1990年代に始まった日本経済の長期停滞の中で、イノベーションの必要性が政府、エコノミスト、経済学者等によって繰り返し強調されてきた。人口減少のため労働力の増加を見込むことができず、単に資本のみを増加させると収益率の低下が生じることから、イノベーションによる生産性(全要素生産性)の上昇に期待が集まるのは自然である。
日本の経済政策当局がイノベーションに強い期待を表明したのは今回が初めてではない。「もはや戦後ではない」というフレーズでよく知られる1956年度の『経済白書』は、戦前水準への復帰を実現し復興という成長要因を使い果たした日本経済について、新たな成長のエンジンとして、イノベーションの役割を強調した。「もはや戦後ではない」に続けて、同書は「回復を通じての成長は終わった。今後の成長は近代化によって支えられる」と述べている。
1956年度の白書はイノベーションに「技術革新」という訳語を与えたことでも知られているが、注目されるのは、それを狭い意味での技術進歩に限定していない点である。すなわち同書は、技術革新は消費構造の変化を含む幅広い過程であるとし、さらに技術進歩による生産方式の高度化、原材料と最終製品の間の投入-産出関係の変化、新製品の発展と消費パターンの変化、産業・貿易構造の変化、生産性の低い職場から高い職場への労働力の再配置をあわせて、経済の「トランスフォーメーション」と呼んだ。
同書は経済企画庁のエコノミストとして多くの白書を執筆した後藤誉之介氏の手によるものだが、今読み返してもその先見性と豊かな構想力に感銘を受ける。現在の日本に必要なのは緻密な経済分析に加えて、このような雄大な見取り図を描くことであると、自戒も含めて強く感じる。