メディア掲載  国際交流  2021.03.23

デカップリング政策に反し、深まる米中経済相互依存 -米国の消費者と企業の行動は政府の意向と無関係

JBpressに掲載(2021年3月17日付)

中国経済 米国 中国

1.バイデン政権は対中強硬路線を維持

ドナルド・トランプ政権からジョー・バイデン政権に移行してまもなく2か月になる。

バイデン政権の対中政策の基本方針はトランプ政権同様、中国を戦略的競争相手と位置付け、対中強硬路線を維持している。

アントニー・ブリンケン国務長官、ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官、カート・キャンベルインド太平洋調整官、イーリー・ラトナー国防長官特別補佐官など、外交・安全保障面で対中政策を担う主要メンバーは厳しい対中強硬姿勢を示している。

彼らの対中認識は、新彊、香港、台湾、技術摩擦などに関して、トランプ政権の中国に対する基本認識と大きな差はないと見られている。

バイデン政権は新型コロナウイルス感染症の鎮静化と経済回復を当面の最優先課題としており、そのための法案の議会承認には共和党との連携が非常に重要である。

しかも、議会関係者については超党派で対中強硬路線を支持している。

このため、バイデン政権としては当面、議会と歩調を合わせて対中強硬路線を維持することにより、国内政策を円滑に進めることに重点を置くと見られている。

ただし、バイデン政権で対中政策を担う高官は中国問題に精通した人材が多く、中国に対する誤った認識に基づいて政策を運営していたトランプ政権とは大きく異なる。

また、政権として示した方針に関係なく大統領が勝手に行動することもなくなるため、政策の予測可能性が高まると見られている。

国内の重要施策が一定の成果を上げることができれば、夏場以降、対中政策においても徐々にバイデン政権の独自色を出していくと予想されている。

具体的には、関税の見直し、一律に適用している技術摩擦に関する対中制裁措置の選別的運用(部分的緩和)、米中間の閣僚級定期対話の復活、気候変動政策に関する協力の模索などがその検討対象と考えられている。

しかし、外交・安全保障政策面では大きな変化は期待しにくいとの見方が大勢となっている。


2
.米国の消費者は中国製品爆買い

以上のような米中関係の先行き見通しにもかかわらず、足許の米中経済関係は緊密化の方向に向かっているように見える。

2020年後半以降、米国の消費者が中国製品の購入を大幅に拡大したほか、米国企業は中国市場において積極的な投資拡大姿勢を示し続けている。

これらの事実から見る限り、米国の消費者と企業の経済行動は米国政府の政策方針とは無関係に動いているように見える。それを示す2つの象徴的な事象を紹介する。

1つ目の事象は2020年後半における中国の対米輸出の急拡大である。

2020年後半といえば、トランプ政権が中国に対するデカップリング政策を強力に推進していた時期である。

この頃、中国ではコロナ感染拡大抑制徹底のため、1つの地域で数人の新規感染者が発生するだけで、広範な地域住民の移動を制限する厳格な予防対策を採っていた。

これは感染拡大抑制には有効だったが、飲食、旅行、実店舗での小売りに与えるダメージが大きく、消費の回復を遅らせる要因となった。

ここ数年間の実質GDP(国内総生産)成長率のコンポーネント別寄与度の推移をみると、消費の寄与度は4%前後、投資の寄与度は23%程度だった(図表1参照)。

2020年後半を見ると、投資の寄与度は3Q+2.2%、4Q+2.5%とほぼ通常レベルにまで回復したが、消費の寄与度は3Q+1.4%、4Q+2.6%と通常レベルに比べると低い伸びにとどまっていた。

それにもかかわらず、4Qの実質GDP成長率は+6.5%とコロナ感染発生以前の伸び率にまで回復した。消費の回復の遅れをカバーしたのは外需の高い伸びだった。

図表1:中国の実質GDP成長率のコンポーネント別寄与度

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この外需の高い伸びを支えたのは、米国向け輸出の高い伸びだった。

国別・地域別輸出を見ると、2020年後半、米国向け輸出が突出して急増しているのがよくわかる(図表2参照)。

2020年後半の中国の対米輸出前年比は3Q+17.6%、4Q+34.3%と驚異的な高い伸びを示した。

比較している対象は2019年後半であるため、コロナ感染拡大前の時期との比較である。それにもかかわらず、これほど高い伸びを示したのである。

米国向け輸出急増の要因は以下の3つである。

1に、クリスマス商戦、第2に、コロナ対策としての現金給付である。いずれも米国消費者の消費拡大要因である。

通常であれば、これらの一部はサービス消費に回るが、コロナ対策の外出制限などの影響で飲食、旅行などのサービス消費は伸び悩み、その分だけモノの消費が拡大した。

これが中国からの輸入拡大につながった。最近の世論調査によれば、米国民の9割近くが中国に対して反感を抱いているとの調査結果が報じられている。

それでも品質が良くて価格がリーズナブルな商品であれば、中国商品を買う消費行動に変化が見られていないことが分かる。

そして、第3の要因は、コロナの影響により多くの国で様々な製品の生産ラインが停止したため、中国企業が代替生産を請け負い、その一部が対米輸出の増加につながったことだった。


図表2:中国の国・地域別輸出

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3
.米国企業も積極的な対中投資継続

2つ目の事象は米国企業の積極的な対中投資姿勢の持続である。

世界トップクラスの高い競争力を有する一流のグローバル企業の間では、今後1015年間のグローバル市場を展望すると、中国ほど魅力的な市場はほかに存在しないというのが共通認識である。

