまで気孔のデータは不当に軽視されてきたという指摘もある。
1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。
次回:「IPCC報告の論点㉛」に続く