メディア掲載  エネルギー・環境  2021.07.29

「CO2ゼロ」政策は国民経済破壊する

産経新聞社 月刊「正論」2021年4月号に掲載

エネルギー・環境 中国

 従前は地球温暖化問題といえば、環境の関係者だけに限られたマイナーな話題に過ぎなかった。だがここ二、三年で状況は一変した。急進化した環境運動が日米欧の政治を乗っ取ることに成功したからだ。

 いまや環境運動は巨大な魔物となり、自由諸国を弱体化させ、中国の台頭を招いて、日本という国にとって脅威になっている。この深刻さを、国家の経済・安全保障に携わる全ての方々に認識して欲しい。一体何が起きているのか。



グリーン成長の陥穽

 政府は二〇二〇年十二月に「グリーン成長戦略」を公表した。そこでは経済と環境を両立させて二〇五〇年にCO2排出の実質ゼロを目指すとしている。

 ある程度のCO2削減であれば、経済成長と両立する政策は存在する。例えばデジタル化の推進や新型太陽光発電の技術開発であり、原子力の利用である。

 だが二〇五〇年にCO2ゼロという極端な目標は、経済を破壊する可能性の方が高い。政府は安価な化石燃料の従来通りの利用を禁止し、CO2の回収貯留を義務付ける、ないしは不安定な再生可能エネルギーや扱いにくい水素エネルギーで代替するという。

 これにより政府は二〇三〇年に年額九十兆円、二〇五〇年に年額百九十兆円の「経済効果」を見込んでいる。だが、莫大なコストがかかることをもって「経済効果」とするのは、明白な誤りだ。

 勿論、巨額の温暖化対策投資をすれば、その事業を請け負う企業にとっては売上になる。だがそれはエネルギー税等の形で原資を負担する大多数の企業の競争力を削ぎ、家計を圧迫し、トータルでは国民経済を深く傷付ける。

 政府が太陽光発電の強引な普及を進めた帰結として、いま年間二・四兆円の賦課金が国民負担となっている。かつて政府はこれも成長戦略の一環であり経済効果があるとしていた。この二の舞を今度は年間百兆円規模でやるならば、日本経済の破綻は必定だ。

 CO2ゼロは実現不可能だから、どこかで必ず見直しはかかるであろう。だが目下のところ、石炭火力発電の廃止やガソリン自動車の廃止など、自由諸国のエネルギー政策は極端に振れ、巨額のマネーが動くようになった。

 規制あるところ、儲かる事業が出来て、国際的に流動性が高くなった投資が集まる。しかしその投資の収益とは、国民の負担そのものである。電気料金の上昇等の形で負担が顕在化すると、急進的な温暖化対策は支持を失ってゆくだろう。すると規制は後退し、旨味の無くなった投資は一斉に引き揚げ、グリーンバブルは崩壊する。これによる経済の痛手も計り知れない。



パリ協定の裏で笑う中国

 米国ではバイデン政権が誕生し日欧と共に二〇五〇年にCO2ゼロを目指すこととなった。この展開でほくそ笑むのは中国である。

 中国も二〇六〇年にCO2をゼロにすると宣言した。勿論これも達成不可能であるが、したたかな戦略であり幾つも利点がある。

 特に重要なのは、CO2に関する協力を取引材料として、人権や領土等の深刻な問題への国際社会の介入を減じることだ。これはかつてオバマ大統領が陥った罠でもあった。

 オバマ氏は任期後半になるとレガシーを残すべく、温暖化に関する国際合意に執着した。それが成功と見なされるためには、世界の二大CO2排出国である米国・中国が参加しなかった京都議定書を超えるものとして、米国・中国双方の参加が不可欠だ、というのが当時の相場だった。

 そこでオバマ氏は中国と交渉を行い、二〇一五年の六月に米中で合意をして、各々はCO2の数値目標を宣言した。これで国際的な機運が高まり、同年十二月にパリ協定が合意された。

