メディア掲載  エネルギー・環境  2021.07.29

中国利するだけの愚かな温暖化対策

産経新聞社 月刊「正論」2021年7月号に掲載

エネルギー・環境 中国

菅義偉政権下での温暖化対策の暴走が止まらない。日本は二〇三〇年までにCO2をほぼ半減し、五〇年にはゼロを目指すことになった。小泉進次郎環境相は太陽光発電の設置義務化を仄めかしている。かかる政策は日本経済を壊滅させるのみならず、ウイグルの人権や日本の安全保障をも脅かす。


 米国が主催した四月二十二日の気候サミットにおいて、菅首相は「二〇三〇年にCO2等の温室効果ガスを二〇一三年比で四六%削減することを目指し、更に五〇%の高みにむけて挑戦を続ける」とした。これは既存の目標である二六%に二〇%以上も上乗せするものだ。
 同サミットでは、先進国はいずれも二〇三〇年までにCO2をおおむね半減すると約束したのに対して、中国等は米国が求めた目標の深堀りに全く応じなかった。
 日本が四六%~五〇%としたのは米国が五〇%~五二%としたのに横並びにしただけだ。日本はいつも米国と横並びだ。一九九七年に京都議定書に合意した時は米国の七%より一%だけ少ない六%だった。二〇一五年にパリ協定に合意した時は米国と全く同じ二六%だった。いずれの時も、米国は一旦合意したが、やがて反故にした。歩調を合わせた日本は、二度も梯子を外された。
 今回も確実に梯子を外される。
 なぜなら、米国議会のほぼ半分を占める共和党はそもそも「気候危機」なる説はフェイクだと知っている。
 のみならず、米国は世界一の産油国・産ガス国であり、民主党議員であっても自州の産業の為には造反し、共和党議員と共に温暖化対策に反対票を投じる。
 このため環境税や排出量取引などの制度は、議会を通ることは無い。米国はCO2を大きく減らすことなど出来ないのだ。
 なぜ米国は自分が出来もしない目標にこだわったか。それは「地球の気候は危機に瀕しており、気温上昇を一・五℃に抑えねばならない、それには二〇三〇年に半減、二〇五〇年にゼロでなければならない」という「気候危機説」に基づく。
 これは御用学者が唱えるもので西欧の指導層と米国民主党から信奉されている。ただし台風やハリケーンなどの統計を見ると、災害の激甚化などは全く起きておらず、この気候危機説はフェイクに過ぎない。
 にもかかわらず、CNNやNHK等の御用メディアが、不都合な事実を無視し、「科学は決着した」として反論を封殺し、プロバガンダを繰り広げてきた。
 サミットでのバイデン政権の最大の目的は、国内で気候危機説を信奉する人々、特に民主党内で存在感を増すサンダース上院議員等の左派を満足させることだった。
 しかし、中国、インド、ロシアなどは全く目標の深堀りに応じなかった。結果としては、日米欧が一方的に莫大な経済的負担を負うことになった。



