メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.10.20

中国のTPP加入申請:生かすも殺すも日本次第

EUが果たす役割と日本のリーダーシップは最重要

JBPressに掲載(2021年10月19日付)

通商政策 中国

1.グローバル視点から見た中国の加入申請


9月16日に中国がCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)加入を申請すると、その6日後に台湾も加入を申請した。

これに関して岸田文雄首相は、台湾の加入には歓迎の意向を示す一方、中国の加入については、CPTPP加入条件をクリアできるかどうかは不透明として、ややネガティブな姿勢を示した。

このため、日本ではCPTPPを巡る中国と台湾の関係に注目が集まっている。

しかし、CPTPPが自由貿易体制進化のための最高度のインフラとしてグローバル経済に与えるインパクトとそれを健全に発展させる意義の大きさを考えれば、中国と台湾の間の問題は、世界が重視する優先順位の高い課題とは言えないように思われる。

最近の多くの議論を見ていると、日本政府が主導してCPTPPの創設を実現したことの意義の大きさが十分理解されていないように見える。

WTO(世界貿易機関)の機能不全が長期にわたって問題視されながら、加盟国間の合意形成が難しいため、その改革が進まない中、CPTPPWTOに代わる財とサービスの両面にわたる次代の自由貿易体制を支えるプラットフォームになると考えられる。

現在、国際的な合意形成のための重要組織を見ると、国際連合、WTONATO(北大西洋条約機構)、G20G7など、どれをとっても参加国間の意見対立が先鋭化しており、グローバルな重要課題の解決のために有効な政策に関する合意形成が難しい状況にある。

もし今後、20181230日のCPTPP発効時点の11カ国に加えて、英国、中国、台湾のほか、EU、韓国など世界の多くの国々が加入すれば、WTOを代替し、さらに高い自由貿易基準を提供する有効なプラットフォームとなる。

国際機関の機能不全が目立つ最近の国際情勢において、その存在意義は非常に大きい。

このような重要な意義と日本がそれを主導する責任の重さをより深く理解し、CPTPPに関する議論をより高い視点からの、バランスの取れたものとする努力が重要である。

以上からも明らかなように、日本のCPTPPへの取り組みは、今後日本が国際社会の中で信頼される存在として、世界各国から期待される役割を担えるかどうかが試される重要な試金石である。

政治的には中国、台湾、そして米国などとの関係への配慮が重要であることは言うまでもない。

しかし、それだけにとどまらず、CPTPPの進化を通じてグローバル経済のために貢献する日本の基本姿勢がぶれないかどうかが世界から注目されている。


2.日本の自立性確保の試金石


CPTPPに関して日本が注目されているもう一つの理由がある。

それは日本が米国のサポートがない状況で、自立的にリーダーシップを発揮して発効にまで漕ぎ着けたことである。

日本は戦後、一貫して対米協調路線を歩み続け、経済社会の発展において大きな成功を実現した。

しかし、国際的な重要会議においては、多くの場合目立たない存在であり、日本が単独でリーダーシップを発揮することはなく、常に米国追従の姿勢を示してきた。

CPTPPへの加入交渉参加も、当初は米国との良好な関係保持のための米国追従が理由の一つだったと考えられる。

米国は2008年にTPPへの加入検討を開始し、2015年に大筋合意が成立した。日本が加入交渉に参加したのは2013年である。

この間、米国とEUの間では大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(Transatlantic Trade and Investment Partnership、略称 TTIP)の交渉が進んでおり、こちらも2015年に大筋合意に至っていた。

しかし、その後ドナルド・トランプ政権がこの協定の交渉を中止したため、EU2016年末、TTIPは合意されることなく交渉が終了したと発表した。

この間、トランプ政権は20171月、TPPからも離脱した。

それまでの日本の米国追従姿勢を考慮すれば、日本もEUと同様、TPP交渉を終了すると考えられていた。

ところが、安倍晋三政権はそうした世界の予想に反してTPPの加入交渉を主導的に継続し、2018年末のCPTPP発効を実現した。

これにはEU、米国をはじめ、世界中が驚いた。

日本が戦後初めて、グローバル政治経済社会にとって重要な組織の創設をリードしたのである。

これにより、日本は長年続けた米国追従から自立性発揮の方向へと舵を切ったと受け止められ、欧米の有識者から高い評価を得た。

この評価の背景には、日本の一貫した誠実な姿勢に対する国際的な信頼があったと考えられる。

ただし、日本は信頼されてはいたが、リーダーシップを発揮する能力が不足しているという評価が定着していた。

それだけに今回の自立的なリーダーシップの発揮が歓迎されたと理解すべきであろう。

こうした重要課題への取り組みにおいて自立性を発揮することができたのは、安倍首相の国際舞台における積極的発言努力の積み重ねと安倍政権の国内政治基盤の安定性が確保されていたことが大きかったと考えられる。

