1.原子力分野の国際社会におけるリーダーシップ
核拡散防止条約(核不拡散条約、NPT)は、核保有国の増加を抑止することを目的とする国際的な戦後レジームを形づくるもので、条約上25年後の見直し会議(1995年)で無期限無条件に継続することが決定された。終戦直後の日本は、まずサンフランシスコ平和条約と一体として日米安保体制が存在し、また、唯一の被爆国であるという特殊事情があったが、日本にとって核は極めて重要な問題であり、核兵器を放棄する以上、日米安保条約による核兵器の傘を必要としたという事情もあった。このような背景を持つNPTは、日本にとって戦後の核政策と表裏をなす「原子力の平和利用に関する憲法」ともいうべき「基本法」であった。しかし、米ソ中心で核の均衡と軍備管理が機能していた時代から、印パキスタン、北朝鮮等の問題が顕在化し、徐々にNPT体制が綻び始めることになる。
唯一の被爆国で原子力を平和利用に限って利用してきた平和主義の日本は、原子力の平和利用に関して国際的にリーダーシップをとり、原子力の平和利用と核兵器の拡散防止に貢献することができる。とりわけ、中国や新興国に対して経済的な影響力が低下していく中で、日本独自の原子力政策を持ち、イニシアチブを発信することで日本の新たなソフトパワーの源ともなる可能性がある。
しかしながら、日本の製造業を中心とする産業の競争力、ブランド力は低下しつつあり、日本を取り巻く状況は大変厳しい。特に、原子力については、福島の事故処理等も行わなければならない状況もあり、現在日本の原子力に期待するほどの競争力はあるのだろうか。また、原子力政策についても、核兵器国でない日本が、欧米等他国とは異なる独自の、脱炭素の時代を見据えた包括的なビジョンや政策を示すことも大きな課題である。このような中、原子力分野において世界のリーダーシップをとるのは決して容易ではない。したがって、長期的視点から、将来に向けた包括的な原子力ビジョンを明確に示し、同時に、例えば、広い概念としてのセキュリティにしっかり対応する必要がある。こういった分野で実績を積み重ねることからまず開始すべきであろう。また、戦略的な外交により、こういった日本の原子力ビジョンや政策を国際舞台でより効果的に発信することも必要である。
2.NPT体制の変化と日本の「第二の選択」
アジアは通常兵器が最も蓄積している地域であり、核兵器の現実の危険が高まっている地域でもある。短期的には北朝鮮の核兵器があり、これまではレトリックが先行していたが、今や能力と意図を併せ持ち伝統的・典型的脅威になってきた。しかしながら、より大きな脅威は習近平体制下、中華帝国を目指すことを明確にしている中国の台頭である。すなわち中国の核兵器はその意味するところが守りから攻めへと変わったということであり、中国が米露と同じレベルになるまで中国の軍備管理交渉参加を開始しないことになれば、それは日本の安全保障上致命的な問題となる。また中露の「コンビニエンス・マリッジ」がさらに状況を悪化させている。このような中露接近があり、国連安全保障理事会が世界の平和と安全のための効果的な対応が全くできないという機能不全が起きているのである。
科学技術の急速な進行がグローバリゼーションの大きな背景になっているが、これにより国境を越えた脅威も出現する。気候変動、テロ、麻薬、ヒューマン・トラフィッキングから始まり金融のグローバル化があるが、デモクラシーに対するチャレンジもグローバル化している。今後の大きな課題は、急速に進むグローバリゼーションの陰の部分をどう克服するか、同時に日本の民主主義の活性化を追求していくことだ。
第一の戦後の核政策上の選択がNPTへの加盟だとすれば、今は「第二の選択」に直面している。しかしながら、現実はこういった問題意識で日本が、現下の厳しい状況を認識し分析し、対応を議論し、日本をめぐる安全保障環境あるいは核に対する新しいコンセプトを再び確立するための努力を行っているかという点について悲観的にならざるを得ない。こういった「第二の選択」についても、先述の「原子力ビジョン」に含めて議論すべきだ。
