メディア掲載  エネルギー・環境  2021.07.30

無謀な「脱炭素」で政治危機に

産経新聞 2021年7月8日付「正論」に掲載

いま日本は菅義偉政権のもと2050年にCO2ゼロ、すなわち脱炭素を目指し、30年度には13年度比でCO2を46%削減するとしている。これは従前の目標であった26%から20ポイントもの深掘りだ。政府はエネルギー基本計画及び温暖化対策計画の見直しを進めているが、相当に慎重な書きぶりにしないと、遠からず政治危機が訪れる。



消費税増税以上の負担

これまでの太陽光発電の実績では1%の削減のために毎年1兆円の賦課金を国民が負担している。つまりこのペースでできるとしても20ポイントの深掘りには毎年20兆円が追加でかかる。これは奇(く)しくも今の消費税の総額に等しい。つまり脱炭素は30年までに消費税率を20%に上げるのと同等の国民負担になる。これを明言すれば、いかなる政権も安泰ではいられまい。
 

海外でも負担が明確になるにつれ脱炭素への反乱が始まった。
 

スイスでは、30年までにCO2を半減するという「CO2法改正案」が、国民投票で否決された。同案はスイスの主流政党・メディアにより幅広く支持されてきたものだけに、衝撃は大きかった。
 

産業団体が署名を集め、国民投票に持ち込んだ。彼らは「CO2法に反対する経済委員会」を組織して反対キャンペーンを展開した。ポスターには「お前、頭、大丈夫か? また税金だって? 高くて、役立たず、不公平。誤ったCO2法にノー」とあった。
 

英国では、家庭の暖房において主流であるガスを禁止して電気式のみにする、さらにはガソリン自動車を禁止して電気自動車のみにする、といった政策が検討された。だがその費用が世帯当たりで数百万円に上るという試算が白日の下に晒(さら)されると、ジョンソン政権のお膝元の保守党議員、ベーカー元ブレグジット担当閣外相が公然と反旗を翻した。氏は大衆紙サンに「脱炭素-ガス使用禁止で貧しい人が寒さに震える」と題した記事を書き「このままではサッチャー政権の人頭税導入の時のような政治危機になる」とした。日本でも脱炭素は消費税増税を上回る政治危機になるかもしれない。
 


「炭素税で成長」は非常識

日本政府は脱炭素を「グリーン成長で実現する」という綺麗(きれい)ごとを言っており、莫大(ばくだい)な費用がかかることを隠している。環境省が6月21日に開催した審議会ではCO21トン当たり1万円の炭素税を導入しても、税収の半分を省エネ投資の補助に使うことで、経済成長を損なうことなくCO2削減ができる、と主張している。
 

だがそんなはずはない。日本の年間CO2排出量は約10億トンなので、1トンあたり1万円ならば税収は10兆円となる。これは消費税収20兆円の半分にあたるから、消費税率を10%から15%に上げるのと同じことになる。常識的に考えて、これは大変な不況を招く。

「炭素税収を原資に省エネ補助をすれば経済は成長する」という結論もナンセンスである。
「政府が税金を取って、民間に代わって投資する」ことで経済が成長するという考え方は、経済学の常識に反する。特に省エネ投資のように、無数の企業や市民が自分の利害に直結する意思決定をする場合は、なおさらである。

政府の補助があったので購入したものの、受注が不調で使われていない、といった無駄な機械は日本の至るところにある。

政府の事業はよく失敗する。決して役人が無能なのではない。政府の事業には、政治家が介入し、官僚機構は肥大し、規制を歪(ゆが)ませて自らに利益誘導しようとする事業者が入り込むから、所謂(いわゆる)「政府の失敗」が多いのだ。


家の上に「ジェノサイド」

日本は太陽光発電の大量導入を続けてきた。今これをさらに加速しようという意見が強い。だがこれは別の政治危機を招く。太陽光発電の世界市場を席捲(せっけん)している中国製品は、強制労働との関係の疑いが濃厚だ。

米国は6月24日、ウイグルでの強制労働に関与した制裁として、中国企業4社の製品の輸入を禁止した。この4社は太陽光発電の心臓部にあたるシリコンの精錬と結晶製造にあたる最大手企業で、事実上殆(ほとん)どの中国製太陽光パネルが禁止になったとみられる。

太陽光パネルは唾棄すべき理由で安価になった。結晶シリコンは、世界の45%がウイグル地区で生産されている。残りは30%がウイグル以外の中国であり、中国は合計で75%となっている。他の国々は全て合わせても25%だ。

日本の太陽光発電パネルはいまや8割が海外製品になっており、中国製品も多い。米国並みの措置を日本も採れば、太陽光発電の導入には急ブレーキがかかり、価格高騰も避けられない。

だがそれでも、日本も断固とした措置を速やかに採るべきだ。

環境のため良かれと思った太陽光発電が強制労働を助長するのは本末転倒だ。このままでは、家の上の太陽光パネルを見るたびに、おぞましいジェノサイド(民族大量虐殺)を思い出すことになる。かかる事態を、日本政府は許すべきではない。