今後、英国(6月から加入交渉開始)がCPTPPに加入するのは時間の問題と見られており、その後、EUも加入申請をする可能性があると見られている。

仮にEUが加入すれば、CPTPP加盟国のグローバルな影響力は格段に高まる。

逆にEUが加入しない場合には、現在のCPTPP加盟国に英国が加わっても、米中両国の対立に巻き込まれ、CPTPPの独立性を確保することが難しい。

中国のTPP加入問題についても中立客観的な判断を下すことが難しくなる可能性が高いと考えられる。


3.中国が加入申請に踏み切った目的と背景


中国がCPTPPへの加入を申請する目的は3つあると考えられる。

1に、地政学的意図に基づき、米国による対中包囲網形成に対する防備を固めることである。

この点は最も広く認識されていることから、ここで説明する必要はない。

2に、自由貿易体制確保へのコミットである。

中国は2001年のWTO加入により自由貿易体制が確保された状況下で輸出を順調に拡大し、輸出・投資主導型の経済発展を実現した。

その意味では中国は自由貿易の恩恵を最も享受した国である。

だからこそ、米国が進める対中貿易・技術摩擦が拡大し、自由貿易体制が崩れることには強く反対するのが中国政府のスタンスである。

3に、TPP加入交渉を外圧として国内経済構造改革の加速を狙っている。

この点については少し詳しく解説したい。

習近平政権は201311月の三中全会で明確に示した経済改革の推進を目指したが、以下のような重要課題の処理に追われて、経済改革の本格推進に着手できなかった。

2013年の反腐敗キャンペーン、それと並行して進められた解放軍組織改革、および、リーマンショック後の景気刺激策により急増した巨額の不良債権の処理、201516年の景気後退リスクや金融為替市場の混乱への対応、2017年以降のトランプ政権による貿易・技術摩擦への対応、20年のコロナ感染拡大と、即座に対応を迫られる緊急課題が続発した。

一方、先行きを展望すれば、2020年代半ばに高度成長時代が終焉を迎え、2020年代後半以降、急速に安定成長期へと移行する見通しである。

成長率の急速な低下に伴い経済不安定化のリスクが高まるため、事前の備えとして、経済・社会の混乱要因を事前に抑え込んでおくことが必要である。

そのために中国政府が重点的に取り組んでいるのが、金融・財政リスク、貧富の格差、環境汚染の3大リスクを抑制するための改革である。

大胆な改革推進のためには経済の安定確保が不可欠である。それにはグローバル経済との連携を円滑に進めるための構造改革が必要である。

具体的には、国有企業改革、国有企業・民間企業・外資企業間の競争条件(市場参入条件、補助金など)の共通化、企業の国有・民間を区別しない会計基準の透明性確保、政府調達の公平性確保などである。

それにより既得権益を失うことを懸念する国有企業、地方政府、金融機関等既得権益層による改革への抵抗は強い。

そこで中央政府は外圧を活用する。これはかつての日本政府の手法と同じだ。

2020年初から施行されている外商投資法は米国からの外圧を利用して外資企業の投資環境を改善した。

2020年末に大筋合意したEU中国包括投資協定CAIEUの外圧を利用して、中国国内市場のグローバルスタンダード化を推進した。

そして、今回のCPTPPへの加入申請によりさらに高いレベルの改革目標を設定することになる。

こうしたことを通じて、国内改革の目標設定の基準の引き上げおよび改革実行加速の外圧としている。

中国にとって加入条件をクリアすることは一般に考えられているほど難しいことではない。

すでに上記のような外圧を利用して国内市場改革を進めてきているため、多くの発展途上国に比べれば、多くの加入条件をクリアすることは難しいことではなくなっていると考えられる。

ただし、例外もある。

例えば、労働組合の自発的な結成の権利を認めることを求める労働章の内容は中国の憲法と矛盾する可能性が高く、中国政府の対応が注目される。


4.米国の見方は一枚岩ではない


一般に米国は中国のCPTPP加入に反対していると理解されている。

その基本的な考え方は、米国が国内政治上の制約からCPTPPに入ることができないため、中国が加わり、米国以外の国々との経済連携を強化することを懸念している。

すなわち、地政学的な観点からの反対である。

これに加えて、外交・安全保障問題の専門家の一部には、CPTPP加入により中国の経済構造改革が進み、中国経済が持続的に発展し、米国の規模を上回ることを懸念し、経済的な観点からも反対する意見がある。