 だがこの裏で、二〇一四年から一五年にかけて、中国は南沙諸島の実効支配を着々と進めていた。オバマ氏はこれを本気で咎めることは無かった。なぜか。 

 オバマ氏は全般的に宥和的であったけれども、その中でも特にパリ協定を壊したくなかった。もしもオバマ氏が強硬姿勢に出れば、中国はパリ協定に参加しない、という奥の手があった。中国に好意的な開発途上国がこれに同調するおそれもあった。そうなれば、パリ協定は京都議定書とあまり代り映えの無いものとなり、オバマ氏のレガシーとしては甚だ不十分になったであろう。



中国は温暖化問題をカードに

 さて今、オバマ政権の副大統領であったバイデン氏が大統領になった。また同政権で国務長官だったジョン・ケリー氏は気候変動問題大統領特使となった。

 バイデン氏もケリー氏も中国に対して宥和的な一方で、温暖化問題に熱心なことで知られてきた。そこで早速、中国が温暖化を取引材料としてバイデン政権を篭絡するのではないか、とする疑念が湧きおこった。これを受けてケリー氏は、温暖化は「重大だが独立した問題である(critical standalone issue)」と記者会見で述べた。「知財の窃盗、市場へのアクセス、南シナ海等の問題は、温暖化問題とは決して取引しない」「しかし、温暖化は重要な独立した問題である従って、区分して交渉を進める」。これに対して、小泉進次郎環境相は「非常に心強い発言だ。温暖化と外交的課題をディールすることがあってはならない」と述べた。ケリー氏も小泉大臣も、その言や良し。だが本当に「区分して」交渉など、出来るのだろうか。

 外交には「イシュー・リンケージ(課題の結合)」という常套手段がある。それは「相手が重要で纏めたいと思うイシューを交渉している間には、他のイシューにおいて相手の攻撃的行動を抑制できる」というものだ。

 前述のように中国は、二〇一五年末のパリ協定に向けて友好ムードで交渉している間、南沙諸島についての米国の干渉を受けずに済んだ。これはまさにイシューリンケージの典型であた。

 そしてバイデン政権に対して、中国が再びそのような取引を狙っていることが、あっさりと露見した。ケリーの記者会見の翌日、中国外務省の趙立堅報道官は、記者会見で以下のように述べた。

 「中国は、温暖化に関して米国や国際社会と協力する準備ができている。とはいえ、特定の地域での米中協力は、全体として二国間関係と密接に関連していることを強調したい。中国の内政に露骨に干渉し、中国の利益を損なう場合、二国間および世界情勢において、中国に理解と支援を求めることはできない。米国が主要分野で中国との調整と協力のための好ましい条件を作り出すことを願っている」。つまり中国はケリー氏に同意しなかった訳だ。ちなみに、この直後に趙氏は、中国にジェノサイドは「存在しない。以上」と述べている。

 動きが心配なのは、米国だけではない。EUは昨年十二月に中国と包括的投資協定を結んだが、これは人権問題を全く不問にするものだった。そして二月一日、EUと中国は「環境と気候の対話」を開催した。代表は、中国側が韓正副首相、欧州委員会側がティマーマンス上級副委員長である。

 共同記者会見では「中国とEUはグリーン協力を深め、包括的な戦略的パートナーシップの新しい目玉かつ推進力とする」とした。ティマーマンス氏は「気候変動やその他の問題に対する中国の前向きな立場を高く評価」し、「環境と気候の分野におけるEUと中国の対話と協力を拡大深化させ、多国間メカニズムの役割を十分に発揮する」意欲を表明した。

 一連の流れを見ると、EUは経済的利益を求め、また温暖化対策において中国との協力を深めるが人権問題など中国の引き起こす深刻な問題は不問にする、というメッセージが読みとれてしまう。



中国の「超限戦」の主力兵器

 中国の二〇六〇年CO2ゼロ宣言には、更に三つのメリットがある。 

 第一に、中国が協力することで自由諸国はますます引っ込みが付かなくなり経済が衰える。彼我同じ様な目標でも経済への破壊力は全く異なる。というのは、国際環境NGOが力を振るうが、彼らは資本主義を嫌い、自由諸国の企業や政府には強烈な圧力をかける一方で、中国政府を礼賛し、中国企業は標的にしないからだ。中国にとってこれ程便利な存在は無い。

