コラム  エネルギー・環境  2021.04.28

福島後の原子力政策と『グリーン成長戦略』

エネルギー・環境
田中 伸男

1. 福島第一原子力発電所事故と原子力政策

現在、「エネルギー基本計画」が見直されている。「エネルギー政策基本法」によれば、政府は「少なくとも3年ごとに、エネルギー基本計画に検討を加え、必要があると認めるときには、これを変更」すると定められている(第12条第5項)。福島第一原子力発電所事故後これまで2度改訂され(2014年、2018年)、今回で3度目の見直しとなる。第6次エネルギー基本計画は、昨年10月に菅総理が表明した「2050年カーボンニュートラル」を踏まえた内容となる見通しで、これまで2回の改定が福島第一原子力発電所事故の影響からの回復や事故の影響を踏まえたエネルギー政策の立て直しを目的としていたことと比較して、事故後10年を経て日本のエネルギー政策が本格的な脱炭素に向け新しいステージに移行している感がある。

あらためて原子力をエネルギー政策の3つのEの観点から整理すると、エネルギー安全保障(energy security)の観点からは、国際エネルギー機関(IEA)の基準によると原子力は準国産のエネルギーとされ、原子力は自給率の向上に貢献する。次に経済効率性(economic efficiency)だが、規制の予見性の欠如から新規建設計画が見通せないことが開発リスクとなっている。環境面(environment)では、原子力は再生可能エネルギーとともにゼロカーボン電源である。もっとも欧州では、原子力はゼロカーボンではあるがリサイクルできない放射性廃棄物が残るという意味でサーキュラーエコノミーに貢献しないため、究極の目的目標である再生可能に向けて、原子力は一時的なゼロカーボン電源という意識を持っている点に特徴がある。

福島事故後、政府は事故調査報告書を取りまとめ、原子力政策に関して、組織面では原子力規制委員会と原子力規制庁の設置、安全性向上の面では独立した原子力規制委員会を設置し、規制基準を抜本的に強化した上で厳格な新しい規制基準を導入し、深層防護の考え方に基づき、地震津波の想定及び影響緩和策の強化、様々な自然対策、電源多重化、水素爆発対策、放射線物質の拡散防止や影響緩和対策などを講じてきた。この新しい規制基準に基づいて審査し、それに適合するものだけを再稼動していくという方針である。現在の第5次「エネルギー基本計画」(2018年)では、原子力発電は長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源として位置づけられている。電源構成比率としては、「長期エネルギー需給見通し」(2016年)において、2030年に2022%とされている。現状では、稼働中の発電所は9基、設置変更許可に至ったのは7基、審査中のものは11基である。

このように福島第一原子力発電所事故後の10年間、原子力政策は体制を含めて大きく見直されてきている。


2
.「2050年カーボンニュートラル」と「グリーン成長戦略」

昨年10月菅総理は「2050年カーボンニュートラル」を表明した。これに伴い、12月末、政府は「グリーン成長戦略」を策定し、2050年への挑戦を経済と環境の好循環に繋げるための産業政策として位置づけている。単に脱炭素(グリーン)のためのグリーンではなく、成長の方向性、機会として認識し、RD等の政策誘導により日本が新しい世界的な競争で優位に立つことを目指すものである。この成長戦略では、14の重要分野を特定しているが、ここには原子力分野も含まれ、小型モジュール炉(SMR)、高温ガス炉と核融合の三つが挙げられている。また、エネルギーミックスについて、カーボンニュートラルを進めていく中電力需要は30-50%増加すると見通し、その中で脱炭素電源の構成について、一つの目安として、再エネを50-60%、原子力、火力+CCUS30-40%、水素・アンモニアを10%としている。また、日本の産業構造には、他国に比べ製造業の占める割合が高い特徴(21%)があるため、産業部門の中で特にCO2の排出量が多い鉄鋼業、セメントや化学産業の部門において、水素が脱炭素の切り札として着目されているが、原子力が水素の分野でどう貢献できるのかという視点にも言及されている。

なお、「グリーン成長戦略」には挙げられていないが、高速炉についても見ておく必要があろう。核燃料サイクルは、使用済燃料を再処理して得たプルトニウムを高速炉において燃料として活用し、同時に廃棄物の体積を大幅に減らし放射能レベルを低減させることでメリットが生じる。2018年に高速炉開発の「戦略ロードマップ」が決定されたが、震災後、軽水炉の再稼働が進まない中で高速炉の実用化についても国内に懸念があるのも事実だ。このロードマップでは、運転開始を今世紀半ば頃に、本格的利用を今世紀後半にとしている。なお、このロードマップにもあるが、国際協力も重要である。日米では、高速炉の試験炉である多目的試験炉(VTR)の開発について協力について合意ができ、既に様々な議論が始まっている。

いうまでもなくカーボンニュートラルは非常に困難なゴールで、2050年までにそこに至る道筋は現時点では見えていないが、グローバルに脱炭素に向けて舵が切られ、経済面の競争環境が大きく変化していこうとしている現在、CO2を排出しない原子力発電に改めて注目が集まっている。


3.
原子力利用の将来に向けた課題

 