そうした中国のCPTPP加入反対派の人々は、日本に対して中国の加入を止めてほしいと願っている。

しかし、実は米国の有識者の中には中国の加入を支持する意見も多い。ただし、多数派ではない。

そうした有識者は、TPPは米国がグローバルな自由貿易基盤強化のために主導してスタートさせた重要な仕組みであり、米国自身もCPTPPに加入すべきであると考えている。

米国は中国の経済改革を促進し、一定の成果を達成したと評価する。米国の中国に対する関与政策(engagement)がすべて失敗だったという見方は間違っており、引き続き中国経済をグローバルスタンダードに引き寄せる努力を継続すべきであると考えている。

CPTPPはこれまでの米国の努力の延長線上にある。

現在の米国政府のCPTPP加入拒否は国内政治事情の制約による短視眼的な姿勢であって、米国の長期的な国益にはマイナスであると考えている。

そうした考え方の有識者は、日本に対して、中国と米国をともにCPTPPに加入させるよう貢献することを期待している。

米国が国内政治事情で短期的に誤った方向に進みそうになる時に、長期的な国益を支援する方向で貢献するのが真の信頼できる同盟国である。

米国の長期的な国益をサポートすれば、日本の評価がさらに高まることになると考えている。


5.欧州の立ち位置


欧州の有識者は中国を組織的敵対者(systematic rival)と捉えており、中国に対する見方は基本的に米国とほぼ同じである。

しかし、中国に対する具体的な対応策については意見を異にする。

欧州の中国通の有識者の多くは、米国の軍事的圧力と経済制裁による対中強硬政策は有効ではなく、非現実的かつナイーブな内容であると評価している。

そうした有識者は、上記のCAITPPなどのプラットフォームを共有することにより、中国との対話の場を通じて相互理解を深め、中国自身が変わろうとする方向に導くのが正しい方向であると主張する。

最近はアフガニスタンからの撤退作戦、米国から豪州への原子力潜水艦技術供与および豪仏間潜水艦契約破棄等の問題をめぐり米欧間の溝が拡大している。

そうした状況を背景に、EUの有識者の間では米国からの自立性を高める動きを支持する傾向がみられる。

これは独仏をはじめとするEU諸国においてずっと以前から見られる傾向ではあるが、ここへきてその意識が強まる中、対中政策についても米国EUの足並みがやや揃いにくくなっているように見える。


6.日本の役割


最後に、以上のようなCPTPPを取り巻くグローバルな政治経済状況を踏まえて、今後日本が担うべき役割を考えたい。

何よりも重視すべきは、CPTPPが自由貿易体制進化のための最高度のプラットフォームとして健全に発展することを日本が主体的かつ積極的に支えることを通じ、グローバル経済に大きく貢献する役割を担うことである。

この貢献は国際社会における日本のステータスを確実に引き上げる。

そのリーダーシップのあり方は欧米型の先頭に立って全体を引っ張るスタイルではなく、CPTPPメンバー各国の円滑な合意形成を促進するよう、きめ細かな配慮により、各国の融和的な協調を後押しする形の、「お世話係」的リーダーシップのスタイルである。

これが日本にはふさわしい。その形は日本の誠実さを発揮しやすく、メンバー国からの信頼も得られやすい。

以上のような前提に立ち、米国に対しては早期に加入できるよう米中間の対立を和らげる状況をできる限り準備する。

中国に対しては加入条件に関する留保条件をなるべく減らして、中国自身の努力で高いハードルを越えることにより国内経済構造改革の推進を支援する。

それは中国に対する米国をはじめとする世界からの信頼回復にも役立つ。

日本は中立・客観の立場を確保し、公平公正なジャッジとして、プラットフォームの信頼性の確保に注力する。EUおよび英国とは緊密に連携し、そうした日本の立場を支持してもらう。

CPTPPの発展には米中対立下での中立性確保が重要である。

日米中3国関係の図式の中での中立性確保は、日本国内の親米反中感情の強さもあって政治的に極めて難しい。

有効な解決策として期待されるのは、EUCPTPPに加入し、日本とともに中立性確保に動くことである。

日本とEUが協力すれば、米国からの圧力も軽減できる。そうした点を考慮すればEUの加入が今後のCPTPP発展のカギとなると考えられる。