メディア掲載  エネルギー・環境  2021.07.29

「脱炭素祭り」の先棒担ぐ日経新聞

産経新聞社 月刊「正論」2021年8月号に掲載

エネルギー・環境

昨年十月に菅義偉首相が「2050年までにCO2などの温室効果ガスを実質ゼロにする」という「脱炭素」の宣言をして以来、日本中が「脱炭素祭り」になっている。その先棒を担ぐのはNHKや朝日新聞などだけかと思いきや、いまや日本経済新聞が一番の急先鋒になってしまっている。

日経新聞のウェブサイトを見るとカーボンゼロの特設ページがあり、毎日2、3件は「気候変動」「脱炭素」に関係する記事が出続けているが、問題だらけだ。


「グリーン成長」という幻想

日経新聞は「グリーン成長」なる虚構を礼賛し、批判していない。

日本政府の唱える「グリーン成長戦略」とは何か。政府は「温暖化への対応を、経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも、成長の機会と捉える時代に突入。従来の発想を転換し、積極的に対策を行うことが、産業構造や社会経済の変革をもたらし、次なる大きな成長に繋がっていく。こうした『経済と環境の好循環』を作っていく産業政策」としている。そして「成長が期待される産業十四分野において、高い目標を設定し、あらゆる政策を総動員する」としている。具体的には洋上風力などの再生可能エネルギーを「最大限導入」し、水素発電を推進する、などとしている。これにより、2030年に経済効果で年九十兆円、雇用創出で850万人を実現するという。

日経新聞はこれを紹介して「目標達成のための投資が成長を呼び、成長が次の投資を呼ぶ好循環を生み出せるかが問われる」としている(「再生エネ5割超を明記 政府、グリーン成長戦略決定」2020年12月25日)。

しかしこのグリーン成長戦略なるものは、経済学の基本に反している。石炭、石油、天然ガスといった化石燃料の使用を禁止するということは、それだけエネルギーのコストが高くなるために、経済にはマイナスだ。常識的な経済学では、GDPは、資本、労働、資源の投入の関数である。その資源の投入が制約を受けるのだから、GDPは下がる。このような経済学教科書の一ページ目に出ているような話でグリーン成長は否定される。安価な石油を禁止されたら工場も動かずトラックも動かないから皆、貧しくなる。こんなことは子供でも分かることだ。

それにも拘らず、政府は「グリーン成長」なる虚構を10年以上、言い続けている。

2009年12月30日、鳩山由紀夫民主党政権は「2020年に温室効果ガスを1990年比で25%削減するとの目標を掲げ、あらゆる政策を総動員した『チャレンジ25』の取組を推進する」とした。そして、この達成のために「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」を掲げ、これによる経済効果は50兆円、140万人の新規雇用を生むとした。主な政策は再生可能エネルギーの普及、住宅・オフィスのゼロエミッション化、蓄電池や次世代自動車、革新的技術開発、総合的な政策パッケージを活用した低炭素社会実現に向けての集中投資事業の実施、などだ。

この鳩山政権のグリーン成長戦略と、菅政権のそれは、呆れるぐらいによく似ている。

では過去10年にグリーン成長は起きたかといえば、もちろん大失敗だった。太陽光発電の大量導入をしたものの、中国勢に世界市場は制覇され、日本は電気料金が高騰して経済成長の重荷になっただけだった。菅政権のグリーン成長戦略も、再び莫大な無駄遣いとなって、日本経済の「失われた30年」を「失われた40年」に延ばしてしまうのだろうか。

政府が過去に学べないのはよくあることだが、日経新聞こそはよく過去を検証して、新たな過ちを糾すべきではないのか。

実はグリーン成長は、方法を選べば、ある程度は出来る。化石燃料利用よりも安いエネルギー供給技術か、あるいは優れた省エネ技術を開発し、それを国内に普及させることだ。例えば原子力発電やLED照明の普及などだ。今後は電気自動車等にもこの可能性はあるかもしれない。だから技術開発をすることは意味がある。だが補助金をつけて大量導入をするのではこれまでの太陽光発電と同様に経済の足かせになるだけだ。ひとたび技術が開発されれば、他国にそれを売って儲けることもできる。だがこれも、まずは安価で優れた技術にしないと、他国の政策頼みになってしまうので、不安定なマーケットにしかならない。