中国は高笑い

 気候サミットで、中国の習近平氏は自信に満ちた演説をした。
 「中国は米国がパリ協定に復帰することを歓迎する」として、政権交代の度に方針が変わる米国の信頼性の無さを論った。かつ、正式な交渉の場は国連であり、米国主導のサミットでは無いこともはっきりさせた。中国の意図は「米国に環境を理由として覇権を維持させない」ことであった。
 コロナ禍で広く知られるようになったように、国連は中国にとって都合の良い場である。G77と呼ばれる数多くの開発途上国は、「途上国は経済開発の権利があり、先進国は過去のCO2排出の責任を負って率先してCO2を減らすべきだ」というポジションを取っている。中国はそのリーダー格である。
 確かに「善良なる開発途上国」であれば、開発の権利の主張はごもっともである。しかし、領土拡張や人権侵害をしている国であれば、何をか言わんや、である。だが国連の場では、中国を支持する開発途上国は多い。香港での民主化運動の弾圧についても、先進国が人権侵害だとして中国非難の決議を出すと、その倍の数の国々が内政干渉だとして中国支持の決議をした。
 今後、CO2の話が国連に持ち込まれると、多数のサポーターを従えて、ますます中国は強気に出るだろう。「先進国がCO2を半分にすると言って圧力をかければ中国もそうするはず」などというお目出たい言説が流布されているが、全く根拠が無い。
 中国の現行の計画では、今後五年で排出量は一割増える。この増分だけで日本の年間排出量十二億トンとほぼ同じだ。また日本の石炭火力発電能力は約五千万kWであるが、毎年、中国はこれに匹敵する発電所を建設している。
 今回のサミットで、先進国は自滅的に経済を痛めつける約束をした一方で、中国は相変わらず、事実上全くCO2に束縛されないことになった。
 それだけではない。太陽光発電や電気自動車は中国が大きな産業を有し、先進国がわざわざ補助金で造り出す市場を悉く制覇できる。そのサプライチェーンを握ることは地政学的な強みにもなる。途上国に対しても、中国は環境インフラ整備を名目に一帯一路構想をいっそう推進すると表明した。
 また先進国はCO2を理由に途上国の火力発電事業から撤退しつつあるが、お陰で中国はこの市場を独占できる。先進国が石油消費を減らし、石油産業が大打撃を受ける一方で、中国は産油国からの調達が容易になる。
 のみならず、化石燃料を取り上げられた途上国はこぞって中国を頼る様になる。
 欧米が世界中の途上国に極端なCO2削減を押し付けたことは強い反発を招いており、いま先進国が最も味方につけたいインドまでが、新興国の会合(BASIC)で中国と共同声明を出して懸念を表明するに至っている。
 先進国は自滅し、中国に棚ぼたが転がり込む。気候変動という、先進国が冒された奇妙な新興宗教の顛末に、中国は高笑いだ。
 


「設置義務化」の愚かしさ

 日本は今回二六%から四六%へと二〇%も削減目標を引き上げた。これまでの太陽光発電導入の実績から言えば一%あたり毎年一兆円の費用が掛かっており、太陽光で目標を達成しようとすれば、単純に計算しても毎年二十兆円の費用が追加で掛かる。
 小泉環境相は太陽光発電の設置の義務化を仄めかしているが、そのようなことをすれば、国民は疲弊し、産業は高コストになり、日本経済は弱体化する。
 太陽光発電パネルは確かに従前よりは安くなった。だがまだ電気料金への賦課金を原資に莫大な補助を受けている。それに、太陽が照った時しか発電しない間欠性という問題は全く解決していない。このためいくら太陽光発電を導入しても火力発電所は相変わらず必要なので二重投資になる。もしも火力発電所を減らしてしまえば停電のリスクが高くなる。
 のみならず、安価に設置できる場所も減ってきており、これも今後の高コスト要因になる。小泉大臣はまだ空いている屋根があるから設置をすれば良いと言ったが、なぜその屋根がまだ空いているのか、理由を考えなかったのだろうか? これまでも莫大な補助が与えられてきたにも関わらず、それでも採算が合わなかったのだ。
 そもそも太陽光発電が環境に優しいかも疑わしい。
 大変頻繁に誤解されているが、太陽光発電や風力発電は、「脱物質化」などでは決してない。むしろその逆である。
 太陽光発電や風力発電は、確かにウランや石炭・天然ガスなどの燃料投入は必要ない。だが一方で広く薄く分布する太陽や風のエネルギーを集めなければならない。このため原子力や火力発電よりも数多くの発電設備が必要となり、大量のセメント、鉄、ガラス等の材料を投入せねばならない。
 結果として廃棄物も大量になる。これは近年になって問題となり、廃棄費用を太陽光発電事業者から強制的に徴収し積み立てる制度がようやく来年に公布される段取りになっている。
 屋根ではなく地上に設置する方がコストは安くなるが、広い土地を使う。農地や森林がその代償で失われる。施工が悪ければ台風などで破損したり土砂災害を起こしたりして近隣に迷惑が掛かる例がすでに発生している。
 太陽光発電はCO2排出こそ少ないが、デメリットは多い。しかも問題はこれに止まらない。



