ワーキングペーパー  グローバルエコノミー  2021.06.10

ワーキング・ペーパー(21-004E)Trend inflation, asset prices and monetary policy

経済理論

「金融政策は資産価格変動を考慮して運営されるべきか」という問題は,古典的な政策議論の一つである.これは,大きな景気変動の際には,その事前に資産市場の過熱による資産価格高騰と,その終焉による急激な資産価格下落が伴うことがしばしば見受けられることに起因する.日本の1980 年代後半からのバブル景気とその崩壊に伴ういわゆる「失われた 10 年」と呼ばれる長期不況の経験や,アメリカの 2000 年代中頃の住宅バブルに伴う好景気とその後の 2007 年後半に起きた金融危機に端を発するいわゆる「大不況(Great Recession)」の経験などがその具体的な例である.

資産価格を考慮した金融政策運営に関する注目すべき研究の一つに Carlstrom and Fuerst (2007)がある.彼らは,株価変動を考慮する金融政策を考えると,そのような金融政策は均衡の非決定性(Equilibrium Indeterminacy)の原因となり,マクロ経済の不安定化を招くことを明らかにした.Carlstrom and Fuerst (2007) を含め,既存の研究では,トレンドインフレ率(長期のインフレ率)がゼロと仮定した理論モデルが分析に使われているが,現実のトレンドインフレ率はゼロではない.多くの先進国では,トレンドインフレ率は通常 2%程度と考えられる.また,1990 年代末からの長期デフレに苦しんだ日本経済の場合,トレンドインフレーションは負になっている可能性も高い.そのため,トレンドインフレーションがゼロを仮定した既存研究の結果をそのまま現実に適応して考えることは適当でないかもしれない.

そこで本稿では,資産価格変動を考慮でき,かつ,トレンドインフレーションがゼロでないニューケインジアンモデルを開発し,そのモデルを用いて,資産価格変動を考慮した金融政策運営の是非を検討した.本稿では,Carlstrom and Fuerst (2007) と同様に株価を資産価格として考え,中央銀行が株価変動を考慮しながら短期名目金利設定を行う金融政策ルールを考えた.分析の結果,トレンドインフレーションがゼロないしは正の場合,既存研究と同様に資産価格変動を考慮した金融政策運営は,均衡の非決定性の要因となり,マクロ経済の不安定化要因となる一方で,トレンドインフレーションが十分に低く,長期デフレに陥っている場合,資産価格変動を考慮した金融政策運営は,むしろ均衡の決定性に貢献し,マクロ経済の安定化要因となることを発見した.また,名目賃金の硬直性を考慮した場合,たとえトレンドインフレーションが正であっても十分に低ければ,資産価格変動を考慮した金融政策運営は,むしろ均衡の決定性に貢献し,マクロ経済の安定化に寄与することも明らかにした.この結果は,日本経済のように長期デフレに陥っている場合,金融当局が資産価格変動を考慮して金融政策運営を行うことの理論的根拠と一つとしてとらえることができる.

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