コラム  国際交流  2021.03.30

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第144号 (2021年4月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

AI・ビッグデータ 米国 中国

先月は1日に発表された人工知能(AI)に関する756ページの資料を巡り、友人達と議論する日々が続いた。

この資料はエリック・シュミット氏(Googleの元CEO)が委員長を務める人工知能に関する国家安全保障委員会(NSCAI)の最終報告書で、冒頭からAI研究に関して中国との競争を念頭に「米国は如何にして優位を守るか、そして如何に打ち勝つか」を論じている。同資料は人類に幸福をもたらす発明にAIが貢献する事を示す(p. 4の図1参照)と同時に、外国或いは非国家機関が悪意・敵意に基づきAIを用いれば、米国内に様々な危険をもたらす事も警告している(同、図2参照)。このため安全保障上、米国は日本を含む同盟・連携関係を持つ諸国とのAIによる再編を試みようしている(p. 5の図3参照)。この厖大な資料に関連して、3月5日、ワシントンに在るシンクタンク(CNAS)が開催したonlineの会合に参加した(次の2を参照)。この会合の中でケッサクだったのはペンシルヴァニア大学のマイケル・ホロヴィッツ教授による発言だ—「僕等が2月に発表した資料(Keeping Score: A New Approach to Geopolitical Forecasting)は短いよ」、と(参考までに同資料は34ページ)。

AIは未だ完璧な技術ではない。しかも誤用されれば多くの人々に不幸をもたらす。例えば、今年の年初に韓国で公表されたAI Chatbot(이루다, Lee Luda)は直ちに欠陥が指摘され、先端研究で有名な米国のOpenAIによる新システム(CLIP)は単純な映像上の判断ミスを犯した事を先月公表した。現在人類を苦しませている新型コロナウイルス危機に関しても、AI技術が生み出す判断ミスの危険性を指摘する研究が発表されている(例えば、スタンフォード大学発表の記事“Finding the COVID-19 Victims that Big Data Misses,” HAI, February 8, 2021を参照)。

3月11日、東日本大震災から10年が経ち、様々な会合が開催された。

筆者は2007年中越沖地震の際発生した柏崎刈羽原発の緊急停止に関し、当時Harvard Kennedy School(HKS)のProgram on Crisis Leadershipのディレクターだったアーノルド・ホイット氏と共に危機管理の研究を行っていたため、原発事故直後、HKSで講演し、またTV講義も行った。このため黒川清委員長率いる福島第一原発事故「国会事故調」にも参画させて頂いた(次の2のイベント(Mar. 3~5 at HKS)を参照)。

弊研究所に「福島第二(F2)」で危機を克服した増田尚宏所長に来て頂いた時の事も忘れられない。危機の最中「殆ど寝なかった」と語る増田氏の話を聴いた時、「信じられない」と目を丸くしていたホイット氏の顔を見て笑いをこらえるのに必死だった。リーダーとして聡明で勇気のある増田氏が指揮したからこそ危機を最小限に抑えられたのだと考えている(彼は後にHarvard Business Review誌(Jul./Aug., 2014)に取り上げられた)。

福島の復興に関して「未だ道半ば」という印象は拭えない。国連が先月公表した資料を見ると、農水産物を巡る環境は改善しているが(p. 5の図4, 5参照)、風評被害は依然として存在している。そして「我々が出来る事は何か」を問い続ける日々が続いている。

また筆者は原発の安全性に関して、アンドレイ・サハロフ博士の言葉を思い出している—人類には平和目的のための核エネルギーが必要です。私達は核施設の完全なる安全性を保障し、チェルノブィリ型の事故を繰り返すような如何なる可能性も排除する必要があります。核エネルギーを生み出す施設は、環境という観点からすれば、化石燃料を燃やす施設よりも優良であり得るし、優良でなければなりません(Человечество нуждается в ядерной энергии в мирных целях. Мы должны обеспечить полную безопасность ядерных установок и устранить любую возможность повторения инцидентов типа Чернобыльской аварии. Установки, производящие ядерную энергию, могут и должны быть лучше с экологической точки зрения, чем станции, сжигающие ископаемое топливо)、と。我々は今、安全で博士が語る“優良な(лучше)”原発を持っているのかを問うべきだろう。

アンカレッジで開催された米中会談を巡り、多くの友人達とZoomやメールで議論した。

内外のメディアが取り上げたこの会談の事を慧眼の読者諸兄姉は既にご存知だと思う。筆者の友人達の大多数は厳しい見方をしている。こうした中、“用心深い楽観主義的(cautiously optimistic)”な視点から友人達に筆者の考えを語った。少し長いが主旨は次の通り:

中国外交部の聡明な通訳である張京氏が楊潔篪氏の長い演説を手際よく英語に訳していたが、筆者は楊氏の発言の中に明るい点を評価したい—楊氏は「我々(中国側)の価値観は人類共通の価値観と同じであり、それは平和、発展、公平、正義、自由、民主である(我们的价值观与人类的共同价值观相同。它们是: 和平、发展、公平、正义、自由和民主)」と語り、そして「米国国民は当然の事として偉大な国民だ、中国国民もまた偉大である(美国人民当然是伟大的人民,中国人民也是伟大的人民)」と言って、「米中の利益にもまた共通するものがある(我们的利益也有共同点)」と話した。こうした言葉を筆者は忘れない。と同時に注意する点として、米国側の冒頭の厳しい発言に対して楊氏が発した言葉—「中国人はその手には乗りませんよ(中国人是不吃这一套)」—が、中国国内の排外的愛国主義者達から“やんやの喝采”で受け入れられている事だ、と。

また注視すべきは米中対立の激化が世界政治の分断を複雑化させる点だ。中国は香港に対し“One Country, Two Systems”に終止符を打つ一方で、世界政治に“One World, Multiplex Systems”を創り出そうとしている。現時点から考えると、米ソ冷戦の時代は比較的単純な“One Globe, Three Worlds”だったのだ—冷戦時は自由主義の“第一”世界、共産主義の“第二”世界、そして発展途上国の“第三”世界に別れていた。現在は冷戦時代とは違って、グローバル化を巧みに利用した中国が嘗てのソ連とは比較にならない程の貿易大国となっている。これに関し、英The Economist誌は3月20日、“The Fallout from Hong Kong: How to Deal with China”と題して複雑化した世界政治を論じた。中国が最大の貿易相手国である国の数は64で米国が最大の貿易相手国とする国の数は38。中国との完全なる関係解消(a full disengagement with China)は無理なのだ。そして伝統的思考である「カネ、それは軍資金なのだ(nervi belli pecunia; money, the sinews of war)」に基づけば、対立すれば中国はソ連以上に“手ごわい”相手となるだろう、と。

3月17日、趙立堅中国外交部報道官は、日本を“米国の戦略的属国(美国战略附庸; a strategic vassal of the United States)”と呼んだ。中国から過小評価されずに一目置かれる日本、米国からパートナーとして頼りにされる日本となるためには、経済的・技術的復権が日本の至上命題だ、と。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第144号 (2021年4月)