学生も見抜く脱炭素の無謀さ

日経新聞は、そもそも脱炭素など出来るはずがない、という当たり前のことを言わない。

もしも本気で2050年までにCO2をゼロにするとしたら、莫大な費用がかかり、失業者が続出し、経済は大打撃を受けるはずだ。家庭もオフィスも全部電化しなくてはならない。プロパンガス業者は廃業するのだろう。都市ガスも全部廃止するしかない。建設機械や農業機械も全部電化するのか?工場は閉鎖するのか?病院のボイラーはどうするのか?

少し技術のことを知っていればあと30年で脱炭素など不可能なことは、誰もが分かっている。

帝国データバンクが今年1月19日に公表したアンケート「温室効果ガス排出抑制に対する企業の意識調査」が実態を浮き彫りにしている。同調査では、企業の大半がCO2ゼロの「達成は困難(43%)」ないしは「達成できない(18%)」としている。「達成可能」は僅かに16%で、残りは「分からない」であった。この調査は県別にも実施されているが、どこもだいたい結果は同じだ。

だが日経新聞の手にかかると「愛知県企業、温暖化ガス抑制に83%が積極的 民間調べ」(2月15日)という見出しになってしまう。多くの企業が抑制に取り組むものの、62%がCO2ゼロは「困難」ないし「できない」としているにも関わらず、だ。
CO2ゼロが無謀だということは学生でも分かることだ。日本財団が実施した「18歳意識調査」では「2050年カーボンニュートラルが実現可能だと思いますか」という質問に対して、「はい」は僅かに14%。「いいえ」はその倍以上の35%だった(残りは「分からない」だった)。

日本は同調圧力が強い。政府が首相に従うのは制度上、仕方ないにしても、政治家もメディアも、経済団体も、企業も、みな「脱炭素」に表立って反対はしない。

だが日経新聞が書くべきは、人々の本音と建て前のどちらだろうか。脱炭素など出来るはずが無い事を書かないと、無謀な目標に駆り立てられて、日本経済は破滅してしまうのではないか。


地域経済が崩壊する

日経新聞は脱炭素を実現するためとして、特に炭素税などの所謂「カーボンプライシング」がお好きだ。例えば「50年排出ゼロ 官民一丸で投資呼び込み技術磨く」(5月27日)では「炭素排出に価格を付けるカーボンプライシングの導入も有効な手段だ…国内の産業界には異論があるが、採用は避けて通れない。温暖化ガス削減と経済成長の好循環の実現には政策面での誘導が必要になる」としている。だがこれは地域経済を破壊するものだ。

工場には加熱炉やボイラーがあり、石油、石炭、天然ガスを利用して、配管を回し、精巧なプラントが組み上げられている。既存の工場でCO2を安価かつ極端に減らす魔法のような技術はほとんど存在しない。

製造業は常に国際競争に晒されている。CO2の半減やゼロといった極端な目標のために莫大な出費をすれば会社が潰れてしまう。

産業空洞化は現在すでに進行している。金属精錬、金属加工、鉱業、産業用・医療用ガス、ソーダ工業、チタン製造業、鋳造業、電炉工業、特殊鋼業などの電力多消費産業は、高い電力コストに苦しみ続けており、事業撤退、工場閉鎖、廃業が止まらない。

自動車産業も、既に重心は海外にある。即ち、海外生産の方が国内生産よりも遥かに台数が多い。いまこの瞬間にも、日本政府の極端な脱炭素政策を見た企業経営者は、誰もが日本脱出を考えているだろう。

日本は製造業の国だ。多くの地域経済は、工場がその支えになっている。工場が閉鎖になった街は活気が無くなり、衰退が止まらなくなる。お願いだから日経新聞は地域経済を真剣に考えてほしい。


