コラム  国際交流  2021.03.03

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第143号 (2021年3月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

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政府の緊急事態宣言が1月7日以降続いているが、筆者は明るい将来に向けた情報を追い求めている。

先月19日、米USA TODAY紙が大変興味深い記事を掲載した—“COVID-19 Detection: Could Your Apple Watch or Fitbit Help Slow the Coronavirus Pandemic?” 即ちスマートウォッチがコロナ予防に役立つ可能性を伝えた。昨年11月、スタンフォード大学の研究者が医学系雑誌NEJM New England Journal of Medicine)上に、Apple Watchに内蔵された心電図(ECG)を使用した心臓病に関する研究を発表したが、遂にsmart watchが本格的かつ多面的に健康・医療分野で活用される時期に到達したのだ。米国食品薬品局(FDA)が2018年に認可したApple Watch内臓のECGは、2年程の遅れではあったが日本でも昨年認可された。そして今、このウェアラブル技術の日本での普及・発展に期待している。

日本でも漸く認可されて1月末にECGが利用となった結果、2月1日、「Apple Watchを利用した臨床研究を開始」と慶應大学がウェブ上で公表した。海外では既にApple Watchを活用した研究が盛んに実施されているが、慶應大学をはじめ優れた日本の研究機関の臨床研究に期待感を高めている。そして今、筆者も先月Apple Watch 6を購入して、自身で内蔵されたECGソフトの“凄さ”を体感している。

新型コロナ危機のため国際会議は全てonlineだ。このため国内に居ながらにして“時差”に悩んでいる。

先月1日から5日間、OECD主催の人工知能(AI)に関する会議が開催された(“Artificial Intelligence in Work, Innovation, Productivity and Skills (AI-WIPS)”)。会合ではスタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソン教授やMITのディヴィッド・オーター教授が最近の研究課題を紹介したため、筆者は眠気に襲われながらも多くを学ぶ事が出来て喜んでいる。残念だったのは、通信上の障害からケンブリッジ大学のダイアン・コイル教授の話を聞く事が出来なかった事だ。今もICTインフラの脆弱性・不安定性が課題だと再認識した次第である。

会議ではAI研究に関する先進国(米中印3ヵ国)の中で、研究結果が経済的成果に漸く繋がり始めたと考えられるのは米国だけで(p. 4の図1参照)、AIが一国の経済全体に貢献するには未だ時間を要する事が示された。だが、AI研究自体は急拡大しており、米国の特許申請件数全体の中でAI関連の申請件数は2002年の9%から2018年には18%に達し、研究拠点の地域分布も、局所的集中から全国的拡散へと変化している事が報告された(p. 4の図2参照)。こうした中、注視すべきは国際研究ネットワークの発展で、特に中国の躍進が著しい(p. 5の図3参照)。OECD統計によると、最高水準の研究は未だ米英に限られているが(p. 5の図4参照)、中国が追い着く事はほぼ確実で、このため安全保障上の懸念が米国内で高まっている(例えば議会調査局(CRS)の“Artificial Intelligence and National Security” (November 2020)を参照)。

上記AI分野だけでなく、南シナ海や人権問題等で米中関係は厳しい対立を示す状況に陥ってきた。

新年早々習近平主席は中央軍事委員会主席として1号命令に署名し、「新装備、新戦力、新分野の訓練強化」を指示して「戦争準備への集中(聚焦备战打仗)」と実戦的な訓練を行うように命じた。その一方で、習主席は1月25日、世界経済フォーラム(WEF)での演説の中で、「対立が人類を袋小路に陥らせる(对抗将把人类引入死胡同)」事を警告し、「弱肉強食に反対(反对恃强凌弱)」した。また法的遵守に関して、『荀子』「君道篇」を引用し、更には「国際法の諸原則を堅持し、唯我独尊に陥らない(坚持以国际法则为基础,不搞唯我独尊)」と語った。

習近平主席をはじめ中国側の情報は、上述したように我々にとってみると論理的に矛盾する表現が散見される。「短期・長期的な視点で中国の真意は何か」を見極めるのに苦労する毎日だ。このため中国側の関連資料を包括的・総合的に収集・分析する作業が不可欠だ。MITのテイラー・フラヴェル教授は、1月28日に開催された米議会の公聴会での証言の中で、この種の作業を提言している(次の2を参照)。

米国で対中戦略を新たに練り直すエリー・ラトナー国防長官特別補佐官(小誌前号の1月時点では“副”長官特別補佐官と公表されていた)も、情報を丹念に分析する作業の中で苦労するに違いない。捉え難い中国情報を収集・分析するにはどうしても情報を多角的に照らし合わせなくてはならない。そのために不可欠な作業—内外の友人達と直接会って(グラス片手に)行う情報交換—が現在出来ない事が残念だ。

海外での直接的情報交換が筆者にとって最後となったのは2019年年末だ。ベルリンとウィーンで米英独墺等の友人達と5Gを含む中国のハイテク産業—特に軍民両用技術(DUTs)関連産業—に関して議論した機会だった。気心知れた友人達ばかりの会合なので互いに対立する見解が交錯する中、本音で熱く語り合う刺激的なブレイン・ストーミングだった。

ケッサクだったのはドイツの或る友人が中国の情報秘匿に不満を語った時だ。すかさず英国の或る友人はドイツの過去における情報隠蔽を批判した—「ドイツだって…。ヒトラーは民間航空会社(Lufthansa)を隠れ蓑に独空軍(Luftwaffe)を育成した」。続けて筆者も加担した—「1933年«政権掌握(Machtergreifung)»時、国民の不満を抑えるため、直ちに雇用を急速に拡大させたというのは“嘘”だよね。本当は«統計方法の抜本的な変更(wesentlich Veränderungen der Erhebungsmethoden)»によって失業率をワザと回復させ、内外の人々の目を欺いた事を専門家は知っているよ」、と。

いずれにせよ米中対立は冷静かつ平和裏に沈静化させなくてはならない。今は残念ながらコロナ危機のため、平和を願い友人達と直接会って乾杯する事は出来ない。重慶出身で東西文明を融合させたような作風の徐冰氏の版画がワイン(Château Mouton Rothschild)のラベルになった事が昨年12月に公表された。いつの日か、日米中、そして英独仏豪亜の友人達と共に徐冰氏の作品を眺めつつ乾杯したいものだ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第143号 (2021年3月)