混戦の自民党総裁選を経て、岸田文雄氏が新たな自民党総裁に就任した。岸田政権がこれからエネルギー政策を推進するにあたって是非知っておいていただきたいことは、今後重視されている「グリーン投資」が実は人権侵害と環境破壊の危険性を孕んでいるという点だ。上っ面だけの「脱炭素」や「カーボンニュートラル」に囚われるのではなく、現在のエネルギーを構成している様々な要素と日本経済の未来をしっかりと考えたエネルギー政策を期待する。
再生可能エネルギーや電気自動車(EV)などの「グリーン」テクノロジーは中国産の鉱物資源に大きく依存しているのが現状だ。特にモーター用の磁石に使われるネオジムなどのレアアースは、人権侵害が問題視されている内モンゴル自治区が主要な生産地になっている。経済安全保障はもとより、人権の観点からも、グリーン投資のサプライチェーンは総点検が必要だ。EVを大量導入してから問題に気づくのでは遅すぎる。
米国商務省は9月24日、電気自動車のモーター等に使われる「ネオジム磁石」の輸入が安全保障に及ぼす影響を調査すると発表した。ネオジム磁石は中国が生産大国で、安全保障上の懸念があると判断されると、関税等により輸入制限をする可能性がある。商務省は産業界に11月12日までに情報提出を求め、2022年6月までには大統領に調査結果を報告する予定である。これはバイデン政権が6月に発表した100日レビュー「強靭なサプライチェーンの構築、米国製造業の活性化、広範な成長の促進」の一環でもある。
この米国のレビューは軍事および経済の安全保障の観点からなされるものである。以前の記事で述べた様に、米国では特にハイテク軍事技術のサプライチェーンを中国に依存していることが重大視されている。
中でもレアアースは、その電気的・磁気的な特性によって、ハイテクのビタミンと呼ばれるほど、あらゆるハイテク産業にとって欠かせないものになっている。上記の「ネオジム」はその代表例だ。
もし米国で輸入制限が実施されるとなると、日本も同様な措置を採ることになり、関係する企業には大きな経済的影響が出るかもしれない。
しかし日本も米国に追随するだけでなく、自らの事として調査し、対応を決めるべきだ。なぜなら、日本にとって重要な問題が3つあり、米国任せにするだけでは、落とし穴に嵌る恐れがあるからだ。
まず第1に、米国同様、軍事および経済安全保障が重要なことは言うまでもない。日本でも経済安全保障の観点からのサプライチェーンの見直しはすでに政府方針となっている。
第2の問題は、人権である。
レアアースは内モンゴル自治区包頭市で集中的に生産されている。中国の科技日報によれば、包頭市のレアアース埋蔵量は4,350万トンで、中国のレアアース埋蔵量の83.7%、世界の埋蔵量の38.7%を占めているという。ここでの活動は生産段階に留まらず、その加工からハイテク製品の製造にわたる。包頭市はレアアース産業の一大集積地となっているのだ。
だが、この内モンゴル自治区では、モンゴル人に対する人権侵害が問題となっている。モンゴル語での教育禁止、それに反対する人々への弾圧などである。犠牲者も複数出ている。例によって日本の大手メディアでは報道されることが少ないが、海外ではこれは文化的ジェノサイドと呼ばれ非難されている。
日本でも、高市早苗議員を会長とした南モンゴル議連が2021年4月に発足している。設立総会では、文化的ジェノサイドに加え、日本国内に在住する南モンゴル出身の留学生や家族が中国政府から恫喝を受けている、といった問題が指摘された。同議連では外交および国内法整備で対処するとしている。
第3の問題は、環境問題である。レアアースを生産する一連の工程では、鉱石を掘り出し(採掘)、化学処理や熱処理をして、レアアース元素を分離し(選鉱)、純度を高める(精錬)。この過程では、大量の鉱滓(こうさい=鉱石から鉱物を取り除く過程で取り残される不純物のこと)、排水、排気が出る。これにはさまざまな金属や放射性物質が含まれる。
米国ではかつて銅の副産物として安価にレアアースが生産されていた。だが環境規制が厳しくなり、1980年代からレアアース生産は経済性を失った。いまではレアアースは生産されることなく鉱滓として処分されてしまっている。
米国に代わって世界市場を席捲したのは中国だ。だが内モンゴル自治区において、深刻な公害を引き起こしていることが以前から報道されている。
レアアースは名前こそ「レア」だが、実際は釣りの重りに使う鉛よりもふんだんに存在する。つまり実際はそれほど「レア」ではなく世界中に存在する。特に米国にはふんだんにあり、世界中に十分に供給出来るとされる。けれども、環境規制が厳しくて、経済性に劣るのが現状だ。
その結果生じているのが中国による独占状態である。
図1でレアアースの生産のシェアを見ると、2019年時点で7割強となっている。そして、これは急激には変えようがない。鉱山の開発には5年から10年はかかるからだ。図1右は現在進行中の諸国の事業計画を基に2025年の生産量シェアを予測したものだが、これはあまり現状と変わらない。
図1 レアアース生産のシェア
via www.iea.org
そして、生産工程よりも更に中国に一極集中しているのは、環境負荷が高い選鉱工程である。これは中国が9割近くを占めている(図2)。
図2 レアアースの選鉱工程
via www.iea.org
久しく経済の凋落が言われる日本であるが、今なおハイテク素材・部品は世界的な競争力を有している。これを維持・発展するためにも、サプライチェーンを確保することはもちろん、安全保障・人権・環境といった多角的な観点からの事前検討(デリジェンス)は欠かせない。
現時点で電気自動車や風力発電を大量導入するならば、そこで使われるレアアースの供給はかなりの程度、中国、それも人権と環境の問題を抱える内モンゴル自治区からの供給に頼る可能性が高い。
これは日本の国策として適切なのだろうか。企業はそのようなサプライチェーンをどう考えるべきか。
詳細な情報収集に基づいた、熟慮による判断が必要だ。
大きな盛り上がりを見せた自民党総裁選でもエネルギー施策は重要な争点の一つであった。岸田新政権には「グリーン技術」の性急な大量導入を避け、中国に一極集中してしまったレアアースのサプライチェーンを再構築することから手掛けることを期待したい。