多くの国民が犠牲に

日経新聞は脱炭素の技術の話がお好きだ。例えば「50年排出ゼロ、官民一体で 改正温暖化対策法が成立」(5月26日)では「国は40年までに洋上風力の発電能力を原子力発電所45基分に上る4500万キロワットにまで増やす」「開発中の『ペロブスカイト型』太陽電池は低コストで薄く作れる」「蓄電池の性能向上で1回の充電で1000キロメートル超の走行を可能とする電気自動車(EV)が登場」等と書いている。EVについては「日本勢は開発では先行してきたが、国内普及率は1%ほどにとどまる。欧米では普及が進み、ノルウェーでは20年の新車販売の過半がEVだった」などとしている。

どうも偏った報道だ。まず安定した出力の原子力発電所と、風任せの風力発電を同じキロワットで比較するのは初歩的な間違いだ。またノルウェーは強引な導入策で高価なEVを大量導入しただけで真似すべき政策とは思えない。

それに、再生可能エネルギーとEVを導入すれば脱炭素できるなどというものでもない。政府の資料では2050年にCO2ゼロを実現するための技術として、
 ▽CCUS(CO2回収・利用・貯留)。CO2を発電所や工場から回収し、地中に埋める。
 ▽合成メタン。水素からメタンを合成して燃料として用いる。
 ▽合成石油。水素から石油を合成して燃料として用いる。
 ▽水素。石炭ではなく水素を用いて製鉄する。
 ▽DAC(直接空気回収技術)。大気中からCO2を回収し、地中に埋める。
…などが並んでいて、何れも大規模に使われることが想定されている。耳慣れない技術もあるが、それもそのはずで上記のうち、世界のどこかで本格的な普及に至ったものは一つもない。何れもまだ、机上計算や実験室の中のものであり、せいぜいパイロットプラントが幾つかあるといったレベルだ。

「仮に」上記の技術が全て利用可能になったとしても、コストは幾らかかるのか。

地球環境産業技術研究機構(RITE)が先だって2016年に行った試算がある。

それによると、日本の温室効果ガスを八割削減するには、エネルギー供給についても電力供給についても「かなり無理のある」技術構成が必要である。のみならず、上述のような新規技術の大規模な普及も必要となる。

その2050年におけるコストは年間43兆円から72兆円と試算されている。コストに30兆円もの幅が出るのは、原子力の利用をするか否かによる。

残り2割を削減するための費用は発表されていない。だが単純に比例計算するとしても、8割から10割に削減率を上げると、コストは1.25倍となり、54兆円ないし90兆円となる。これはいまの一般会計予算が年間百六兆円であるのに匹敵する規模だ。国家予算に匹敵するこのような巨額を温暖化対策だけの為に使うことなど、正当化できるはずがない。

ちなみに前述の「グリーン成長による経済効果」も金額的にはこの規模だった。要は「グリーン成長戦略」で経済効果と呼んでいるのは、単にコストのことを言っているに過ぎない。高価な技術を強引に導入すれば、その事業を請け負った企業と投資家は儲かるが、その儲けとは国民の負担するコストそのものだ。国民の一般利益が一部の特殊利益の犠牲になる構図であり、一部の「成長」のために国民が犠牲になる。これが「グリーン成長」の正体だ。


日本は決して遅れていない 

日経新聞は温暖化対策で「日本は遅れている」と繰り返す。5月26日記事(前出)でも、「国の30年時点の再生エネの導入目標は現状、約2割だ。太陽光発電の拡大によって20年時点でほぼ達成しているものの、4割を超える英独からは見劣りする」としている。このため、再生可能エネルギーを大量に導入しないと、日本の製造業は製品を海外に売れなくなる、というのだ。

たしかに国ごとに調べれば、日本より発電時のCO2排出量(=CO2原単位)が小さい国はある。英独よりもさらに小さい国もある。原子力が69%を占めるフランスなどだ。スウェーデンも、原子力が38%、水力が40%で合計すると78%になり、CO2原単位は小さい。

けれどもEU全体として見てみれば、原子力さえ再稼働すれば日本とたいして発電の構成は変わらない。ということは、EU企業と日本企業の出来ることもたいして変わらないはずだ。つまりEUの企業がフランスの原子力の電気を買ったり、スウェーデンの水力の電気を買ったりしているのと同じことを、日本企業もやればよい。