 ⑴ カーボンニュートラルと国民の理解と支持

カーボンニュートラルへの道筋は、「グリーン成長戦略」が示すように主として経済の問題であり、これを産業政策として日本の新たな競争力ある産業を育成する機会であることはその通りだ。この新しい競争を前に国のビジョンを示し、政府の意図と政策の方向を明示し、国民の創意工夫を活性化させようとすることは重要なメッセージだ。同時に、カーボンニュートラルは、2050年までの長期にわたる目標で、個人レベルでの行動変容が求められるだけでなく、社会システム、国際政治や政治のあり方などについても広範な影響を及ぼす可能性のある運動でもある。そういった長期間の大きな変化が生じる分野の中でもっとも直接的に影響がある分野が産業政策だと考えられるが、カーボンニュートラルに至るプロセスを長期にわたり継続して進めるためには、何より政治のリーダーシップと同時に国民の理解と支持が不可欠だ。例えば、原子力についてこういった理解や支持が国民の中に存在しているのだろうか。産業政策として原子力が重要分野で、3つの技術が特にカーボンニュートラルに貢献するとしても、これを原子力政策の観点からはどのように位置づけられるのだろうか。また、果たしてどのくらいの国民が「グリーン成長戦略」の重要分野に原子力が含まれ、SMR、高温ガス炉と核融合がカーボンニュートラルに向けて推進されるべき技術や産業だと理解しているのだろうか。

これまで原子力発電所をめぐり多くの訴訟が提起されてきた。その判決も分かれており、国民にも多様な意見がある中、国民の理解と支持を得るためには、政府が定める安全基準のみでは十分ではない。安全性の向上に対する努力を継続するだけでなく、これを国民に伝えていくこと、それを積み重ねることが重要であるが、こうした取り組みもいまだ十分な成果が出ていない。さらに、原子力に対して国民の広い支持を得るためには、何よりも福島の復興が必要だ。残念ながらこの点でも処理水等解決すべき課題は依然多いのが実情である。


2「原子力ビジョン」の策定

おそらく「グリーン成長戦略」で原子力について記述されていることは、今後の政策の一つの選択肢であろう。しかしながら、先述のようにこれを実際の政策に落とし込み実施していく境は整っているだろうか。このような説明があまりにも不十分だと言わざるを得ない。むしろ政府は、日本の状況を踏まえ、2050年に日本は原子力分野で何を目指すのかを明確にすべきではないか。そのためにも多面的にかつ多くの関係者、関係省庁を巻き込んで議論する場の設置が必要であろう。特に、核兵器国とは異なり、日本の原子力に求められるものは原子力の平和利用に限定される。さらに、長期戦略であるゆえに、一度策定したらそれに従って行動するだけではなく政策を検証し、見直しを行うことも重要である。例えば、現下の新型コロナウィルス感染症の国際的な感染拡大に伴い、産業構造やエネルギー需要、さらには生活や社会が変化している。このような変化があればエネルギー政策も見直しが必要であろう。加えて、電力や産業側に「グリーン成長戦略」を受け止める準備と余力が備わっているのだろうか、既存のプレーヤーとともに新しいプレーヤーを担い手として期待できるのだろうか。

4月22日、総理は温室効果ガスの削減に関し、2030年に向けた目標として2013年比46%削減することを表明した。9年間でこの目標を実現するには、原子力発電所の再稼働が不可欠であるだけでなく、廃棄物処理や再処理などのバックエンドについても具体的な政策を早期に国民に示すことが必要になる。

以上のような状況を踏まえると、日本独自の「原子力ビジョン」を策定することが必要であり、明確な方針や政策を示していかなければならないのではないか。


3バックエンド政策の一層の充実

「グリーン成長戦略」の原子力の重要3分野はいずれもエネルギーを供給する技術である。しかし、作るだけでなく廃棄物処理についてもきちんと位置づけておかなければ国民は納得できない。また、原子力の廃棄物処理とともに使用済み燃料の再処理について国民の理解と支持を得るほど政策は十分に明確になっているのであろうか。さらに、政府は高速炉政策を掲げ、既存の六ケ所村再処理施設の稼働とともに生産されるプルトニウムを将来高速炉で燃料として使用することを考えているが、この計画は「グリーン成長戦略」には含まれていない。本来技術開発を効率的に行うには国際協力等も活用しつつ進めていくことが重要であり、2050年に向けて複線的な開発をしていくことが求められるが、原子力については透明性と国民の理解を得るための政府の継続した努力が必要であろう。


4「縦割り」を超えた危機管理の必要性

危機管理も重要である。現在の政府の対策は、原子力の技術的な安全対策に焦点があるが、重要防護施設としての原子力発電所や核燃料サイクル施設の警護やテロ対策、関連する秘密の流出対策等危機管理的な面での安全対策に関しては十分であろうか。実際にシビアアクシデントが起きた場合やテロの場合は、原子力発電所の安全対策は各省との連携も含め原子力規制委員会と原子力規制庁で一元化されているが、縦割りではなく、省庁間で広く情報を共有し議論できる環境と体制が確保されていなければならない。この関係で、原子力を超える問題ではあるが、米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)をモデルに、既存の安全保障・危機管理を司る国家安全保障会議の機能に補完する平時に発生する大災害に対応する危機管理専門の部局として、日本版FEMAの設立は十分に検討に値するのではないか。