コラム  国際交流  2021.10.26

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第151号 (2021年11月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

米国 中国

米中間の緊張関係が近隣諸国だけでなく、欧州諸国も絡んで益々グローバル化の様相を示している。

外交問題に関する米国高級誌Foreign Affairsの最新号は、表紙に“The Divided World: America’s Cold War”と題して米中問題を論じている。また米シンクタンクBrookings Institutionのジョン・アレン所長は小誌前号に触れた6月発刊の本(Future War and the Defense of Europe)の中で、中国を表と裏の顔を持つ「ジキル博士とハイド氏の如き大国(a Jekyll and Hyde power)」と呼び、信用出来ない国だと非難した。

欧州諸国の友人からも、対中不信に関する資料が筆者の許に届いてくる。例えばベルリンのシンクタンク(国際安全保障研究所(SWP))は、9月30日に公表した報告書「移行期を迎えるドイツ外交(Deutsche Außenpolitik im Wande)」の中で、今後中国に対しては、“経済面だけでない(nicht nur ökonomisch)”関係を重視すべき時を迎えたと記し、ハイコ・マース外相が対中関係に関し昨年7月に発した言葉を引用した。即ち、

「中国は競争相手かつ政治制度上のライバル。欧州は明確な価値観を有し外交指針としている。これはドイツ車の販売とは関係無い。国際法と基本的人権を尊重するのだ(Ein Wettbewerber und systemischer Rivale. Europa hat einen klaren Wertekompass, an dem wir uns orientieren. Und der hat nichts mit verkauften deutschen Autos zu tun. Wir erwarten vielmehr, dass völkerrechtliche Verpflichtungen und Menschenrechtsstandards eingehalten werden.)」、と。

こうした複雑な国際環境下で、今後の我が国の対中姿勢はどうあるべきか。内外の友人・知人と真剣に公論を持つべき時が来ている。特に人工知能(AI)やロボットを含む情報通信技術(ICT)等の最先端分野—軍民両用技術(DUT)—でのグローバルな研究開発及び事業化を、如何なる形で進めるのか。米中欧の間での競争・協力関係が複雑なだけに、対応が難しい。これに関し、10月21日、米国国防総省(DoD)でイノベーションに関わる部門(Defense Innovation Unit (DIU))のマイケル・ブラウン本部長は、欧州諸国に加えて日韓台等のアジア諸国との技術協力の重要性を、米シンクタンク(Center for a New American Security (CNAS))での会合で語った (AI研究に関連して、p. 4の表を参照)。

いずれにしろ多角的・多層的な情報収集と意見交換を内外で実施する必要がある。戦前の話だが、レーダーに関して日本は優れた要素技術を持っていたが、国内の専門家が海外情報を軽視し、開発と運用に失敗した結果、マリアナ沖海戦や本土空襲にレーダーを活用出来なかった苦い経験を忘れてはならない。従って今はAIやロボット等先端分野における優秀な日本人技術者を活かす変革が急務なのだ。

さて英国の友人が“竹のカーテン(Bamboo Curtain)”に包まれ実体が捉え難い中国の技術開発に関し、筆者の意見を尋ねてきた。これに対し、中国の軍事技術に関する専門家(カリフォルニア大学サンディエゴ校の張太銘教授)が、第二次世界大戦時の技術開発における英国人専門家(R.J. Jones)の言葉を研究書(China’s Emergence as a Defense Technological Power, 2013)の中で引用した事を彼に伝えた次第だ。その言葉とは、

「専門家だけが正しい時があった。(だが同時に)他の情報が正しく、専門家が誤っていたという重要な事例もあった(There have been times when the experts alone were right, there have been important occasions when the other forms of intelligence have been right and the experts wrong.)」である。

国際通貨基金(IMF)が先月12日に公表した経済見通しは、7月の見通しよりも下方修正された。

The Economist誌も、先月11日、“Covid-19 has led to a sharp increase in depression and anxiety”と題し、コロナ危機が景況感のみならず社会心理状態にも悪影響を与えている事を伝えた。換言すれば、デマゴーグが世界各地で世の善良な人々の冷静な理性・知性を覆い隠し、そのかわり、元来心優しい人々に激しい感性・野性を爆発させるように唆(そそのか)す危険性が高まっているのだ。

これに関し、昨年、外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース会長の著書(The World: A Brief Introduction)を読み始めて驚いてしまった。同書の書評を数多く見たので購入し読み始めたが、余りにも内容が“簡単”なので驚き、冒頭の「序」に戻って目を通し納得した次第だ。

同書を著した動機は、或る夏休みの日にスタンフォード大学でコンピュータ・サイエンスを専攻する青年と出会った経験だった。彼が経済・歴史・政治に関し限られた知識しか持っていない事に驚いたらしい。そして米国と世界が将来危機に瀕した時、この聡明な青年は正確な情報・知識に基づいて冷静な判断が出来るだろうか、と不安になったらしい。歴史を振り返ると、1930年代の混乱したドイツでは、優秀な技術者達が一般教養を学ぶ余裕が無く、ナチスの浅薄なプロパガンダに流された。そして今も1930年代に似た危険な時代なのだ (ドイツの友人はこれに関してMax Weberの言葉をもじり「“精神・教養の無い専門人(Fachmenschen ohne Geist und Bildung)”の世の中」と皮肉る)。

政治だけでなく経済分野でも“分かり易い”という“宣伝文句”の下、面白くまたおかしく極端に単純化された“床屋談義”が散見される。これに関し、吉川洋東京大学名誉教授が著書(『ケインズ―時代と経済学』 1995)の中で示唆的な言葉を残しておられる。即ち「経済学者の見解と世間の常識はしばしば矛盾する。もしそうでなければ経済学者の付加価値は無くなってしまう」、と。勿論、ワザと小難しく晦渋な議論をする必要はない。だが、筆者も「複雑な事象に関して、“常識とは異なる判断や例外事例”を心得ている人こそが専門家」だと考えている。

それは筆者が経済学を学び始めた十歳代最後の経験に基づいている—①“合成の誤謬”として有名なケインズ大先生の『一般理論』第24章、②国際取引で為替調整が望ましい貿易収支改善には必ずしもならないという“マーシャル・ラーナー条件”、③公共選択理論で「公正」の基準を完全な形で満たす公的選好制度は実現不能というアローの“一般不可能性定理”等を学んだ。こうした事柄に関し経済学を学んでいない友人に対し、説明する事に失敗した経験から、「全ての事象を短時間で平易に説明するのは難しい事」を(晩年の湯川秀樹先生からも)学んだ次第だ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第151号 (2021年11月)