コラム  国際交流  2021.08.30

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第149号 (2021年9月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交 安全保障

我々は現在“ヒト・モノ・カネ・情報”よりも“ウイルス”によるグローバル化現象を体感している。

感染症に対して有効な対抗策が見出せない現状が苛立たしい。自宅療養の最中、重症化し、最悪の場合死に至る事例も報道されている。自宅療養中の妊婦が入院出来ず、自宅で生んだ新生児が死亡するという悲劇を知り、言葉を失ってしまった。

最新の科学技術を援用した対応策に関し友人達と情報交換をしているが、人工知能(AI)分野では楽観・悲観双方の情報が混在している。例えばスタンフォード大学の研究所(HAI)が放射線学におけるAI適用の成功を報告した一方、MIT Technology Review誌がCovid-19にAIを適用した例が全て失敗した事を報じた(次の2を参照)。こうしたなか、海外の或る友人から日本の医療分野における情報化の課題を指摘された。彼は医療情報共有に関する制度調整に関して、日本に幾つかの問題がある事を指摘し(p. 4の図1参照)、更にはAIの活用に関し「日本は優れていると想像している」が、共有出来る情報が無いために単純な比較すら出来ない、と不満をもらした(p. 4の図2参照)。

世界情勢は目まぐるしく動いている。こうしたなか友人達との情報交換で慌ただしい日が続いている。

先月初旬、Aspen Institute主催のAspen Strategy Forumに参加した。会合では各分野の代表的な人々が見解を簡潔に述べるため、最新の優れた情報を一括して聴けるという理由から、内容・時間節約の点で有益な機会だ。総合司会は国務次官を務めたニコラス・バーンズHarvard Kennedy School (HKS)教授で、彼を補佐したのが小誌昨年9月号で触れたアーニャ・マニュエル氏である。そして最初の発言者は、シンガポールのリー・シェンロン首相で、次に現在Hoover Institutionに滞在する歴史学者ニオール・ファーガソン教授が語った。その後、ミシェル・フロノイ元国防次官やジュリー・ビショップ前豪外相、そして日本国際問題研究所(JIIA)の市川とみ子氏が発言した。

経済・金融分野では、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の金立群行長とロバート・ゼーリック元世銀総裁の見解が印象的であった。通常、中国人の発言は国の公式見解と変わらないために余り期待出来ない。だが、金行長は例外的で流暢な英語で厳しい質問に応えていたので好感が持てた。筆者はメールで友人達に次のように伝えた—「金氏は英語の達人で、ロン・チャーナウ氏の名著(The House of Morgan)を中国語に訳した人。同書は激動の1930年代、欧米の金融界が、中国の金融界よりも日本の井上準之助を信用していた事を記している。この中国にとって過去の苦い教訓を知る金氏は、外国が抱く不信感に巧みな英語で対応するだろう」。

安全保障分野に関し、インド太平洋軍(USINDOPACOM)のジョン・アキリーノ司令官やサイバー分野の専門家であるアン・ノイバーガー国家安全保障担当副補佐官の見解が参考になった。またジョセフ・ナイ教授の司会による討論会では、中国専門家のスーザン・シャーク教授やマット・ポッティンジャー元国家安全保障担当副補佐官の発言が記憶に残る内容であった。ナイ教授は会合と同時期に小論を著し、「過小評価は驕慢を生むが、一方で過大評価は恐怖を生む(Underestimation breeds complacency, while overestimation creates fear)」として、“注意深く精査した判断(careful net assessment)”の重要性を語り、対話の継続を強調した(次の2を参照)。

そして今、“注意深く精査した判断”を重要視する人達と様々な情報を基に意見交換している。中国側の情報では国防大学の人々の見解—例えば①(中国軍の戦略に関し)劉明福教授の«新时代中国强军梦: 建设世界一流军队»や龐宏亮教授の«21世纪战争演变与构想: 智能化战争»、②(台湾進攻に関し)喬良教授の“台湾问题攸关国运不可轻率急进”や③(中米関係に関し)戴旭教授の«对美国四个想不到和十点认识»等だ。

また西側諸国の情報では、①ラッシュ・ドシ(杜如松)安全保障会議(NSC)中国部長の近著The Long Gameや②中国語が堪能だが“親中派”ではなく、実は“知中派”であるケヴィン・ラッド(陆克文)元豪首相による“Why the Quad Alarms China”等を基に意見交換した(次の2を参照)。

現在、Zoomが多用されているが、直接現地に赴き“face-to-face”で議論する国際会議を懐かしんでいる。

米国のリゾート地に在るAspen Instituteの会合は魅力的だ。爽やかな青空の下、グラス片手にナイ教授や今は亡きスコウクロフト将軍とお話した事が懐かしい。今回、Washington D.C.から参加したバーンズ教授は、自分のZoomの背景を美しいAspenの自然環境の写真にしていたので思わず微笑んでしまった(大自然の大切さを痛感した筆者はアロク・シャーマCOP26議長の会合での話を真剣に聞いた次第だ)。

8月2日公表の“Fortune Global 500”情報によれば、米国の巨大企業では、女性のCEOの数が史上最高を記録したらしい(次の2を参照)。会合の途中、英国の友人から「日本の大企業には女性のCEOがいるの?」と電子メールで尋ねられ、答えに窮して恥ずかしく思った次第だ。

以前、AspenでAIの社会適用に関し倫理問題を議論した際、アラスデア・マッキンタイア教授の著書(Three Rival Versions of Moral Enquiry)が話題になった。同書の冒頭、小林一茶の俳句が記されている(「女から 先へかすむぞ 汐干(しおひ)がた」)。この句が引用された理由を、情報倫理学の専門家が「日本の知人に聞いても皆知らないと言う。ジュンは分かる?」と聞いた。恥ずかしながら筆者も咄嗟に対応出来ず、後で調べて「(今の江東区)大島に住んでいた一茶は、早朝から潮干狩りに出るたくましい江戸の女性を讃えたのだろう」と答えた事が懐かしい。如何なる経路でマッキンタイア教授が一茶の句を知ったのか。興味は尽きないが、知人達と「日本女性(今ならばLGBTも)の魅力と能力を、日本人男性よりも教授の方が正確に評価しているかも…」と笑った事も懐かしい(因みにR・フラナガン氏の小説にもこの句が出てくる)。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第149号 (2021年9月)