メディア掲載 エネルギー・環境 2021.06.29
Daily WiLL Online HPに掲載(2021年6月20日)
政府・議会などがこぞって推進してきたスイスのCO2法改正案が同国の国民投票で否決されてしまった。国民負担が深刻になることが認識された結果だった。日本でも政府は脱炭素に邁進しているが、「国際的な流れ」とひとくくりにするのではなく、国民に経済的な負担をきちんと説明し、本音ベースの声を聴くべきであろう―
スイスCO2法の改正案、否決される
パリ協定に沿って、スイスは2050年までにCO2をゼロにすることを表明している。
その最初のステップとして、2030年までに国の温室効果ガス排出量を1990年レベルの50%に削減するためとして、国のCO2法の改正が提案された。
しかし、6月13日に行われた国民投票でこれが否決され、改正は施行されないことになったのだ。
【図1】スイスの国民投票結果
投票結果は改正案に賛成が48.4%(上記地図の青塗り地域)に対して反対が51.6%(上記地図の茶塗り地域)。これだと僅差に見えるが、州ごとに見れば殆どの州で否決されている。可決できた州は都市部だけだ。
国民負担が明らかになり形勢が逆転した
このCO2法改正案は、スイス国内の主流な政党・メディアによって幅広く支持されてきたものであっただけに、否決の衝撃は大きかった
改正案は、右翼の人民党を除く全政党の支持を得ていた。スイス政府も、議会上院・下院も支持していたし、テレビやラジオを含め、すべての主流メディアも改正に賛成していた。
さらには国民投票期間中に、160人のスイス国会議員が集まって「賛成」投票を行い、CO2法は「実行可能で、合理的で、必要だ」と述べた。90のNGOと200の企業も賛成キャンペーンを行った。
CO2法改正の目的は、「人々や企業に不利益を与えることなく」気候変動の悪影響を抑えること、とされていた。
しかし、このような「国を挙げて」の動きに反対派が立ち上がったのだ。
石油産業、自動車産業、外食産業、住宅所有者などの団体が署名を集め、国民投票に持ち込むとともに、「CO2法に反対する経済委員会」を組織して改正反対キャンペーンを展開した。
改正案は家計・企業にとって厳しいものだった。エネルギーに対して1トンのCO2あたり200スイスフラン以上の税金を課する(注:1スイスフランは約123円 ※2021年6月16日現在)。ガスと石油による暖房は事実上禁止される。ガソリンは1リットルあたり12セント高くなり、既存の税と合わせると税額は1リットルあたり1スイスフラン以上になる(参考記事)。
反対派は地方によっては車を使うしかなく、追加の税金は高すぎて不公平である旨を主張し、キャンペーンを打った。そのキャンペーンが奏功し、当初の世論調査結果が逆転して、改正案は否決されたのだ。
日本国民の本当の声を聴け
いま日本では、菅政権、全政党、NHK・日経新聞などの主流メディアの大半、経済団体など、あらゆる団体が「2050年CO2ゼロ」「2030年にCO2を46%削減」などの「脱炭素」政策を支持している。
だが日本国民は脱炭素の経済負担をきちんと知らされていない。大規模なキャンペーンが未だかつて無かったからだ。
既に、太陽光発電等の再生可能エネルギーのためとして、電気料金には賦課金2.4兆円が上乗せされている(図2)。
【図2】再生可能エネルギー賦課金額の推移
via 資源エネルギー庁
この図だと世帯あたり767円/月となっていて、これは年間で世帯当たり1万円、と報道されている。
けれども、電力中央研究所の調査では、この1万円を支払っている事実を、ほとんどの人がよく知らない。
また同調査によれば、人々が再生可能エネルギーのために追加で支払ってもよいと答える金額はせいぜい電気代の5%ぐらい、ということだ。
3人の世帯なら電気代は毎月1万円程度だから、5%と言えば月500円ぐらいで、賦課金はすでに人々が支払っても良いという金額を上回っていることになる。
それに、この政府の図では、企業を通じて国民が負担している分がよく見えない。賦課金が2.4兆円だから、国民1人当たりだと2万円になる。3人世帯なら6万円だ。家庭電気料金を通じて支払っている1万円との差である5万円は企業が払っている。
この5万円も最終的には給料が減るとか物価が上がるなどの形で家計が負担しているのだ。
3人世帯の年間電気代は毎月1万円×12か月で12万円とすると、すでに再生可能エネルギーのために電気代は5割増しになっている勘定になる。これを知っている国民はほとんどいない
そして今後「46%」「CO2ゼロ」を目指す中で、この負担はどこまで上がるのだろうか?
以前の記事で、9年後の2030年にはひと世帯の電気代が5倍の年間60万円になる、という試算を示した。これでも脱炭素に賛成という人は滅多にいないだろう。
間接民主制にも利点があるから、何でも国民投票にかければ良いという訳ではない。しかしスイスから学ぶべきことは、地球環境を守るといった綺麗ごとだけではなく、経済的な負担の情報を広く共有し、国民全体で議論することが大事だ、ということだ。
同調圧力の強い日本では、政府の綺麗ごとに表立って反対する人はまれになる。けれどもそれでは、全員で沈む泥船に乗って突き進むことになるだろう。