日本でも、県別に見るならば、CO2ゼロに近い県が幾つもある。水力発電所が多い中部地方の長野県、岐阜県、山梨県等だ。

つまり日本の中にもスウェーデンがあるのだ。製造業はCO2を理由に日本を出る必要などない。中部地方は製造業も盛んだが、必要なら、このCO2ゼロ電気を安く買えるように制度を作ればよい話だ。

そしてもちろん、原子力が本格的に再稼働すれば、こんどは日本の中に「フランス」が出来る。

日本にCO2ゼロの発電所は十分に存在する。「日本製造業がサプライチェーンに生き残るための再エネ大量導入」なる考えは、一層のコストアップを招くだけであり、製造業にとって有害でしかない。


異常気象は増えていない

日経新聞は「温暖化が進むと異常気象が増え経済社会に損失」(「見てわかるカーボンプライシング 脱炭素へ取り組み促す」2021年3月12日)と繰り返し書いている。

だが異常気象は増えてなどいない。このことは、公開されている統計を見れば誰でも確認できる。台風は増えても強くなってもいない。台風の発生数は年間25個程度で一定している。「強い」に分類される台風の発生数も十五個程度と横ばいで増加傾向は無い。

猛暑は都市熱や自然変動によるもので、温暖化のせいではない。地球温暖化によって気温が上昇したといっても江戸時代と比べて0.8℃に過ぎない。過去30年間当たりならば0.2℃と僅かで、感じることすら不可能だ。

豪雨は観測データでは増えていない。理論的には過去30年間に0.2℃の気温上昇で雨量が増えた可能性はあるが、それでもせいぜい1%だ。よって豪雨も温暖化のせいではない。

このように観測データを見ると、地球温暖化による異常気象など皆無であったことが分かる。

さて日経新聞はというと、地球温暖化による異常気象で「経済損失は世界で年20兆円規模」としている(前出3月12日記事)。そして経済損失が増大するグラフを載せている。

だがこれは環境運動家がよくやるデータ操作であって、日経はコロリと騙されている。前述のように台風や豪雨自体は強くも多くもなっていない。ではなぜ被害額が増大しているかというと、災害に遭いやすい場所における建物などの資産が増えたからに過ぎない。

日経新聞は、経済の専門紙なのだから、統計ぐらい自分で読めるだろう。拙著『地球温暖化のファクトフルネス』にデータをまとめておいたから勉強されたし。地球温暖化のせいで異常気象が増えているなどというフェイクニュースを垂れ流すのは止めてほしい。


グリーンバブルは崩壊する

日経5月26日記事(前出)では「政府の支援で十分でなければ、世界で約3000兆円に上るというESG投資や、国内企業が持つ約240兆円の現預金などを活用していくことも欠かせない。投資を呼び込む魅力的な脱炭素産業を育てていくことが重要になる」などとして、グリーン投資ブームを煽っている。

菅政権に続いて温暖化対策に熱心なバイデン政権が誕生したことで、いまグリーンブームは絶頂に達している。

だが温暖化は米国では党派問題で、国の半分を占める共和党は対策を支持しない。今般の選挙で民主党は上下両院を制したといっても、何れも僅差である。石油や天然ガスの産出州で民主党から造反議員が少しでも出ると過半数割れで、法案は議会を通らない。 

この状態では米国は2030年までにCO2半減など出来るはずがない。バイデン政権にすり寄って脱炭素に邁進する日本は、梯子を外されるのだ。

いまコロナ禍対策の金融緩和で世界の株価は高騰している。特にグリーン産業は投資を集め、何も利益を上げた実績の無い会社が時価総額で既存の大企業に並ぶなど、バブル状態になっている。

だがグリーン産業の技術は未熟で高価なものばかりで、高い株価は政府の補助金や規制強化への期待に強く依存している。

バイデン政権の直面する米国の現実が露わになると、グリーンバブルは崩壊すると見る。日経新聞はバイデン氏の提灯持ちをするのではなく、バイデン氏と心中するリスクを分析してもらいたい。