コラム  国際交流  2021.06.01

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第146号(2021年6月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

米国 中国 欧州 新型コロナウイルス

米中間の緊張関係が近隣諸国だけでなく、欧州諸国も絡んで益々“全球(global)化”の様相を示している。

5月20日、欧州議会は欧中包括的投資協定(Comprehensive Agreement on Investment(CAI); 全面投资协定)の審議凍結を決め、米国と必ずしも完全に一致する姿勢ではないが、中国との間に一定の距離を置く戦略を欧州は採り始めたのだ。

先月6日、フランスはインド太平洋防衛戦略を発表し(Actu Défense: «Focus sur la stratégie de défense française en Indopacifique»)、リュック・ド・ランクール将軍は「我々の戦略は継続的・永続的であり、決して散逸的・呪文奉唱的ではない(Notre stratégie se veut continue et permanente, mais pas désincarnée et incantatoire)」と述べた。従来、同国のインド太平洋戦略の範囲は、主として南インド洋(Forces armées dans la Zone sud de l’Océan Indien (FAZOI))、ニューカレドニア(Forces armées de la Nouvelle-Calédonie(FANC)) 、仏領ポリネシア(Forces armées en Polynésie française (FAPF))であった(p. 4の図1参照)。だが、南シナ海への7ヵ月の行動を終えて4月7日にトゥーロンに帰港した原子力潜水艦「エムロード」が示す通り、太平洋における仏国の関心は赤道を超えて「北」へと広まり、日米豪3ヵ国と共に5月11~17日に実施された離島防衛訓練に参画した。かくしてQuadの4ヶ国(日米豪印)の艦船に加えてこの海域での欧州の艦船の活発な動きに注意を払う必要性が出現している。

一方、英国は今年50周年を迎える大英帝国の遺産とも言うべき「5ヵ国防衛取極(Five Power Defence Arrangements (FPDA))」に基づいて、旧英国領のシンガポール、マレーシア、オーストラリア、それにニュージーランドと共に例年この海域での共同軍事訓練を実施している。だが今年は新たに最新空母「クィーン・エリザベス」が先月22日、インド太平洋に向けポーツマスを出港した。Zoomでの討論を筆者に提案した英国の或る友人に対して、次のように語った—中国に対して国際法の遵守を促すため、新型空母を投入し“新た”な戦略に出てきたね。まさしく「案山子(かかし)の如き法律を作るな、貪欲な鳥を怖がらせよ。さもなければ案山子は止まり木となる(We must not make a scarecrow of the law, setting it up to fear the birds of prey; Their perch and not their terror)」だね(参考までに、これはShakespeareのMeasure for Measureの中の台詞)。

米国では4月の21日、議会上院の外交委員会がStrategic Competition Act(S. 1169; 战略竞争法案)を、また通商科学運輸委員会がEndless Frontier Act(S. 1260; 无尽前沿法案)の審議を開始した。翌22日の中国紙(Global Times)は前者の法案が中米間摩擦を更に激化すると報じた。同紙は中国現代国際関係研究院(CICIR)の孫成昊氏の言葉を引用して関係悪化を懸念し、中国国内のネティズン(网民)がネット上で過激な見解—同法案は“21世紀の中国人排斥法”になる—を叫んでいる状況を伝えた(元々の排斥法(Chinese Exclusion Act/排华法案)は1882年成立)。

また後者のEndless Frontier Actは、ハイテク分野での米国優位を維持・強化する事を目的とした科学振興政策である。注目すべきは、III. Research Securityで、中国、北朝鮮、ロシア、イランの国名を挙げて、科学技術情報流出に警戒する必要性を特記している事だ。

現実問題として留意すべきは、研究活動が既にグローバル化している点だ。小誌前号でも記した通り、AI分野で中華系人材を欠けば、米国の優位・強化が危くなる。米国国家科学委員会(NSB)が5月に発表した長期ヴィジョン(“Vision 2030”)によれば、国際共同研究が飛躍的拡大を示している。特に1996年時点では米国の共同研究相手が主として欧州・日本だったが、グローバル化が深化した2018年時点では、中国との共同研究が急拡大している。こうした状況を急に変更する事は極めて困難ではないだろうか(p. 4の図2参照)。

米国の友人達は“中国寄り”と筆者を時折難詰するが、グローバルな知的交流に関して、中国を無視する事は絶対に不可能である事を、彼等も認めている。この点に関して彼等が謙虚な態度で筆者の意見を求めてくるのが小気味良い。勿論、筆者も“正解”など持ち合わせていない。そこで筆者は次のように答え、共に“知中派”となるべきだと語った次第だ。

「中国を理解するのは本当に難しい。これに関して(セオドア・ルーズヴェルト大統領(TR)時代の)ジョン・ヘイ国務長官の言葉を思い出した。彼曰く“世界の平和は中国次第である。中国の社会、政治、経済、宗教を理解する者が世界政治の鍵を握っているのだ(The world's peace rests with China, and whoever understands China socially, politically, economically, religiously, holds the key to world politics)”」、と。

先月24日、大規模接種会場でのワクチン接種が始まり、集団免疫・経済回復への第一歩を踏み出した。

海外の友人の殆どが既に接種を終えており、筆者が「接種出来るのは晩秋頃かな?」と話すと、驚きの返事が戻ってくる。経済の回復が他国に比して遅れる事が残念だ。毎週Zoomを利用した会合を中心として、内外の友人達と主に自宅で意見交換を行っている。

こうしたなか、友人から感想を聞かれた書籍を心静かに読んでいる。例えば、第一の書籍はニュージーランド出身でAPEC事務局長を務めたアラン・ボラード氏が危機の際に活躍したエコノミストを記録した本(Economists at War, Oxford University Press, 2020)で、ケインズ先生や初期のNazi Economyを設計したヒャルマル・シャハトの業績に触れている。また同書の最初で日本の高橋是清に触れてくれている事が嬉しい。日本が今求めているのは“コレキヨ”のような豪胆な人物かもしれない。第二の本は、日本に関し一章を設けて論じて下さったチャールズ・グッドハート先生による本(Demographic Reversal, Palgrave Macmillan, 2020)だ。第三は、「こんなAIが出来れば理想的」と思えるようなカズオ・イシグロ氏の小説(Klara and the Sun)で、同書の中の言葉(there are all kinds of ways to lead a successful life)に頷いている。

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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第146号(2021年6月)