メディア掲載  エネルギー・環境  2021.06.22

中国に石油の覇権を奪われる「脱炭素」

Daily WiLL Online HPに掲載(2021年6月6日)

エネルギー・環境

「石油もガスも開発不要」とIEAが報告

1973年にオイルショックが勃発したとき、先進国は石油輸出国機構(OPEC)に対抗してOECDの下に国際エネルギー機関IEAを設立した。

IEAに結集した先進国は石油を備蓄して供給途絶に備えた。また石油依存度を下げるために、省エネを進め、代替エネルギーとして石炭、天然ガス、原子力、それに太陽光・風力発電を推進した。

だがそのIEAが様変わりしてしまった。先日発表されたレポート「2050年までに実質ゼロ」が物議を醸している。

なぜなら、「2050年までにCO2ゼロを達成する為には、石油・ガス田の新規の開発は禁止になる」というのだ:

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石油および天然ガスへの投資額の推移 via IEA

図の左が石油、右が天然ガスである。濃い緑が新規の油田・ガス田への投資で、2021年以降急速に減少してゼロになっている。すでに承認されたり建設中であるプロジェクトを除いて、新規の投資は無くなるとしていることが読み取れる。


石油・ガス産業への攻撃が激化

日本人は国際機関の報告書をやたらと有難がる傾向があるが、実際のところは、この手の報告書は、大抵、誰かが外交や政治に利用するために書かせたものだ。

今回の報告書は、環境運動家に乗っ取られて「脱炭素祭り」真最中の英国政府の要請により、今年末に英国が議長国となって開催される国連気候会議(COP26)へのインプットという位置づけで作成された

環境運動家の野望は、この報告書を使って、石油・天然ガス企業に対して圧力をかけ、採掘を止めさせることだ。

今のところこの狙いは見事に的中しており、メディアはこぞって「IEA、化石燃料事業の投資禁止を」と書き立てている

石油・ガス産業への攻撃は日に日に高まっている。

折しも、ハーグの地方裁判所は526日に、「ロイヤルダッチシェルは2030年までに2019年と比較して排出量を45%削減する必要がある」と判決を下した

また同日、米国では、エクソンモービルの取締役の内2人が脱炭素を目指す「モノ言う株主」によって占められることが決定した。

ロイヤルダッチシェルは上訴して争う構えであるが、いま、先進国の石油・天然ガス産業は危機に瀕しているのだ。

石油の力はOPEC、ロシア、そして中国に渡る

それでは、欧米の石油・ガス産業の生産が衰退して喜ぶのは誰だろうか。

それはまずはOPEC(石油輸出国機構)であり、そしてロシアだ。どちらも石油・ガスの収益にどっぷりと依存した経済になっている。欧米企業が減産すれば、石油・ガスの価格が上がり収入が増える。 

だが、単なる量のバランスの問題だけではない。

環境運動の影響をもろに受けるのは、専ら欧米の国際石油企業(International Oil Companies, IOC)である。IOCは民主主義国に本拠があり、株式も公開しているから、環境運動の恰好の標的になる。IOCが石油・ガス事業から撤退すれば、残るのは産油・産ガス国の国営石油企業(National Oil Companies, NOC)ばかりとなる。NOCは国家の意向を受けて動くから、石油市場はそれだけ国際政治に翻弄されやすくなる。

またOPECは近年になってロシアなどの非OPEC産油国を取り込んで「OPECプラス」を新たなカルテルとして形成してきたが、このOPECプラスが世界市場への支配力を高めることになる。すると日本は石油ショックの再来に襲われ、石油価格高騰や供給途絶が起きるかもしれない。

そして中国は、欧米企業が海外での石油・ガス開発から撤退すれば、かならずやその隙を突いて乗り込んでくる。この中には、投資を切望しているアフリカの石油・ガス産出国も含まれる

欧米は脱炭素などと言っているが、開発途上国は経済開発を犠牲にしてまでそんな妄想に付き合うつもりは全く無い。資源開発をしたくても欧米は投資しないとなれば、中国からの投資を歓迎するだろう。

中国は既にシェールガスの大規模商業生産に成功するなど、最先端の採掘技術も獲得しつつある。

のみならず、脱炭素の為として石油・ガス依存を減らす先進国を尻目に、中国は最大の石油・ガス消費国として、OPECプラスとも経済的な結びつきが強固になる。

こうして、石油・ガスは中国の一帯一路戦略の最も重要な柱になる。

石油・ガスは今日でも100年前と変わらず最重要な戦略物資だ。それをみすみす中国の支配下に置くことで、中国の覇権を招いてしまう結果となりかねないのだ。

「脱炭素」は地政学的な破滅を招く

かつて石油の安定供給を守るために設立されたはずのIEAが、「脱炭素祭り」に与して石油・ガス産業を滅ぼすような報告を書いたことは、さすがに反発を招いている。

ロイターによると、日本の経済産業省(METI)の担当者は、石油、ガス、石炭への投資を直ちに停止する計画は無いと述べた。フィリピンのクシエネルギー長官は、経済開発のために石油、ガス、石炭を使用してゆく旨を述べた。

また英国も、ビジネス・エネルギー・産業戦略省は、石油とガスの探査を止める考えは無いと述べている。英国内も一枚岩という訳ではない様だ。

今回のIEA報告がひと騒動を起こしたことで、「脱炭素」なる妄想が、経済的のみならず地政学的にも極めて危険だという認識が高まることを期待しよう。

日本は「脱炭素」による自滅を止めるべきだし、欧米にもそれを止めるよう、説得してゆかねばならない。

今年2月に、石油ショック時にOPECを主導して先進国と渡り合ったサウジアラビアの英雄ヤマニ元石油相が90歳で死去した。

ヤマニ氏は今の先進国の迷走ぶりを見て、どう思っているのだろうか