 第二に、中国は温暖化を議題に持ち出すことで、米国内の分断を一層深刻に出来る。米国では温暖化は党派問題であり、民主党は急進的な政策を支持するが、共和党は反対する。トランプ前大統領だけが例外なのではない。

 中国にとってCO2ゼロというポジション取りは、国際的な圧力を逸らすのみならず、自由諸国を弱体化させ、分断を深める効果があるのだ。世論を活用して戦略的有利に立つという「超限戦」において、いまや温暖化は主力兵器となった。

 第三に、太陽光発電、風力発電、電気自動車は何れも、中国が世界最大級の産業を有している。自由諸国が巨額の投資をするとなると、中国は大いに潤い、自由諸国のサプライチェーンはますます中国中毒が高まる。更には、諸国の電力網に中国製品が多く接続されることはサイバー攻撃の機会ともなる。CO2ゼロ宣言は中国には利点ばかりである。



つくられた「気候危機」

 そもそもなぜCO2をゼロにしなければならないのか。

 災害のたびに地球温暖化のせいだと騒ぐ記事があふれるが、悉くフェイクニュースである。これは公開されている統計で確認できる。

 台風は増えても強くなってもいない。台風の発生数は過去七十年、年間二十五個程度で一定している。「強い」より上に分類される台風の発生数も十五個程度と横ばいで増加傾向は無い。

 猛暑は都市熱(ヒートアイランド現象)などによるもので、温暖化のせいではない。地球温暖化によって気温が上昇したといっても江戸時代と比べて〇・八に過ぎない。過去三十年間当たりならば〇・二と僅かで、感じることすら不可能だ。

 豪雨の雨量は観測データでは増えていない。理論的には過去三十年間に〇・二の気温上昇で雨量が増えた可能性はあるが、それでもせいぜい一%だ。よって豪雨も温暖化のせいではない。

 このように観測データを見ると、地球温暖化による災害は皆無であったことがわかる。

 以上は過去の統計だったが、将来はどうか。温暖化によって大きな被害が出るという数値モデルによる予測はある。だがこれは往々にして問題がある。

 第一に、被害予測の前提となるCO2排出量が非現実的なまでに多すぎる。第二に、モデルは気温予測の出力を見ながら任意にパラメータ(変数)をいじっている。この慣行はチューニング(調整)と呼ばれている。高い気温予測はこの産物である。第三に、被害の予測は不確かな上に悪影響を誇張している。

 政策決定にあたっては、シミュレーションは一つ一つその妥当性を検証すべきである。計算結果を鵜呑みにするのは極めて殆い。

 実際のところ、過去になされた不吉な予測は外れ続けてきた。温暖化で海氷が減って絶滅すると騒がれたシロクマはむしろ増えている。人が射殺せず保護するようになったからだ。温暖化による海面上昇で沈没して無くなると言われたサンゴ礁の島々はむしろ拡大している。サンゴは生き物なので海面が上昇しても追随するのだ。

 CO2の濃度は江戸時代に比べると既に一・五倍になった。その間、地球の気温は〇・八上がった。だが統計データで見れば何の災害も増えていない。むしろこの間、経済成長によって、人は長く健康かつ安全に生きられるようになり、食糧生産は増え、飢えは過去のものになった。

 このようなファクトの説明は長くなる。詳しくは、拙著『地球温暖化のファクトフルネス』(アマゾン)をご覧いただきたい。データの出典も明記してある(なおほぼ同内容のドラフトを筆者ホームページで「地球温暖化ファクトシート」として無料で公開してある)。

 今後も緩やかな温暖化は続くかもしれない。だが破局が訪れる気配は無い。「気候危機」や「気候非常事態」と煽る向きがあるが、そんなものは何処にも存在しない。

 ではなぜフェイクニュースが蔓延したのか。政府機関、国際機関、NGO、メディアが不都合なデータを無視し、異論を封殺し、プロパガンダを繰り返し、利権を伸長した結果だ。

 急進的な環境運動は今や宗教となり、リベラル勢力のアジェンダ(行動指針)に加わった。それは人種差別撤廃、貧困撲滅、LGBT、マイノリティーの擁護などに伍して、あらたなポリティカル・コレクトネスになった。