強制労働の産物か

 太陽光発電にはさまざまな方式があるが、いま最も安価で大量に普及しているのは「多結晶シリコン方式」である。この太陽光発電の心臓部は、シリコン鉱石を精錬して出来る多結晶シリコンと呼ばれる金属である。これに太陽光が当たることで電気が発生する。
 世界における太陽光発電用の多結晶シリコンの八〇%は中国製である。そして、そのうち半分以上が新疆ウイグル自治区における生産であり、世界に占める新疆ウイグル自治区の生産量のシェアはじつに四五%に達する。
 高いシェアの理由は、安価な電力、低い環境基準、そして低い賃金である。多結晶シリコンの生産には、大量の電力が必要である。新疆では安価な石炭火力でこれを賄っている。また製造工程では大気・土壌・水質に環境影響が生じうるので、規制が厳しいとコスト要因になる。
 では賃金が低い理由は何か。
 強制労働に太陽光発電産業も関わっている疑いがある。
 コンサルタントである米ホライゾンアドバイザリーの報告によると、世界第二位の多結晶シリコン製造事業者「GCLポリ」および同第六位の「イーストホープ」が強制労働の疑いのある「労働者の移動」プログラムに明白に参加している。他にも複数の中国企業の名前が挙がっている。
 海外の太陽光発電関係企業は、米国のウイグル強制労働防止法や、それに追随するであろう諸国の規制への対応を検討している。既に、米国の大手電力会社「デューク・エナジー」やフランスの「エンジー」など、百七十五の太陽光発電関係企業が、サプライチェーンに強制労働がないことを保証する誓約書に署名した。
 米国を拠点とするウイグル人の人権活動家ジュリー・ミルサップ氏は、新疆ウイグル自治区との関係を直ちに断ち切るよう企業に呼びかけている。「ウイグルで活動しているサプライヤーと関係し続けることは、現代の奴隷制から利益を得ることであり、大量虐殺への加担だ」と彼女は言う。
 中国当局によると、新疆ウイグル自治区の収容所は、貧困と分離主義に対応して設立された「職業教育センター」である。中国の外務省は強制労働という批判を「完全な嘘」と呼んで否定している。



サイバー攻撃の危険性

 中国製の太陽光発電設備が日本の電力網に多数接続されると、サイバー攻撃のリスクも高まる。
 電力網がサイバー攻撃対象となっていることは、今や世界の常識である。二〇一六年にはロシアのサイバー攻撃によってウクライナで停電が起きた。
 サイバー攻撃の内容は、ウイルスやバックドアによる情報の窃盗から、通信・制御システムの乗っ取り、遂には電力網の停電や、発電所の破壊にも及びかねない。
 太陽光発電が厄介なのは、その数が極めて多いことである。
 原子力などの集中型の発電設備は通常、重要な施設として何重にも防護されているので、容易には攻撃は成功しない。だが、それをわざわざ攻撃するよりも、どこにでもある分散型の太陽光発電を攻撃する方が難易度は低い。守る側としては、防御線が伸び切った状態になるので守りにくい。
 日本は外資の土地取引が規制されていなかったため、太陽光発電名目で数多くの土地が外資に売却された模様であるが、その実態すら把握できていない。そこを拠点としてサイバー攻撃、更には物理的な攻撃やスパイ活動が行われる危惧がある。
 米国では、すでに太陽光発電用のインバーター市場のほとんどは外国製ないしは外国企業に占められているという。中でも中国のシェアは四七%に達する。これには世界最大の太陽光発電用インバーターメーカーである「ファーウェイ」も含まれている。インバーターは発電された電力を送電網に送る部品である。従ってそこがサイバー攻撃の対象になると、停電を引き起こしたり、他の発電設備を損傷させたりする可能性がある。
 米国は電力網を中国やロシア等のサイバー攻撃から守る体制を整備しつつある。トランプ政権時代に始まりバイデン政権が引き継いだものだ。
 日本政府も電力網のサイバーセキュリティの強化に着手している。だが今のところは事業者の善意ある協力を前提としている。日本らしい方法だが、本当にこれで間に合うのか心配である。また中国製品の排除には至っていない。

