メディア掲載  エネルギー・環境  2021.11.09

脱炭素政策がもたらした電力危機、解決策は原子力だ(その1)

Foreign Policyに掲載(2021年10月8日)

NPO法人 国際環境経済研究所(IEEI)HPに掲載(2021年10月26日)

エネルギー・環境

翻訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志

原文は Foreign Policy 掲載記事で、許可を得て翻訳掲載する。


風力や太陽エネルギーの推進者たちは長年にわたり、「メーターで測れないほど安価な電力、土地への環境負荷が少ない新しいエネルギーインフラ、そして二酸化炭素排出量の大幅な削減」といった、「グリーンな未来」を約束してきました。しかし、再生可能エネルギーの急速な普及にもかかわらず、そのような未来はまだ実現していません。それどころか、再生可能エネルギーへの移行が最も進んでいる地域の多くが、今日、電力不足、電気料金の高騰、二酸化炭素排出量の横ばいまたは増加といった危機に直面しています。

カリフォルニア州では、ギャビン・ニューサム知事が、計画停電を回避するために、電力需要が高いときにはバックアップ用のディーゼル発電機をノンストップで稼働させるよう、企業に命じています。英国では、天然ガス価格の高騰により、工場が閉鎖され、電力会社が倒産し、食糧不足が懸念されています。一方、ドイツでは、天候に左右される風力発電や太陽光発電のバックアップのため、そして閉鎖された原子力発電所の穴を埋めるために、石炭による発電が急増しており、温室効果ガスの排出量が過去30年間で最大になると言われています。

これらの危機の直接的な原因は、COVID-19パンデミックからの回復に伴い、天然ガス価格が高騰したことにあります。しかし根本的な問題は、過去数十年にわたって再生可能エネルギーに莫大な投資をしてきたにもかかわらず、カリフォルニア州、英国、ドイツが、電力システムを支えるために、カーボンフリーの原子力ではなく、化石燃料を選択したことにあります。

ドイツやカリフォルニア州では、石炭やガスの発電所を廃止するよりも、原子力発電所の閉鎖を優先しています。しかし、化石燃料による発電量が多いため、風力発電や太陽光発電のコストが急速に下がっても、電気代は安くなりません。むしろ、再生可能エネルギーの導入率が高い地域ほど、電気料金が高くなる傾向にあります。また、再生可能エネルギーによる土地利用への影響が大きくなることには社会的な抵抗があり、再生可能エネルギーとそれを支えるインフラの構築を妨げる要因となっています。

このような不都合な事態は、世界的なエネルギー転換の初期段階における障害として片付けられてしまうかもしれません。しかし、多くの意味で、初期段階は最も簡単なのです。風力や太陽光の開発者は、既存の送電線にアクセスしやすい最適な場所を選ぶことができます。また、既存のオンデマンドの化石燃料発電が大量に存在するため、電力需要の大部分を賄うことができ、太陽が出ないときや風が吹かないときには、再生可能エネルギーを補うことができます。再生可能エネルギーへの補助金は、送電網に供給される風力や太陽光の割合があまり高くないうちは、納税者や電力消費者にとって扱いやすいものです。

しかし、カリフォルニア州やドイツのように再生可能エネルギーの割合が増えると、再生可能エネルギーの拡大に伴う技術的な課題が難しくなります。変動する再生可能エネルギー(太陽光や風力)の割合が20%程度に近づくと、太陽が出て風が吹いているときはいつでも電力網に電力が供給されるようになります。特定の時間帯に風力や太陽光の電力が急増すると、送電網における他の電源の経済性が損なわれるだけでなく、風力や太陽光を追加する際の経済性も損なわれてしまいます。バリューデフレーションと呼ばれるこの現象は、カリフォルニア州をはじめとする他の地域で、比較的低い普及率であっても、風力や太陽光の経済性をすでに損なっています。