 日本のNHK、英国のBBC、ドイツの公共放送、米国のCNNなど、世界の主要メディア、そしてフェイスブック等の大手SNSも環境運動の手に落ちた。彼らは不都合な観測データを隠蔽し、不確かなシミュレーションを確実な将来であるかの如く報道し、単なる自然災害を温暖化のせいだと意図的に誤解させてきた。異論は封殺し、急進的な環境問題を支持するよう諸国民を洗脳した。



真っ当な技術開発に注力を

 日本政府のCO2ゼロ宣言は、プロパガンダの発生源である西欧に同調したものに過ぎない。科学的知見はかかる極端な対策を支持しない。

 だが一旦国の方針とした以上、後戻りは難しい。すると課題はこれをどう解釈し対処するか、である。菅義偉首相は正確にはCO2排出の「実質」ゼロを目指すと言った。実質とは日本の技術によって海外で削減されるCO2も含める、という意味だ。これを弾力的に解釈するほか無い。

 製造業を強化し、経済成長を図ることで、あらゆる技術の進歩を促すべきだ。温暖化対策技術は、それを母体として生まれる。これを「上げ潮シナリオ」と呼ぼう。

 世界でなかなかCO2が減らないのはコストが高いからだ。良い技術さえ出来れば問題は解決する。いまLED照明は実力で普及しており、既存の電灯を代替して大幅にCO2を減らしている。今後も例えば「全固体電池」が期待される。電気自動車は補助金が無くとも実力で普及できるようになるだろう。日本はかかる真っ当なイノベーションを担うべきだ。政府の役割は基礎研究への投資等、多々ある。

 だが一方で、日本を高コスト体質にしてはならない。かつて政府は太陽光発電を強引に普及させた。結果、電気料金は高騰した。いま流行りの洋上風力、アンモニア発電等も、徒らに大量導入を目指せばその二の舞になる。日本の製造業がイノベーションの真の担い手になる為には、電気料金は低く抑えねばならない。これには原子力も石炭火力も重要だ。

 良い技術さえあれば、世界中でCO2は減る。日本のCO2排出は世界の三%に過ぎない。その程度を日本発の技術で減らすことは経済を犠牲にせずとも出来る。



差し迫る重大な脅威

 温暖化対策に熱心なバイデン大統領が誕生したこともあり、今年は温暖化が国際会議の重要議題になると予想される。

 バイデン氏は手始めに大統領就任の日にパリ協定に復帰した。そして早くも四月二十二日の「地球の日」には、中国を含む主要な排出国を招いて気候変動サミットを開催する、と発表した。その後もG7、G20、国連総会などの場で、バイデン氏は温暖化を重要議題に据えるだろう。そして総仕上げとして、十一月にはイギリスで国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)が開催され、諸国はCO2目標の深掘りについて国際合意を目指す予定になっている。

 この一連の交渉で中国はどう出るか。筆者は、温暖化については当面は協力姿勢を見せると予想する。だがここに罠がある。十一月の国際合意への期待が高まるほどに、中国は他のイシューでは何をしても国際社会、就中、米国に咎められる事が無くなるだろう。多くの人々の人権、そして日本とアジア諸国の領土が危険にさらされる。この差し迫った中国の脅威に比べるならば、有るのか無いのかすら分からない地球温暖化の環境影響のリスクなど問題にならない。

 米国の共和党支持者は、温暖化危機説がフェイクであることをよく知っている。議会でもメディアでも観測データに基づいた合理的な議論がなされている。

 しかし日本はそうなっていない。のみならず強固な利権がそこかしこに出来てしまった。省庁は各々の温暖化対策予算と権限を持っている。その補助金に群がる企業がある。研究者は政府予算を使って温暖化で災害が起きるという「成果」を発表する。メディアはそれをホラー話に仕立てて儲ける。

 この帰結として、日本の国力は危険なまでに損なわれつつある。だがそれを明言する人は稀だ。温暖化問題について異議を唱えると、レッテルを貼られ、メディアやネットで吊るし上げられ、利権から排除されるからだ。 

 だがCO2ゼロを強引に進めるならば、国民経済を破壊し、日本の自由や安全すら危うくなる。憂国の士は、この問題が深刻であることを理解し、声を上げねばならない。