安全保障の観点からは、今後サイバーと宇宙がますます重要となってくるが、このような質的に新しい分野に対する対応を日米で着実に進める必要がある。なお、通常型本格的空母または原子力潜水艦など現在および近未来における脅威認識に基づいた相応の装備体系やそれらの運用を整えることなどに関する議論も含めて検討すべきではないだろうか。また、日本が軍事大国を目指しているのではないかという声にこたえるため、核禁止条約締約会議(来年1月)にオブザーバーとして参加し、NPTと非核条約の橋渡し、例えば、「日本平和イニシアチブ(JPI)」を立ち上げ、従来埋没していた日本のプレゼンスをまず取り戻すことが先決だと思われる。また、注目を浴びているSDGs、地球温暖化問題などのグローバルな課題について日本の存在感は小さいが、こうした状況も改善していく必要がある。
3.東アジア電力グリッドと原子力
今後再生可能エネルギー利用のために中国、韓国、露との間で電力網を繋ぎ、市場を大きくすることはSDGsの観点からも合理的である。独と仏も戦争があるなど歴史的に決して国家間関係が良くなかったが、電力線とパイプラインを繋ぎ大きな市場を作ることができた。このように、軍事大国・核兵器国ではあるが中国や露などと電力線を繋ぐことは意味のあることではないか。このためには、日本がどこまでこういったエネルギーインフラの整備が必要だと思うかどうかであり、日本がより大きな目的に貢献し必要であると考えるかどうかによる。そのためにも、データベースを揃えながら中長期的に日本の戦略上メリットがあるかないか、エビデンスに基づいた議論を進めていく必要がある。原子力の問題も同様で必要性があるかどうかが出発点だ。独は原子力や石炭が必要ないと判断してガスに変換し、今は再生可能エネルギーや露のガスによって二酸化炭素を減らすことができる。日本がCO2をはじめ温室効果ガス排出削減のためには原子力が必要と判断するのであれば、原子力発電を続けるべきであり、核兵器転用を防止する技術を世界と共有しながら脱炭素を目指すべきだ。
4.原子力の平和利用と安全規制
NPTでは、原子力の平和利用は不可侵の権利である(4条)として各国は原子力の平和利用を権利として保持したが、その後国際原子力機関(IAEA)などが各国の原子力平和利用に対して規制を行ってきた。しかしチェルノブイリ原子力発電所事故を機に、原子力安全条約ができた(1996年発効)。本来、原子力平和利用を国の不可侵の権利としたうえで平和利用に対して国際的規制をしていたが、原子力安全条約の後は、平和利用ではなく安全利用のために国際的規制をかけるという方向に進んできているように思われる。すなわち、かつては平和利用とNPTが密接に結びつき、不可侵の権利に対して平和利用の観点から必要最小限の規制をかけることが国際社会の認識であったのに対し、平和利用に対する規制のみならず加えて原子力の安全利用の観点から、主権国家の不可侵の権利に対して国際規制をかけていくという方向に変化している。例えば、福島の処理水の海洋放出についても、IAEAと密接に協議をして国際基準に適合しているという形で説明していることにも表れている。
繰り返しになるが、日本は世界で唯一の被爆国で原子力を平和利用に限ってきた平和主義の国である。不幸にして福島第一原子力発電所の事故が起きたが、その後事故対応、事故処理や被害者救済、被害地域の復興等広範な対応を国を挙げて行ってきた。NPTをめぐる国際社会の環境や認識が変化する中、原子力の安全について福島事故後に得た経験と知見を世界に積極的に発信し共有することで、世界の原子力平和利用に貢献する機会であるともいえる。福島事故の当事国として、accountabilityとtransparencyを徹底的に進めることによって新しい原子力の安全平和利用のビジョンを提示して世界に貢献することができるだろう。