メディア掲載  エネルギー・環境  2021.08.11

EUに"グリーン・イノベーション"が不可能なワケ(後編)

Daily WiLL Online HPに掲載(2021年7月13日)

エネルギー・環境

前回記事でお伝えした通り、「日本も見習え!」としばしば叫ばれるEUはアンチ・テクノロジーの規制でがんじがらめになっている。本稿では、「EUの戦略」なるものの正体を深堀するとともに、日本がイノベーションを起こすために取るべき選択について述べてゆく。

前回の記事はコチラから


EUの政策は「したたか」ではない

 しばしば、EUは気候変動などの分野で「戦略的に」政府と産業が一体になって攻勢に出ている、という論評を聞く。

 「環境に優しい技術」の標準化を仕掛けて、それで儲ける企業と一体になって攻勢に出る、ということは確かにあった(参考 藤井良広氏著、『サスティナブルファイナンス攻防』(きんざい))。それで官僚、金融機関、認証機関、コンサルなどはある程度儲けてきた。

 けれども、それで製造業が成功したかというと、そんな話はあまり聞かない。どちらかというと、EUの官僚主義に振り回され、痛めつけられてきたというのが実情であろう。

 原子力や石炭火力が禁止されて電気代は上昇する一方だ。前回でも解説した様々な規制により、GAFAMのようなIT産業は育たない(かつてフランスは国主導でミニテルというインターネットもどきの技術を普及させようとして挫折した)。農家は遺伝子組み換え技術の恩恵を受けることが出来ず米国産飼料穀物に競争で勝てない。

 特に、クリーン・ディーゼルの話は、ドイツの基幹産業が滅んでしまいかねないという大失敗例だ。「いまドイツは中国と組んで電気自動車を世界標準にすべくしたたかな攻勢に出ている」などという論評もあるが、これは戦略的なものなどではない。もともとはドイツ自動車産業はクリーン・ディーゼルで打って出ようと思っていたのに、そのシナリオが崩壊したから、苦し紛れでやっているだけだ。

 よく脱炭素は欧州のしたたかな戦略だ、という人がいる。世界に規制を押し付けて、その一方で自分の産業を育てるものだ、という。けれど、したたかな戦略というよりは、とかく規制を導入したがるブリュッセルに対して、規制対象となる製造業は徹底してロビーイングで抵抗して、結局のところ、EUの製造業は何とか抜け穴を探して生き残るが、海外には規制を押し付けるという形が出来上がっているだけだ。



ロビーイングの結果に過ぎないEUの政策

 ドイツのエネルギー税率を見ると、一見するととても高くなっているが、実際には減免税があって、エネルギー集約産業はほとんど税金を払っていない(参考:小野透氏記事)。それでもEUは他国に対しては国境炭素税措置を設けて脱炭素政策を押し付けようという検討をしている(参考:有馬純氏講演)。これはいったいどういう悪辣な陰謀かと疑いたくなるかもしれないが、実際のところは、「規制したい当局」と「生き残らねばない産業」の綱引きの結果が表出してきているだけで、だれか陰謀全体の設計者がいる訳ではない。

 ちなみに、およそあらゆる制度は、歴史的経緯の影響を強く受け、さまざまな政治勢力の闘争の結果もたらされるものであり、現実には単独の設計者などいない―と言う生態系の進化論に似た制度史観については、フランシス・フクシマ氏が『政治の起源』に詳しく書いている。

 さて規制を巡る綱引きは政府対産業と言う軸ではなく、国対国という軸で起きることもある。

 いまグリーンボンド(※)において何がグリーンかを決めるタクソノミー(=分類の意)と言う基準作りに関して、EU内で論争が続いている。このタクソノミーというのは、これまたEUらしく、「何がグリーンか」をブリュッセルで交渉して決めるというものだ。

 それで原子力はどうなのか、天然ガスはどうなのか、と論争している。フランスは原発大国だから当然譲れない。他方で、ドイツのように、現実には天然ガスが無いとエネルギーが欠乏してしまうから天然ガスを譲れない国も多い。こういった国の間の綱引きで、「何がグリーンか」が決まる。

 こんな政治的駆け引きで決定される規制に日々振り回されるEUの産業は、まともに事業をしたり技術開発をするよりも、せっせとロビーイングに励んで、自分に都合のよい規制を作らせることのほうが大事になる。そのほうが儲けがよくなるからだ。こうしてますますEUではイノベーションなど起きなくなるのだ。

※グリーンボンド:環境分野への取り組みに特化した資金を調達するために発行される債券のこと



「見習う」のであればせめて米国を

 EUも日本もいま政府はグリーン成長などと綺麗ごとを言っているが、本当に脱炭素などをやれば、経済にとっては悪影響の方がはるかに大きい。産業は空洞化するし家計は痛む。そのことを知ってか知らずか、ブリュッセルに集う政治エリートが製造業や庶民を置き去りにして暴走しているのがEUの実態だ。

 経済的な負担が明らかになるつれ、欧州の脱炭素政策は破綻し、打ち捨てられるようになるだろう。フランスのイエローベスト運動、スイスの国民投票での脱炭素法の否決イギリス与党議員の造反など、すでにその兆しは出ている。

 EUがこれからどこまで迷走を続けるかは先が読めない。どのようなものであれ、EUの規制によって日本の輸出企業も影響を受けるから、輸出企業は常にウオッチしておく必要があるし、ロビーイングもする必要がある。けれども、日本も同じような規制を導入すればよいというものではない。

 前回冒頭でも述べたように、経産省が産業政策に傾斜しつつあり、しかもその目玉が脱炭素であることは心配だ。脱炭素政策で製造業を空洞化させてしまうというのでは、産業政策としてはまるきり茶番である。

 米国は、バイデン政権が目指すCO2の大幅削減は、議会の反対に遭って実施不可能だ(参考:拙著、『脱炭素のファクトフルネス』)。

 だがそれでも米国では、こと技術開発については超党派の支持があり、予算もついている。

 いま米国では、新型の小型原子炉(SMR)の研究開発・導入が進み、シェールガス技術はますます発達してコスト競争力を高めており、CO2回収貯留技術についても実際にCO2を貯留する実証試験が進んでいる。

遺伝子組み換え・遺伝子編集もトップレベルで、食料生産に関するCO2等の削減やエネルギー生産にも期待がかかる。デジタル化でも世界の先頭を走っているが、これは大幅な省エネを可能にする。

 一方EUでは、これらあらゆるテクノロジーについて禁止されていたり、あるいは予防原則のせいで新技術の研究・開発・導入の全ての段階で莫大なコストがかかる。とくにスタートアップにとってはその壁は絶望的に高くなる。ほとんどの場合、規制はその遵守コストを払うことのできる既存の大企業に有利に働く。

 日本が手本にすべきはどちらか。米国であって、EUではない。米国でこそあらゆるイノベーションが進み、ひいては、これはCO2の削減にも寄与するだろう。

 なお筆者は産業政策を全否定するものではない。どこの国も自国へ誘致しようとしている以上、日本も製造業の国内回帰を図るという産業政策をする必要はある。

 だがそれは単に補助金を出すというものではなく、まずはエネルギーコストなどあらゆるコストを低減させ、また余計な規制を排して事業しやすい安定的な経営環境を造ることが基本になるはずだ。EU式の脱炭素政策に邁進することは、明らかに逆効果であろう。




杉山大志の寄稿文はDaily WiLL Online にも多数掲載しております