メディア掲載  国際交流  2021.04.23

対立を悪化させる米中両国の国内事情 多数派は「目には目を」の中国と議会対策が必要な米国

JBpressに掲載(2021年4月19日付)

国際政治・外交 米国 中国

対中強硬姿勢継続のバイデン政権

ジョー・バイデン氏が大統領に就任してまもなく3か月になる。

バイデン政権の対中政策の基本方針について、米国の中国専門家・有識者は、政権発足前からドナルド・トランプ政権時代の強硬姿勢がすぐに修正されることはないとの見方で一致していた。

政権発足直後は新型コロナウイルス感染症対策をはじめとする米国経済の立て直し、民主主義政治の基盤再整備、黒人差別問題等社会分断問題への対応など、国内問題への対応に追われると見られていたためだ。

このため、最初の1年間は外交面に力点を置くことが難しく、その後徐々に外交の立て直しに着手していくことになると予想されていた。米国の対中政策の正常化には2年程度を要すると筆者に語った専門家もいた。

実際にバイデン政権が発足してみると、上記の予想通り中国に対する強硬姿勢が継承されている。

大統領就任式に台湾の駐米代表を正式に招待したほか、アンカレッジでの米中外交トップ会談の冒頭では新疆、香港、台湾などの問題を巡りメディアの前で激しい応酬が行われるなど、筆者が予想していた以上に米国の中国に対する姿勢は厳しいように見えた。

バイデン政権の対中政策方針については、最初の1年は修正が難しいが、2年目以降徐々に融和方向に調整されるとの事前予想が多かっただけに、トランプ政権時代以上に強硬路線に転じることは予想していなかった。

しかし、バイデン政権発足後に見られた対中姿勢は前政権よりむしろ厳しいものに感じられた。

こうした米国側の厳しい姿勢に対して、中国国内では反米感情が強まり、台湾周辺での武力衝突リスクを懸念する見方も強まるなど、トランプ政権時代の中でもコロナ問題を中心に米中関係の悪化が深刻化した、2020年前半の状況に戻りつつあるような印象を受ける。

そこで今後の米中関係はどのような展開が予想されるのかについて、米国の中国専門家や有識者にオンラインで面談し、彼らの見方を尋ねてみた。

以下では、その面談で得られた主な論点を中心に当面の米中関係を展望する。


バイデン政権、対中強硬姿勢継続の真意

筆者がまず気になったのは、大統領就任式に駐米台北経済文化代表処の蕭美琴代表が出席したことだった。

台湾の駐米代表が正式招待を受けて出席したのは1979年の米台断交後初めてのことだった。

台湾をめぐっては、トランプ大統領が台湾の蔡英文総統と電話会談を実施した(米国大統領と台湾総統の電話会談は1979年の米台断交後初めて)ほか、台湾向け武器輸出を承認するなど、米中間の摩擦の火種となっていた。

これらにより中国側も台湾問題には神経質になっており、最近は中国空軍機が台湾の防衛空域への侵入を繰り返している。

そうした状況下、バイデン政権が台湾の駐米代表を大統領就任式に招待したことは、米中関係をさらに悪化させるリスクがあることは明らかだった。

米国の中国専門家はこれが議会対策だったと見ている。

バイデン政権の当面の優先課題はコロナ感染の鎮静化と経済の回復の早期達成である。この目標を達成できなければ、来年秋の中間選挙で与党民主党が敗北し、バイデン政権が議会の協力を得られなくなるのは確実と考えられている。

この優先課題の解決のためには、関連法案を成立させることが必要なため、議会との協力関係強化は不可欠である。

その議会は民主党、共和党ともに反中感情を共有している。

仮にトランプ政権が実施した対中強硬路線をバイデン政権が大きく修正しようとすれば、議会から厳しく批判されるのは明らかである。

そこで、バイデン政権はやむなく台湾の駐米代表を就任式に招いた。

もし招かなければ、バイデン政権は議会から厳しい批判を受けていたと見られており、国内政策の円滑な運営のためにはやむを得ない選択だった。

以上の点を考慮し、バイデン政権の優先課題への取り組みのため、台湾の駐米代表を招待した。

アンカレッジの外交トップ会談冒頭での激しい応酬も、アントニー・ブリンケン国務長官が新疆、香港、台湾問題などを議論すると伝えたことがきっかけだった。

民主党は従来から人権問題を重視しているが、上記の台湾問題同様、議会対策への配慮もある程度働いていたと理解すべきであろう。


対中政策方針修正の条件と時期

では、今後の米中関係はどのように展開していくのだろうか。

バイデン政権の対中政策方針立案の中核を担う高官はトランプ政権の高官とは異なり、中国および米中関係への理解度が高く、しかも政策運営の経験も豊富である。

このため、対中政策に関する知見と政策運営の経験のレベルは前政権の高官に比べてはるかに高い。

加えて、トランプ大統領は政権内部で練られた対中政策に関する政策方針とは関係なく、勝手に発言していた。当然のことながら、バイデン大統領がそうした行動をとることはなく、政権全体として整合的な政策運営が保たれている。


