メディア掲載  エネルギー・環境  2021.06.10

「CO2ゼロ」で地域経済が崩壊

産経新聞 6月2日付「正論」に掲載

エネルギー・環境

日本政府はCO2を2030年度までに46%減らし、2050年までにゼロにするという極端なCO2削減策を打ち出している。これに追随して多くの地方自治体もCO2ゼロを宣言している。けれども、これは地域経済を破壊することをご存じだろうか。


大分・岡山・山口が危機

CO2削減策による産業への悪影響が特に大きいのはどこか。エネルギー多消費の製造業が経済の支柱になっている地域だ。脆弱性の指標として「県内総生産あたりのCO2排出量」を見ると、1位が大分で6.7(単位は百万円あたりトン)、2位は岡山6.0、3位は山口6.0となっている。これらの地域では鉄鋼、石油、化学をはじめとして製造業が盛んだ。最下位の東京は0.7で10倍も違う。4位以下は和歌山、広島、愛媛、千葉、茨城と続く。

工場には石油、石炭、天然ガスを利用する加熱炉やボイラーがあり、配管を駆使した精巧なプラントが組み上げられている。既存工場でCO2を安価かつ極端に減らす魔法のような技術はほとんど存在しない。常に国際競争にさらされている製造業は、CO2を極端に減らすため莫大な出費をすれば潰れてしまう。

これまで日本は太陽光発電の大量導入や原子力停止など、電気料金を高くする政策ばかり実施してきたせいで、産業用の電気料金は世界一高い。これが原因の一つとなり産業空洞化が進行している。

例えば日本製鉄は3月、国内の高炉休止を含めた生産体制の見直しを発表した。今後5年間で、現在5000万トンある国内の粗鋼生産能力を4000万トンに引き下げる。他方で現在1600万トンの海外の粗鋼生産能力を増強し5000万トン超とするという。海外の方が生産量が多くなるわけだ。

金属精錬・加工、ソーダ工業、チタン製造業など電力多消費産業は、高い電力コストに苦しみ続け事業撤退、工場閉鎖、廃業が止まらない。自動車産業も、既に重心は海外にある。いまこの瞬間にも、日本政府の極端なCO2削減策を見た企業経営者は、誰もが日本脱出を考えているだろう。


炭素税は寒冷地を直撃

炭素税の是非が政府審議会で議論され、この夏には中間報告が出る予定だ。もしも導入されるとなると、産業部門は国際競争にさらされているから、家庭部門に負担のしわ寄せがいくだろう。欧州でも実際にそうなっている。では特に負担が大きいのはどの地域か。

指標として世帯当たりCO2排出量を見ると、都市より農村、また寒冷地で多い。暖房に多くのエネルギーを使うためだ。

東京・大阪の都市部に比べ、北海道・東北の農村部では、世帯あたりCO2排出量は倍もあり、年間5トンのCO2を出している。仮に1トンあたり1万円の炭素税が導入されれば負担は年間5万円になる。ちなみにこの程度の税率ではCO2はほとんど減らず、専らコスト負担が生じるだけだろう。

過疎化や高齢化が進む地方農村にとって重い負担になる。

5月17日の成長戦略会議で政府は「経済安全保障のための投資」の促進を打ち出した。サイバーセキュリティー対策やサプライチェーン確保のためにデータセンターや半導体工場等の国内回帰を目指すものだ。だが、そもそもなぜ日本ではなく中国にデータセンターがあるのか。日本の電気代が高いからだ。なぜ半導体工場は台湾にあるのか。これも理由の一つは日本の電気代が高いからだ。


見えざる産業空洞化も

エレクトロニクス産業は台湾で興隆し経済の柱になった。産業部門電力消費の35%を占め、産業部門GDP(国内総生産)の45%を叩き出している。日本でも九州等に半導体工場が多く立地したが、設備投資が途絶えた。日本にとって見えざる産業空洞化であった。

今後の経済活動の原動力になるデジタル産業も電力多消費であることを忘れてはならない。例えばブロックチェーンやビットコインはコンピューターの複雑な計算作業で莫大な電力を消費するため、世界全体のうち8割は電力が安い中国で行われている。いま日本に必要なのは原子力・火力を中心とした安価な電力供給だ。

「日本は欧米に比べ再生可能エネルギーの普及が遅れ、大量導入しないと製造時にCO2を多く排出する日本製品が売れなくなる」という誤った意見が流布されている。現実には再エネでコスト高になってしまえばCO2が幾ら少なくても製品が売れるはずがない。

原発さえ再稼働すれば日本のゼロ排出電力の割合は、EU(欧州連合)や米国と大して変わらない。国際競争上、必要な事業者が原子力、水力、太陽光等の電力を安価に購入できる仕組みを作ればよいだけのことだ。

政府の成長戦略には「地方創生」も謳われている。だが極端なCO2削減策は地方経済を崩壊させるだけだ。

地域の政治家、企業、労働者、一般市民は、手遅れにならぬよう、声を大にして、ただちに異議申し立てをすべきだ。