メディア掲載  エネルギー・環境  2021.07.05

「10兆円の大型炭素税導入で経済成長」は危険すぎるおとぎ話

Daily WiLL Online HPに掲載(2021年6月27日)

エネルギー・環境

CO2の排出量に応じて課税するという「炭素税」。環境省が21日に開いた審議会では、排出1トンに約1万円の炭素税をかけても税収を省エネ投資に回せば経済成長を阻害しないとの試算が示された。しかし、この試算がよって立つ根拠は非常にもろく、「おとぎ話」としか思えない。むしろ国民を貧困に導く「大増税」となりかねない炭素税の問題点を探る。

炭素税=1万円は実質10兆円の大増税

環境省の審議会で炭素税の試算が示された。日本経済新聞ウェブ版621日にも、”炭素税1万円でも「成長阻害せず」 環境省会議で試算“と題した記事が出ている。

主張は「炭素税の収入の半分を省エネ投資の補助に使うことで、経済成長を損なうことなく、CO2の削減が出来る」ということだ。

そんなはずはない。

まず「炭素税1万円」の意味を考えよう。これはCO2の排出が1トンあたり1万円ということだが、日本の年間CO2排出量は約10億トンなので、税収は10兆円となる。

これは消費税収20兆円(※20年度見込)の半分にあたるから、消費税率を10%から15%に上げるのと同じことになる。 経済感覚のある人ならば、これは大変な不況を招くとすぐに思うであろう。

人々の生活はどうなるか。北海道などの寒冷地では、年間のCO2排出量は世帯当たり5トンを超える。炭素税率1万円ならば、年間5万円の追加負担が発生する。過疎化、高齢化が進む地方経済にとって、これは重い負担になる。

産業はどうなるか。大分のように製造業に依存している県では、県内総生産100万円当たりのCO2排出量は6.7トンである。炭素税率1万円ならば、納税額は総生産100万円あたり年間6.7万円となる。県内総生産のうちこれだけが失われると、企業の利益など軒並み吹っ飛んでしまうだろう。


政府の投資が成功する保証は全くない

「炭素税収を原資に大々的に省エネ投資への補助をすれば経済は成長する」という議論もナンセンスである。

数値モデル上では、そのようなことも起きうる。ただし、それは「企業や市民は愚かでエネルギーを無駄遣いしている」ところを「全知全能のモデル研究者と政策決定者」が儲かる省エネ投資に導く、という前提のもとに成り立っているのだ。

だが、「政府が税金を取って、民間に代わって事業に投資する」ことによって経済成長が実現するという考え方は、経済学の常識に反する。

特に省エネ投資のように、無数の企業や市民が自分の利害に直結する意思決定をする場合は、なおさらである。

政府の補助があったので購入したものの、受注が不調で工場が稼働しないので使われていない、といったピカピカの無駄な設備は日本の至るところにある。

政府の補助をもらって大きな省エネ住宅を建てても、予想外に家族構成が全く変わってしまい、1人で住むことになってしまって、ローンの支払いに苦労するかもしれない。

 将来のことがよく分からないと思ったら、あまり大きな投資をしないで、現金を手元に置いておいた方がよい、というのは普通の人がする賢明な判断だ。

 省エネ投資が数値モデルに比べて現実にはあまり進まないというのは、それなりの合理的な理由がある場合が多いのだ。

 政府は特にエネルギー効率が悪い粗悪品を市場から排除したり、エアコンなどの機器のエネルギー消費量の表示を義務付けたりすることで、消費者に情報提供をする役目はある。だが何を買うべきかまでこまごまと指図するのは出しゃばりすぎだ。

政府の事業はよく失敗する。決して政府の人が無能だというのではない。政府が何か事業をするとなると、政治家が介入し、官僚機構は肥大し、規制を歪ませて自らに利益誘導しようとする事業者が入り込むから、うまくいかないことが多いのだ。これを経済学では「政府の失敗」という。


海外では「反・脱炭素」の動きも盛んに

さて、じつは今回の試算は2030年のCO2削減数値目標を菅政権が深堀する前の26%程度と置いたものだった。

しかも、なりゆき(ベースライン)からのCO2削減で言うと、僅か1%、ないしは、”政府による省エネ投資補助が万事うまくいったと仮定して”8%程度、というものだった。

それでもすでに1万円の税率が必要で、つまり10兆円もの大型の税になる、という結論だったのだ。

46%に目標を深堀した場合の計算は「今後の課題」だそうだが、いったい炭素税は何十兆円になるのだろうか。

今回の「10兆円の大増税」という結論だけでも、それを支持する政治家はまずいないだろう。いや、ひょっとしたら、あの大臣あたりがいるかもしれないが…。

これまではどこの国も威勢のよい(=無謀な)CO2削減の数値目標を言っているだけだったので、特に反対は無かった。

だが、具体的な政策の議論が始まるにつれて、人々はその経済的負担に気づきはじめた。

スイスでは脱炭素法が国民投票で否決された。イギリスではボイラー使用禁止令が大衆紙で話題になっていて、与党保守党の元大臣が政権に反旗を翻した

日本はもうグリーン成長などという綺麗ごとではなく、「脱炭素」の経済的負担を真剣に議論し、無謀な目標に突き進むことを止めるべきだ。