今年の夏、ヨーロッパの多くの地域で見られたように、風が弱く、空が曇っている状態が続くと、風力や太陽光の発電量が通常よりもはるかに少なくなり、逆の問題が生じます。このような時期には、電力系統運用者は膨大な量のバックアップ発電を用意しなければなりません。つまり、資本集約的な化石燃料プラントによる第2の送電網全体を用意しなければならないのです。これらは最良の状況下ではほとんど稼働する必要はありませんが、それでも建設・維持しなければなりません。さらに、風力や太陽光の季節変動は大きく、風や太陽が乏しい時期に十分な電力を生産するためには、風力や太陽光の発電能力を大幅に増強しなければなりません。そのため、風や太陽光が豊富な時期には、過剰に建設された風力や太陽光発電の多くを休止させる必要があります。

再生可能エネルギーの間欠性の問題は、理論的には解決可能です。学者やクリーンエネルギー1) 推進派の表計算ソフトやモデルでは、砂漠には大規模な太陽光発電所が建設され、沖合には超高層の風力発電機が林立しています。新しい送電線は、太陽が降り注ぐ砂漠や風の強い海岸から、何百キロ、何千キロにもわたって、電力が必要とされる人口密集地へと電力を送ります。短時間で変動する電源である風力や太陽光の電力を蓄えるために、世界中の水力発電用ダムは、風力や太陽光の余剰電力を利用して水を汲み上げ、必要なときに放流できるように、逆流・順流するように改修されています。一方、工業施設では、電気が使えるときには生産スケジュールを変更し、冷蔵庫やエアコンは、風力や太陽光の利用状況に応じて自動的にオンとオフを切り替えています。

しかし、現実は大きく異なります。カリフォルニア州のエネルギー問題を考えてみましょう。カリフォルニア州は、再生可能エネルギーの割合が全米で最も高く、電気料金も最も高い州の一つです。カリフォルニア州では、年間発電量の23%を太陽エネルギーで、さらに7%を風力でまかなっています。カリフォルニア州は、2045年までに電力の100%を再生可能エネルギーでまかなうことを約束しています。

しかし、カリフォルニア州のクリーンエネルギーによる電力の割合は、過去10年間のほとんどで足踏み状態が続いています。2012年頃、南カリフォルニアのサンオノフレ原子力発電所が、欠陥のある蒸気タービンの設置に関する問題に対処するために、原子力発電所の能力を落としつつも運転するという提案を規制当局に拒否され、閉鎖に追い込まれたのが始まりでした。その6年後の2018年には、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)は、同州最後の原子力発電所であるディアブロ・キャニオン発電所を2025年までに閉鎖するという、地元事業者パシフィック・ガス&エレクトリック社の計画を承認しました。この計画は環境保護団体が提案したものでした。

カリフォルニア州の政治家や環境保護団体は、ディアブロ・キャニオンを再生可能エネルギーや省エネなどの手段で完全に代替すると主張しています。しかし、すでにこの閉鎖の以前から、カリフォルニア州は電気を灯し続けることに苦労してきました。サンオノフレ原子力発電所が停止して以来、カリフォルニア州の最も汚染度の高い天然ガス発電所は、送電網の信頼性に欠かせないという理由で、それを閉鎖するとした規則の適用が免除されています。

今年、ディアブロキャニオンの閉鎖を見越して、CPUCが作成した草案では、中期発電計画に化石燃料を追加する必要があることを認めていました。しかし州の環境保護団体からの反発を受けて、その計画を撤回しました。その代わりに、CPUCは、州の正式な発電計画には含まれない「一時的なガス発電所」を承認すると発表しました。

しかし、この10年間、州が最も汚染度の高い天然ガス発電所の閉鎖を認めてこなかったことを考えれば、新たな臨時ガス発電所が今後何年も稼働し続ける可能性があることは明らかです。さらに悪いことに、州が調達を予定している臨時発電所は、当初提案していた新規の常設発電所よりも汚染度が大幅に高い。「一時的なガス発電所」の利点は、ただ1つです。それは、「カリフォルニア州は気候変動対策の目標達成に向けて順調に進んでいる」という虚構をカリフォルニア州の政治指導者や環境保護団体が維持できる、というだけなのです。
そして、この環境保護のための「虚構を覆い隠すイチジクの葉」に続いて、非常用ディーゼル発電機の起動が命じられました。このディーゼル発電機は、およそカリフォルニア州が利用しうる最も汚い電力源です。