このため、米国、欧州、日本など主要国・地域の一流企業はいずれも対中投資に積極的である。

これらの企業が中国市場で競争するライバル企業は中国企業よりむしろ日米欧の外資企業である。このため、最先端の技術を用いた製品でなければ厳しい競争に勝つことはできない。

米国政府は中国に安全保障関連技術が流出することを懸念して、ハイレベルの技術を用いた製品の対中輸出を厳しく制限している。

しかし、中国市場での米国企業の競争力確保を考慮すれば、民生用製品向けの高度技術の使用まで禁止するわけにはいかない。

これらは直接軍事用途に転用されるわけではないが、中国国内で中長期的に生産を継続するうちに、生産現場の中国人が徐々に技術を習得することを止めることはできない。

中国企業が数年後に技術を習得し、低コストでほぼ同等の品質の製品を生産し始める前に外国企業は新たな技術を開発し続けない限り、中国企業に追いつかれる。

追いつかれれば製品価格が低下し収益確保が困難になる。そうならないよう中国企業に対する技術や競争力の優位性を保持するには、新たな先端技術を開発し続けるしかない。

このように、米国政府が中国向けの投資拡大や技術流出を抑制しようとしても、その実現は極めて難しいのが実情である。

以上から明らかなように、消費についても投資についても米中間のデカップリングは実現不可能であるのみならず、両国の貿易投資関係が中長期的に緊密化していくことを妨げることすらほとんど不可能であるように見える。


4
.今後、中国とどう向き合うべきか

筆者から米国の中国専門家に対して以上のような説明をすると、よく聞かれる質問がある。

では、米国としては中国に対してどのような政策を採るべきかという問いかけである。この問いに対して、筆者は以下のように回答している。

日米欧の政府や企業は中国市場が先進国と同等の競争条件となるよう中国政府に対して強く改善を求め続けているが、実は中国政府もその目標を共有している。

中国市場がいつまでも補助金や優遇政策で支えられた国有企業や民間企業に依存し、透明性、市場メカニズム、公平なマーケットアクセス等の条件が整っていない状況が続けば、中国企業は先進国企業と肩を並べる競争力を備えることができない。

おそらく数年後に中国が直面する高度成長時代の終焉、安定成長への移行という現実の中で、中国経済の不安定化リスクを和らげるには、中国企業の国際競争力の向上が重要な前提条件となる。

この政策課題は201311月の第18期三中全会の決定を公表した時点において明確に意識されていた。

おそらくWTO(世界貿易機関)に加盟した2001年の時点でさえ市場構造改革推進の必要性に関する大まかなイメージはあったはずである。

トランプ政権は中国に対する米国のエンゲージメント政策は失敗し、中国は過去20年間何も変わらなかったと主張したが、それは事実ではない。

2001年以降の20年の間に中国の市場経済化は着実に進んだ。ただし、そのスピードが期待されたほど速くなかった。

逆に中国経済の規模拡大や競争力強化は予想以上の速さで進んだため、米国はそれを脅威と感じた。

中国政府は2013年以降、リーマンショック後の景気刺激策が生んだ巨額の不良債権処理、反腐敗キャンペーン、人民解放軍の改革、民間設備投資と輸出の急速なスローダウン、ミニバブルの形成と崩壊、トランプ政権下の厳しい米中摩擦、そしてコロナ感染など、年々厳しい課題に直面した。

こうした目の前の重要課題を解決するためには、政治力のある既得権益層を敵に回す構造改革の断行が難しかった。

そのため先進国並みの市場メカニズムを組み入れるための大胆な構造改革を先送りした。

その結果、中国経済が中長期的に不安定化し始めると予想される2020年代半ばまでに残された時間はわずか数年となった。今の中国政府には構造改革を先延ばしにする余裕はない。

中国政府は国内市場改革を加速するため、外圧を利用しているように見える。

これは日本政府が米国との貿易摩擦、日米構造協議などを利用して構造改革を進めたやり方と同じである。

米国からの投資環境改善要求を受け入れた外商投資法の施行(20201月)を皮切りに、RCEP合意(202011月)、習近平主席によるCPTPP加入を積極的に検討する意向の表明(202011月以降繰り返し表明)、中欧投資協定合意(202012月)と昨年中国政府が示した貿易投資環境改善のための新たな枠組み構築に取り組む姿勢は積極的だった。

これは中国政府の国内改革推進の積極姿勢を反映していると考えられる。

日米欧政府としては、中国政府の主体的な改革断行を外圧によって加速させることが重要である。

合意されただけで欧州各国がまだ批准していない中欧投資協定の実効性確保、米国政府を中心とする外商投資法の運用実態に対する注視と改善要求、そしてCPTPP加入交渉における日本政府による中国国内市場の各種市場競争条件に関する透明かつ詳細な確認などが外圧の具体策である。

これらの様々なルートを通じて中国政府の主体的な構造改革推進を日米欧諸国政府が後押しすることにより中国経済は安定を保持するための基盤整備を進めることができるようになる。

同時に、グローバル経済はより強固な自由貿易体制と公平な投資環境の確保が可能となる。

日米欧諸国と中国の双方がこうした目標を共有し、相互理解と相互協力により円滑に構造改革と市場開放を推進していくことを期待したい。