環境省の審議会で炭素税の試算が示された。日経新聞ウェブ版6月21日に”炭素税1万円でも「成長阻害せず」 環境省会議で試算“と題した記事が出ている。
主張は「炭素税の収入の半分を省エネ投資の補助に使うことで、経済成長を損なうことなく、CO2の削減が出来る」ということだ。
そんなはずはない。
10兆円の大増税ならば不況になる
まず「炭素税1万円」の意味を考えよう。これはCO2が1トンあたり1万円ということだが、日本の年間CO2排出量は約10億トンなので、税収は10兆円となる。
これは消費税収20兆円の半分にあたるから、消費税率を10%から15%に上げるのと同じことになる!
経済感覚のある人ならば、これは大変な不況を招く、とすぐ思う。
8%から10%に消費税率を上げるだけでも景気への悪影響が心配され、国を挙げて大騒ぎになるのに、それをはるかに上回る規模で炭素税を導入することになるからだ。
人々の生活はどうなるか。北海道などの寒冷地では、年間のCO2排出量は世帯当たり5トンを超える。炭素税率1万円ならば、年間5万円の負担が発生する。過疎化、高齢化が進む地方経済にとって、これは重い負担になる。
産業はどうなるか。大分のように製造業に依存している県では、県内総生産100万円当たりのCO2排出量は6.7トンである。炭素税率1万円ならば、納税額は年間6.7万円。県内総生産のうちこれだけが失われると、企業の利益など軒並み吹っ飛んでしまうだろう。
政府が民間より効率的に投資が出来るという試算の前提は非常識
「炭素税収を原資に大々的に省エネ投資への補助をすれば経済は成長する」という議論もナンセンスである。
数値モデル上では、そのようなことも起きうる。「企業や市民は愚かでエネルギーを無駄遣いしている」ところを「全知全能のモデル研究者と政策決定者」が儲かる省エネ投資に導く、という前提になっているからだ。
だが、「政府が税金を取って、民間に代わってどの事業に投資するか意思決定することによって経済成長が実現する」という考え方は、そもそも経済学の常識に反する。
特に省エネ投資のように、大規模な公共インフラとは異なり、無数の企業や市民が自分の利害に直結する意思決定をする場合は、なおさらである。
政府の補助があったので購入したものの、受注が不調で工場が稼働しないので使われていない、といったピカピカの無駄な設備は日本の至るところにある。
政府の補助をもらってゼロエミッションの大きな住宅を建てても、予想外に家族構成が全く変わってしまい、1人で住むことになってしまって、ローンの支払いに苦労するかもしれない。
将来のことがよく分からないと思ったら、あまり大きな投資をしないで、現金を手元に置いておいた方がよい、というのは普通の経営者や人々がする賢明な判断だ。
単純な計算では投資回収年数が短くて、一見すぐに元が取れそうな省エネ投資でも、現実にはあまり進まないというのは、それなりの合理的な理由がある場合が多いのだ。
政府は特にエネルギー効率が悪い粗悪品を市場から排除したり、エアコンなどの機器のエネルギー消費量の表示を義務付けたりすることで、消費者に情報提供をする役目はある。だが何を買うべきかまでこまごまと指図するのは出しゃばりすぎだ。
政府の事業はよく失敗する。決して政府の人が無能だというのではない。政府が何か事業をするとなると、政治家が介入し、官僚機構は肥大し、規制を歪ませて自らに利益誘導しようとする事業者が入り込むから、うまくいかないことが多いのだ。これを経済学では「政府の失敗」という。
「政府が民間より効率的に投資が出来る」という前提は、計画経済そのものだ。北朝鮮と韓国とどちらが経済成長したか思いを馳せれば、この考え方の愚かしさが分かるだろう。
このように、環境省審議会の試算は前提のところで既に根本的に誤っている。モデルの詳細は資料を見てもブラックボックスになっていてよく分からないが、知る価値も無い。