このようなことが必要になる訳は、カリフォルニア州がディアブロ・キャニオンの廃止によって出来る穴をクリーンエネルギーで埋めることが全く出来ないからです。2026年に予定されていた地熱発電の新規導入は、少なくとも2028年まで延期されました。また、太陽光発電と蓄電池を組み合わせた新しい施設の開発は、計画者の夢物語のような想定よりもはるかに遅れています。これは、州の発電計画で今後3年間に必要とされる蓄電池の量が莫大であり、現在の世界の蓄電池生産能力と比較して非現実的であることが原因です。

一方で、太陽光発電の経済的価値は下がり続けており、州の再生可能エネルギーの拡大に対する市民の抵抗も強まっています。カリフォルニア州最大の面積を持ち、太陽光発電と風力発電の両方に適した砂漠の一等地の多くを抱えるサンバーナディーノ郡は、2019年に100万エーカー以上の土地での新規の太陽光発電と風力発電の開発をモラトリアム(一時停止)としました。

残念ながら、カリフォルニア州の電力政策の失敗は例外ではありません。ドイツは、数千億ユーロの再生可能エネルギー補助金によって、欧州で最も高い電力小売価格になってしまっています。ドイツでは、閉鎖された原子力発電所の穴を埋め、成長する風力・太陽光発電をバックアップする必要があるため、国内で生産される(そして極めて炭素消費量の多い)褐炭とロシアの天然ガスへの依存度を高めざるを得ず、その結果、排出量はほとんど停滞し、最近では増加しています。褐炭利用でドイツの温暖化対策は遅れ、ロシアのガスへの依存によって、ドイツの経済と国民は、価格高騰と脅迫にさらされています。

ベルギーでは、緑の党の圧力に屈して、2025年までに原子力発電所を廃止する計画を進めています。しかし、これをクリーンな発電に置き換えるという建前すらありません。その代わりに、新しい天然ガス発電所の建設に補助金を出すとしています。一方、スペインでは、天然ガスや電気料金の高騰に対応するため、電気料金の規制を発表しました。しかしこれは、再生可能エネルギーと原子力発電の両方を脅かすものです。

近年、世界の主要経済国の中で最も早く二酸化炭素の排出量が減少したことから、効果的なクリーンエネルギー政策の申し子として称賛されてきた英国はどうか。その脱炭素化が原因の一部となって、ますます深刻なエネルギー危機に陥っているように見えます。英国は、石炭を天然ガスに置き換え、電力生産の20%を風力発電に移行することで、排出量を大幅に削減しました。一方で、英国は老朽化した原子力発電所の更新に苦労しています。原子力発電所は現在、電力供給の17%を占めています。風力発電の低迷、メンテナンスのための原子力発電所の停止、天然ガス価格の高騰などにより、英国はヨーロッパやアジアの他の国々と同様、深刻なエネルギー不足に直面しており、来る2022年の冬が幸運にも暖冬でない限り、状況はさらに悪化する可能性があるのです。

このような失敗を口にすることは、グリーンエネルギー擁護派からは再生可能エネルギーへの攻撃と捉えられがちです。しかしそうではありません。風力や太陽光などの再生可能エネルギーが、現代の電力網や気候変動対策において重要な役割を果たせない理由はありません。しかし、風力や太陽エネルギーが現代の経済の唯一の、あるいは主要なエネルギー源になるという考えは、はるかに疑わしいものです。つまり、現在、エネルギー危機に直面している国々が、再生可能エネルギーの普及に多大な努力を払ってきたことが問題なのではないのです。つまり、現在エネルギー危機に直面している国々は、再生可能エネルギーの拡大に多大な労力を費やすだけでなく、他の低炭素エネルギー技術をほとんど排除してきたこと、なかんずく原子力発電所を排したことで、問題を悪化させたのです。

注1)本稿ではクリーンエネルギーとはCO2を出さない再生可能エネルギーおよび原子力を指している。ダーティーなエネルギーとはCO2を出す技術を指している。

次回:「脱炭素政策がもたらした電力危機、解決策は原子力だ(その2)」へ続く