メディア掲載  エネルギー・環境  2021.03.08

成長戦略に資するカーボンプライシングとは

NPO法人 国際環境経済研究所HPに掲載(2021年2月22日)

エネルギー・環境 米国

カーボンプライシングと言うとふつうは環境税や排出量取引のことを指す。政府はこれを「成長戦略に資する」ようにすると言うが、これは常識的には出来ない。だが異なる考え方も在りうる。米国で実現しつつある「社会的費用」の活用を参考に、温暖化対策法の改正に向けたひとつの提案をしよう。

1.米国の「社会的費用」大統領令

日本で環境税や排出量取引を導入することは、ふつうに考えれば、経済成長の足かせになる。事業者にとってコスト要因になるからだ。その他にも論点は多岐にわたるけれども、筆者は今の日本においては、環境税にも排出量取引にも反対だ。理由は以前詳しく述べた(論文拙著)。

さて一方で、米国ではバイデン大統領が就任早々に「CO2の社会的費用」に関する大統領令を出した。ポイントは、

 1)既存の知見をレビューして「CO2の社会的費用」を算出する。

 2)連邦政府の温暖化対策で、その「社会的費用」を用いて費用便益分析を行う。

というものである。説明しよう。

CO2の社会的費用とは、1トンのCO2を排出したことによって引き起こされる被害の金額のことである。これは同大統領令でも言及されているナショナル・アカデミーの2017年の報告では2020年時点で42ドルとなっている。

シンプルな経済理論で考えると、環境税や排出量取引であれば、税率ないし排出権価格をこの42ドルに設定すれば「最適」ということになる。

ただしこの大統領令では、そこまで一足飛びには言っていない。環境税や排出量取引を導入するならば議会を通さなければならないので、そう簡単には言及できないからだ。その代わりに、前回述べた様に、大統領令ではまずは大統領の権限で出来る連邦政府の官公庁の温暖化対策の推進が謳われている。「社会的費用」の分析は、初めはこれらに適用されることになる。
 
例えば米国のエネルギー省が、再生可能エネルギー由来の電気を官公舎に導入することを検討する場合、その価格を化石燃料由来の電気と見比べて、1トンのCO2あたり42ドル以下で利用できるのであれば再生可能エネルギー電気を使う、といった具合である。逆にもしも42ドル以上かかるのであれば、その場合は化石燃料由来の電気を使うことになる。

2.日本でのカーボンプライシングの一提案

このような考え方であれば、日本の経済全体にカーボンプライシングを適用する、ということもそう悪くない。日本ではいま、全量買取制度、省エネ規制、エネルギー諸税、補助金等が入り乱れ、温暖化対策全体としては非常に効率が悪くなっている。

これらを全て廃して環境税や排出量取引を導入することで一本化する、というなら経済学的には悪くないが、日本の政治行政の現実では、そうなることは全く期待できない。むしろ屋上屋になって、更なる非効率をもたらす懸念が根強い。

代案として、米国にならい、一定の社会的費用を設定し、それによって政策の費用対効果を分析して、政策を徐々に合理化するためのガイドとして用いてはどうか。
 
地球温暖化対策プラットフォーム報告書2017年)では、日本の温暖化対策費用は、平均ではすでに1トンあたり4000円を上回っている:
「我が国は、既にエネルギー本体価格、エネルギー諸税、低炭素社会実行計画等の暗示的価格等を合算したカーボンプライス全体について、国際的に高額な水準にある。客観的に価格が計算できるエネルギー諸税だけでも約 4,000 円/CO2 トンもの上乗せがある」

そこでひとつの提案だが、温暖化対策法を改正し、

  • 社会的費用を1トンあたり4000円と設定する。
  • 政府の施策は全てこの社会的費用を用いて費用便益分析を行い、それを参考として実施の可否を決める。

としてはどうか。現行の政府の温暖化対策は随分と無駄なものが多いから、このようにすれば、温暖化対策の総費用は減少する一方で、CO2削減量を増大出来るのではないか。なお「参考として」と書いたのは、エネルギー安全保障など他にも考慮すべき要因があるからだ。

さてEUは域内の温暖化対策を強化する一方で、対策をしない国に対しては、国境で炭素税を課すことを検討している。前回書いた様に、米国では連邦レベルで炭素税や排出量取引が成立する見込みは薄いが、だからと言って、欧州が米国に国境炭素税を適用してバイデンが率いる米国の面子を潰す訳には行かない。そこで解決策として、上述の「社会的費用」を用いた政策分析がなされていることを以て、米国でも一定の価格水準を踏まえた温暖化対策が実施されているとの理解になり、米国は国境炭素税を免れることになる、という筋書きが考えられる。もしそうなれば、日本も同様に、上記の案で国境炭素税を免れることが出来る。 

一般的に言ってCO2を価格で議論することは、総量で議論するよりも、日本としては国際的なポジション取りが楽になる。悲しいかな、エネルギー資源は乏しいうえに高コスト体質なので、少しでもCO2を減らそうとするとすぐCO2価格が高くなるからだ。

環境税や排出量取引は、それによってCO2排出量を抑制するという「総量規制」的な側面と、同じ量の排出を抑制するならばお金を節約しようという「効率追求」的な側面がある。「経済成長に資する」ためには後者をどう実現するかを考えるのがポイントになる。本稿の提案はその一例であった。
 
なお社会的費用の推計と言っても前提の置き方で数値は幾らでも変わるので、実態としては科学的と言うよりむしろ科学の衣を纏った政治のようなものである。これについてはまた改めて書きたい。