米国では温暖化対策に熱心なバイデン政権が誕生し、早速4月22日から気候変動サミットを主催することになった。これに前後してバイデン政権は野心的なCO2削減目標を発表すると臆測されている。オバマ政権がパリ協定合意時に提出した数値目標は2005年を基準として25年までに26%ないし28%の削減というものだったがこれを深掘りするというものだ。
米国に梯子を外される
日本でも、米国に合わせて数値目標を深掘りしようという意見がある。日本はいつも米国と横並びにしてきた。1997年に京都議定書に合意した時は米国の7%より1%だけ少ない6%だった。2015年にパリ協定に合意した時は米国と同じ26%だった。ちなみに基準年等の勘定方法が違うので数字の意味は全く異なる。見掛け上の数字と知りながらここまで合わせる涙ぐましさだ。
執筆時点ではバイデン政権がどのような数字を言うか分からない。だが何れにせよ安易に追随するのは極めて危険だ。というのはほぼ確実に空約束になるからだ。
これには前例がある。京都合意の時も、パリ合意の時も、米民主党政権は数値目標に国際合意したが米国はやがて離脱した。京都合意の時は議会の支持が得られなかった。パリ協定の時は政権交代で離脱した。歩調を合わせた日本は2度も梯子を外された。
今回もバイデン政権は議会の支持を得られない。
まず議会のほぼ半分を占める共和党はそもそも「気候危機」なる説を信じていない。NASA(米航空宇宙局)で地球気温の衛星観測を率いたジョン・クリスティ氏らの超一流の研究者が、毎年議会で証言し、ハリケーン等の災害の激甚化など起きていないこと、温暖化予測モデルが過去の再現すらできていないこと等を、事実に基づいて明確に説明しているからだ。共和党寄りのメディアであるFOXニュースなどもこれを正確に報じている。徒(いたず)らに気候危機だと煽るCNN等の民主党寄りメディアとは全く違う。
のみならず、米国は世界一の産油国・産ガス国であり、世界一の石炭埋蔵量を誇る。化石燃料産業は雇用も多い。民主党議員であっても自州の産業のためには造反し共和党議員とともに温暖化対策に反対票を投じる。このため環境税や排出量取引などの規制は議会を通ることはない。米国はCO2を大きく減らすことはできないのだ。
菅義偉首相の訪米における主要議題は中国の人権・安全保障になり、日本は厳しい対応を迫られるとみられる。バイデン政権はCO2も重視しているが、数値目標の空約束はすべきではない。それよりも、日米は共有すべき重要な認識がある。
CO2は中国の問題だ
第1にCO2は中国の問題だ、ということだ。中国の第14次5カ年計画の草案が3月に発表されて、CO2については25年までの5年間でGDP(国内総生産)当たりの排出量を18%削減する、としている。経済成長が年率5%とすると、25年の排出量は20年に比べて10%増大する、という意味になる。この増分は12億トンもあり、日本の現在の年間排出量とほぼ同じである。
中国は膨大な石炭を使って安価な電力を供給し、鉄鋼やセメントを生産し、道路、ビル、工場などのインフラを建設している。太陽光発電パネルや電気自動車用のバッテリーも、石炭を大量に利用した結果として安価に製造され、世界中に輸出されている。
バイデン政権がCO2を減らしたいなら、中国こそが問題なのだ。人権問題等とともに、CO2も中国の問題として論じ、その異形の台頭を挫くべきだ。
第2に米国と共有すべきは、温暖化対策が日本と自由諸国に及ぼす害の認識だ。
日本のCO2数値目標を深掘りすると、石炭利用が困難になる。石炭の主な用途は発電と製鉄だ。
日本の石炭火力は合計しても約5千万キロワットだが、中国はこれを上回る石炭火力発電所を僅か1年で建設している。粗鋼生産量では中国は日本の10倍以上もあるが、日本の製鉄業は年々空洞化している。コストをかけてまでCO2を減らすのは「自滅」の愚策だ。
自由を害し中国を利する
日本は中国と対峙している。自由、民主といった普遍的価値を守り、領土を保全するためには、経済力を含めた総合的な国力が必要だ。このためには、安定・安価な石炭火力発電や製造業の基幹である製鉄業は堅持すべきだ。
民主党のケリー気候変動特使は海外の石炭火力事業からの日本の撤退も求めているもようだが、そもそも貧しい国々の経済開発の機会を奪うことは道義にもとる。のみならず、世界の石炭火力事業の半分以上を手掛けている中国に乗じる機会を与えてしまう。
化石燃料を使用するなという理不尽を米国が宣教師的に押し付ける程に、権威主義的な諸国は、ますます中国に傾斜し、自由主義的な諸国は経済開発できず弱体化する。何たる愚策であろうか。