 なお、中国中毒になっているのは太陽光発電だけではない。
 いわゆる「グリーン投資」の一つとして、省エネルギーを実現するデジタル化がある。冷暖房のAI制御、乗用車の自動運転技術などだ。こういったハイテクに不可欠な素材がレアアースである。
 鉄や銅などの大量に使われる金属が「ベースメタル」と呼ばれている一方で、希少な金属を「レアメタル」、さらにその一部が「レアアース」と呼ばれている。
 じつはレアアースは世界中に存在する。米国はほぼ自給できるだけの埋蔵量がある。しかし環境規制が厳しく採算が合わないため、採掘されていない。他の先進国でも同様だ。代わりに起きていることは、中国による独占的な供給である。いま、世界全体のレアアースの七〇%以上が中国国内で、ないしは中国企業によって海外で採掘されている。これは方々で深刻な環境汚染を起こしている。
 日本、米国、EUの何れも、現状ではあらゆるハイテク製造業において、レアアースを中国に依存している。中国はサプライチェーンの要を握っているのだ。
 この中国依存を、米国はトランプ政権時代から問題視しており、バイデン政権も意識を共有している。日米豪印クアッドの場でも協力に向けて議論が始まった。EUでも脱中国化しようという動きが出てきた。
 だが民主主義国家では、汚染に対する環境規制は厳しくなる一方であり、レアアース調達の中国依存はそう簡単に解決しそうにない。トランプ政権は国産化を目指し、国内の環境規制の緩和を図ってきた。だが環境問題に熱心なバイデン政権の下でこの流れは逆転してしまうと筆者は危惧する。



独裁国家強化の環境対策

 レアアースの中国依存が問題なのは、経済的な理由に留まらない。軍事的な影響も大きい。暗視スコープやGPS搭載通信機等、あらゆる現代の軍事装備はハイテクであってレアアースを多く使用しており、その調達が遮断されると、安全保障が脅かされる。
 また厄介なのは、これらハイテクについて、すでに中国がかなりの製造能力を有しているのみならず、今後その産業が育つと、やがて軍事力強化に直結することだ。
 今日のハイテクは、軍事技術なのか民生技術なのかは紙一重である。例えば、中国深圳はスマホ生産の一大拠点となった。だがその後すぐにドローン生産の一大拠点ともなった。ドローンの部品は、スマホの部品と共通点が多いからだ。周知の様に、ドローンは現代の戦争において重要な武器である。スマホの生産を中国に委ねたことで、世界は最大のドローン産業を育ててしまった。
 今後中国でデジタル技術による省エネルギー制御等のハイテクグリーン産業が隆盛するならば、必ずやそれは軍事転用され、中国のハイテク軍事産業は益々発達するだろう。
 先進国の温暖化対策がそれを助長するのは愚かしいことだ。

 近年、ESG投資ということがよく言われている。環境(E)、社会(S)、企業統治(G)といった社会的な要請に配慮した投資をすべき、という考え方である。
 このコンセプト自体は悪くないのだが、実態としては、バランスを大きく欠いている。
 というのは、ESG投資といっても、実態としては判断基準がCO2に偏重しており、しかも単なる火力発電バッシングになってしまっているからだ。
 だがこれには大いに問題がある。というのは、いまのESG投資では、端的に言うと「自由主義陣営に属する東南アジアの開発途上国で石炭火力発電事業に投資することが事実上禁止されている」。その一方で「中国製の太陽光発電や電気自動車の購入が奨励されている」。
 人権抑圧が事件になると、ごく限定的に関係者との商取引が問題視されることは、これまでのESG投資の枠組みの中でもあった。
 だが、そもそも人権抑圧をする国家と商取引をしてよいのか、ということについては、ESG投資はお構いなしだった。むしろESG投資は、中国依存を強める原動力として作用してきた。
 さほどのリスクでもないCO2をゼロにしようとして、自由、民主といった基本的人権を犠牲にするのでは、本末転倒である。 
 残念ながら、現状のESG投資は、石炭を憎む一方で、独裁国家を支援している。けれども、そもそもESGのSとは、よき社会の意味である。今後、政府と金融機関は、ESG投資を見直し、CO2偏重を止め、人権問題と安全保障を重視して、脱中国依存を新たな潮流にすべきである。まずは電力設備、ハイテクおよびレアアースなどの鉱物資源の調達について直ちに着手すべきだ。