中国は、深刻な電力不足に直面している。2021年夏季以来、製造業が集中している広東省、江蘇省と浙江省の工場から始まった計画停電は、やがて東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)の一般家庭まで広がった。これからの暖房シーズンに向けて、政府はあらゆる政策措置を打ち出し、電力供給能力の確保を図っている。
周知の通り、電力不足は二種類ある。その一つは、需要ピークに対して瞬間的な供給力、つまり稼働できる発電設備容量(KW)が足りないことであり、二つ目は、一定期間における総需要に対して継続的な供給力、つまりすべての発電設備による総発電量(KWh)が足りないことである。いずれの場合でも、緊急対策として計画停電が実施されるが、意味合いは異なる。前者の場合、ブラックアウトが起きないために需要ピークを抑制すること、いわば電力網の安定性を確保する応急措置であり、後者の場合、大部分の需要に対する供給を確保するために一部の需要を抑制すること、すなわち需給調整措置である。
中国の状況を見ると、2020年冬季と2021年夏季の需要ピーク時に発電設備容量が足りない型の電力不足も起きていた(本コラム「グリーンリカバリーとレジリエンス」2021.9.10をご参照)が、需要ピークが過ぎても続いている広範囲の計画停電や、広東省などの一部工場の「3勤4休」、「2勤5休」状況を踏まえれば、現在の電力不足の中心課題は総発電量が足りないことだと読み取れる。需給バランスが逼迫すると、先ず供給側に原因があると思われる傾向がある。燃料の供給不足と価格高騰により、総発電量の約7割を占める石炭火力は稼働率が約53%と低く、供給能力を十分に発揮できなかったことは否定できない。しかし、図1に示されるように、1-9月において、ほかの主要電源とともに、石炭火力も大幅に発電量を伸ばした。実際、2021年1-8月における石炭火力発電所の平均稼働時間は、2020年同時期に比べて293時間も増え、コロナ前の2019年同時期に比べても179時間を増えて、近年になかった高い水準にある。したがって、この総発電量が足りない型の電力不足状況は、供給側だけではなく、需要側にも原因があると考えられる。
図1 各年1-8月主要電源の発電量(TWh)(中国電力企業連合会のデータにより作成)
電力需要増加といえば、コロナ感染症からの経済リカバリーによるリベンジ消費の影響が思いつく。こちらも事実である。新型コロナ感染状況が世界的に収まっていない中で、国際市場が中国の生産能力へ依存する力は一層高まる状況が続いている。中国税関の発表によると、2021年1-9月の対外貿易総額は、米ドルベースで前年同期比32.8%も伸び、輸出伸び率の33%と輸入伸び率の32.6%とも、過去十年の最高水準だった。製造業の生産活動の急拡大に連れられ、製造業を中心とした工業部門の電力消費量、そして工業消費が7割を占める総電力消費量は、ともに大きく増加した(図2)。夏季の異常高温の影響もあり、各地の電力需要が大幅に伸び、全国1-9月の電力消費量は、2020年同時期に比べて12.9%も増加した。この増加率は、年度当初電力企業連合会が予測していた6-7%のほぼ2倍に当たり、間違いなく供給が追い付かなかった一因である。このコロナ特需が需要側の原因のすべてなら、ほかの国や地域の生産活動の再開により、中国の電力不足は自然に解消するが、そうならない恐れがある。なぜなら、コロナ以前から、電力需要側に需給バランスを影響する変化が起きていたのである。それについて、筆者は「グリーン・パラドックス」と呼びたい。
図2 部門別各年1-9月電力消費量(単位TWh)(中国電力企業連合会のデータにより作成)
ドイツ経済学者Hans-Werner Sinn氏が問題提起した「グリーン・パラドックス」は、一般的に、一国における再生可能エネルギーの導入による電力価格が上昇、その影響受けて産業が他国に移転、そして移転先でより多くの化石燃料が消費されることを指す。つまり、再生可能エネルギー導入と化石燃料消費の増加は異なる国、あるいは地域で起きる。しかし、近年再生可能エネルギーの大規模導入が化石燃料消費の増加を引き起こす「グリーン・パラドックス」は、中国国内で起きていた。