中国の対米強硬姿勢の背景

最近、中国政府は米国のこうした強硬な外交姿勢に対して受け身の立場ではあるが、「目には目を歯には歯を」の形で対応することが多い。

以前は鄧小平が提唱した「韜光養晦」(実力を隠して内に力を蓄え時を待つ)という基本方針を重視し、中国政府は対外的に比較的穏健な姿勢を示す傾向があった。

しかし、2008年のリーマンショック以降の世界経済の長期停滞の中で、経済大国としては唯一高度成長を維持したことから中国経済のプレゼンスが急速に高まった。

その中で中国国民の間でナショナリズムが高揚し、中国はこれ以上対外的に我慢する必要はなくなったとの考え方が国内で広がった。

中国国内で一般的に共有されている基本的な考え方としては、次のようなものであると筆者は理解している。

中国はかつて経済力・軍事力が弱かったので対外的に言いたいことも言えなかった。しかし、すでに十分な国力が備わった以上、もう我慢する必要はない、といったような、中国の国力と発言力を結び付けて考える傾向が強い。

この基本的な考え方を反映して、他国に対する中国の姿勢として、経済力・軍事力が弱い国は強い国に対して言いたいことがあっても我慢すべきだという発想につながっているように見える。

最近のオーストラリアや韓国に対する中国の厳しい姿勢にはこうした発想が影響しているように感じられる。

最近はそうした姿勢が米国に対しても向けられるようになっている。

トランプ政権が中国に対して理不尽と言えるほど強硬な姿勢で様々な経済制裁を科したが、中国経済は少なくともトランプ大統領の任期中はそれに屈することなくトランプ政権の終焉を見届けた。

この間、中国は新型コロナウイルスの感染拡大に対する予防策において世界で最も成功した国の一つとなった。

一方、米国は最悪の状況に陥った国の一つとなった。

同時に、欧米企業、日本企業は世界市場の中で最も早く正常化した中国国内市場での投資拡大を積極的に続けており、米国政府のデカップリング政策が実際には機能していない状況が明らかになっている。

さらには、米国側からEUに対する牽制があったにもかかわらず、昨年末に中欧投資協定が合意に達したことも中国政府の自信につながっていると考えられる。

以上のような状況の中で、中国は米国に対しても、ある程度対抗できる自信をつけたように見える。

これがアンカレッジにおける外交トップ会談の冒頭での強硬姿勢にも表れたと見るべきであろう。

もちろん経済力・軍事力の総合的な実力では米国に及ばない実態は中国も十分理解しているため、できれば米国とは対立したくないというのが中国の基本姿勢である。

しかし、米国が中国に対して強硬姿勢を示す以上、それに対して反論するだけの実力はすでに蓄えたと考えているように見える。


中国の強硬姿勢、背景に国内事情

中国が国際政治の舞台で欧米諸国と対等に向き合い始めたのは2010年代以降であるため、欧米諸国の国内事情に対する理解度は高くない。

例えば、バイデン政権が本音としては対中政策をある程度正常化したいと考えていても、当面は中間選挙対策や議会対応もあって、前政権の強硬路線の修正が難しいという国内政治事情がある。

そうであれば、中国としては、米国との対立を当面抑制し、バイデン政権が政策方針修正の自由度を確保できるまで様子を見るというのが賢明な対応である。

中国でも米国通の改革派の人々はそうした考え方を理解していると推察される。

しかし、一般の中国の人々は、政府関係者や専門家・有識者も含めて民主主義制度の下での国内政治と政策運営の間の複雑な関係に関する理解が十分ではない。

特に外交・安全保障に携わる、ゼロサムゲームの発想に基づいて判断する人々にとっては、「目には目を歯には歯を」の形で対抗することが正しい選択肢と考えられやすい。

しかもそういう考え方の人々が多数派を占めているため、中国国内での支持も強い。

中国の外交部の米国に対する強硬姿勢の背景にはこうした国内事情が働いていると考えられる。

以上を考え合わせると、当面、バイデン政権が前政権から引き継いだ対中強硬路線の修正が難しい状況下では、米中対立が改善する可能性はほとんどなく、悪化するリスクが大きいと言わざるを得ない。

菅義偉首相率いる日本は、その米中対立の狭間で国益を考え、ウィンウィン関係が成立する経済面とゼロサムの発想に基づく外交・安全保障面の間のバランスを確保しながら、難しい政策運営を迫られる。

この状況は少なくとも本年秋頃までは続く。その先がどうなるかは今後の米中関係次第である。