中国は2010年代に入ってから、地球温暖化対策、ローカル環境対策、並びにエネルギー自給率向上策を兼ねて、太陽光や風力などの再生可能エネルギー発電を大規模に導入してきた。2011年から2020年までに、グリッドに接続する設備容量は、風力発電が47GWから281.5GW、太陽光発電が2.1GWから253.4GW、それぞれ約6倍と120倍に増えた。原子力発電や水力発電などと合わせて、いわゆるグリーン電力が総発電量に占める割合も、2011年の18.7%から33.9%に増加した。この電源構成のグリーン化に伴い、中国の総発電設備容量も、2011年の1056GWから、2015年の1530GW、さらに2020年の2200.6GWに急拡大した。しかし、同時期の経済は、二桁成長率の高速成長期から、「新常態」と呼ばれる安定成長期に入り、産業構造調整の効果もあって、電力需要の伸び率は、供給力の急速な伸びに反対して、2011年の11.7%から徐々に低下し、2015年の0.5%まで落ちた。
本来、経済成長と電力を含むエネルギー消費のデカップリングは、エネルギー利用効率の向上を意味し、省エネの成果だととらえられる。図3に示されているように、経済成長がエネルギー消費への依存度を示すエネルギー消費弾性値は、2010年代前半に大きく改善された。しかし、電力消費量を経済成長の指標と見なす中国政府は、この電力供給過剰状況を問題視し、電力消費を促した。石炭火力の売電価格の切り下げや、様々な分野における燃料から電気への切り替えを推進した。代表例の電気自動車は、販売台数が急速に伸び(図4)、世界最大の市場となった。これらの政策により、電力消費の伸び率は再び増え、2016年に5%、2017年に6.6%、2018年に8.5%と高騰した。省エネ政策に緩みが生じた電力消費の推進策により、グリーン電力の供給量を超える需要の増加が発生し、電力需給バランスを逼迫していた。同時に、エネルギー利用効率向上の傾向が逆転し(図3)、減少傾向にあった石炭の消費量も再び増加した(図5)。まさに、再生可能エネルギーの導入政策は、化石燃料消費の増加を引き起こす「グリーン・パラドックス」は起きていた。
図3 エネルギー消費弾性値の推移(国家統計局のデータにより作成)
図4 純電動自動車の販売量(万台)(中国自動車工業協会のデータにより作成)
図5 石炭消費量(億トン石炭換算)の推移(国家統計局のデータにより作成)
この「グリーン・パラドックス」が電力需給バランスを逼迫する状況は、再生可能エネルギーの導入規模が大きい地域に、最も顕著である。周知の通り、出力が変動する再生可能エネルギーの電源に占める割合は、電力系統の調整能力を超えると、日本の九州地方で2018年以来起きたように、余剰電力が生じ、出力抑制しなければならないことになる。中国の地方政府は、この余剰電力を利用するために、多消費産業を推進した。典型例は、ビットコインマイニング計算機であり、Cambridge Centre for Alternative Financeの推定によると、2019年と2020年にそれぞれ52.18 TWh と66.91TWhの電力を消費した。この日本の年間消費の5-6%に相当する電力で支えられている世界全体の計算力は、2021年5月までに、その7-8割が常に中国の風力発電が多い内モンゴル、太陽光発電が多い新疆、そして水力発電が多い雲南省などの地方に集中していた。しかし、余剰電力を消費するために集まった産業は、余剰電力が発生しないときにも確実に需要を生み出す。つまり、再生可能エネルギーの変動性により生じた余剰電力は、供給能力の過大評価につながり、それに合わせる需要の増加は、電力需給バランスにプレッシャーをかけていた。
上述したように、今回中国の電力不足を引き起こした需要側には、コロナ感染症に関連する一時的な需要急増の影響もあるが、政策による「グリーン・パラドックス」が根本的な要因である。したがって、現在政府が実施している石炭増産や消費抑制などの対応は、緊急対策になるが、長期的な電力需給バランスの確保策にはならないだろう。
地球温暖化を抑制するために、世界中多くの国はカーボンニュートラルを目指すことを宣言している。そこにたどる最短経路として、できることをすべて電化するとともに、再生可能エネルギーを中心に電源を脱炭素化することだと言われている。中国の国家電網公司も、2050年に電力が最終エネルギー消費に占める割合を50%、そして脱炭素電力が電源に占める割合を75%にする目標を打ち出している。それの実現に向けて、現在起きている「グリーン・パラドックス」を避けなければならない。そのため、需要側には、一時の需給関係に左右されず、エネルギー政策の原点である省エネを徹底する必要があろう。また、供給側には、再生可能エネルギーの出力変動性をカバーして供給力を安定させることがカギである。地域間送電能力や蓄電能力の増強による出力カーブをならすことは必要不可欠であろう。