1.コロナ後の経済回復に関する重要課題
欧米諸国や中国に次いで日本でもいよいよ新型コロナワクチンの接種が始まる。感染力が高い変異種に対するワクチンの有効性にも左右されるが、今後コロナ感染が鎮静化に向かうことが期待されている。
そうなると各国の次の政策課題はコロナ後の経済回復に向けての施策に重点が移ってくる。
つい先日、フランスのあるシンクタンクが主催するオンライン・コンファレンスに参加した。そこでの主要テーマはコロナ後のフランス経済の立て直しだった。
議論の対象自体はフランス経済だったが、中心課題は短期・中長期の経済政策運営であり、主要先進国に共通の課題といえるテーマだった。
特に日本におけるアフターコロナの経済政策運営にもそのまま当てはまると思われたのは次の3つの論点である。
第1に、コロナが経済に与えるショックを和らげるために緊急避難的に実施されている現金給付などの短期的な経済支援策を長引かせないこと。
第2に、市場競争力が低く本来であればすでに市場から退出しているべきゾンビ企業がコロナ対策の財政支援策によって救済されている。経済の正常化とともにそうしたゾンビ企業の市場からの退出を促すこと。
第3に、リモートワークの常態化、オンライン会議の積極活用、環境改善などコロナによって生じた経済社会の質的変化を今後の企業経営の転換に生かすこと。
転換の大きな方向はグリーン化とデジタル化である。
2.日本経済立て直しのために
以上の3点の指摘のうち、第1の点については、日本の財政支援規模はGDP(国内総生産)の約4割に達しており、イタリア、ドイツと並んで主要先進国中最高水準となっている。
これは政府が国民経済を手厚くサポートしたと言える半面、財政赤字拡大の副作用も大きい。
加えて、第2の点で指摘されているように、救済策のおかげで生き延びたゾンビ企業の市場からの退出を促す負担が大きいことも副作用に含まれる。
ゾンビ企業を市場から退出させれば、マクロ的な資源配分の効率化には寄与するが、他方、失業の増大という副作用を生む。
これは企業の倒産や廃業といった問題だけではなく、存続する企業が個別事業分野のリストラを実施する場合でも同様の問題が生じる。
第3の点との関係では、コロナによって引き起こされた経済社会やワークスタイルの質的変化に応じて、不要となる仕事とより強化拡充すべき仕事の両方が同時に生じている。
これが企業単位での市場からの退出および新規参入になる場合もあれば、企業の事業分野単位でのリストラと新規事業開拓・マーケティング強化になる場合もある。
新規事業分野として期待されているグリーン化とデジタル化については、2020年12月8日に菅義偉内閣が閣議決定した「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」でも、ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現のための重点施策として「デジタル改革・グリーン社会の実現」が取り上げられている。
その内容を見ると、行政のデジタル化、マイナンバーカードの普及促進、教育・医療のICT化、それらの推進に必要な規制改革、カーボンニュートラルに向けた新技術の促進、グリーン社会実現のための国民のライフスタイルの転換などの施策が列挙されている。
以上のように、アフターコロナの経済回復のための経済政策運営の骨格としては日本とフランスはほぼ同じ課題を共有していることが分かる。
これらは日米欧主要先進国の共通課題であると考えるべきである。
3.日本経済回復の決定打は中国市場活用
確かに上述の3つの論点が示す方向はその通り実施すべきであるが、実際の政策実践の現場を考えると、実施はそう簡単ではない。
短期的な経済支援策を中止すれば、多くの倒産と失業を生み、ゾンビ企業ではない企業まで市場から退出させられる、あるいは本来競争力がある事業分野までリストラの対象となるリスクがある。
また、経済社会の質的変化に合わせて企業経営を転換し、デジタル化、グリーン化を目指しても、企業収益が拡大して経営の安定を継続的に確保できる保証はない。
そもそもコロナ禍という未曽有の逆風の中、厳しいマクロ経済情勢と企業経営環境に直面している現実を考慮すれば、こうしたリスクを確実に回避する方法などないと覚悟すべきである。
しかし、新たな市場開拓へのチャレンジによって局面の打開を期待できる道はある。その一つのチャンスは中国市場開拓戦略の強化・拡充である。
中国経済は2020年10~12月期の実質GDP成長率が+6.5%に達し、すでにコロナ発生前の成長率の水準を回復するなど、国内経済はほぼ正常化している。
2020年通年の実質GDP成長率は+2.3%に達し、米国(同<速報値>-3.5%)、EU(同-6.8%)、日本(同-4.8%)など主要先進国が軒並み大幅なマイナス成長となった中で中国の回復ぶりが際立っている。
2008年秋のリーマンショック後の局面では、中国が巨額の景気対策を実施したことが世界経済を大恐慌から救ったと言われたが、今や中国の経済規模はその当時の3倍に達している。
今回、中国政府は財政金融リスクの抑制を重視し、財政出動に慎重であるが、これまでに実施した景気刺激策の規模はすでにリーマンショック後の経済対策を上回っている。
このため、中国現地の日本企業からは、中国が世界経済を救ったリーマンショック後の状況が再来しているとの指摘が聞かれている。
アフターコロナの転換を目指す企業経営について考えてみると、デジタル化、グリーン化を日本国内で推進しても、中国市場の3分の1の規模で実質成長率1%程度の日本経済が前提では市場開拓の成果を上げようにも限界がある。
同じデジタル化、グリーン化でチャレンジする場合に、中国国内市場を選べば、市場規模および市場の拡大速度は圧倒的に大きく速い。
もちろん、現時点でまだ中国市場に進出していない企業がこれから中国市場に新規参入するのはハードルが高くリスクも大きい。
グローバル市場で十分通用する優れた技術力を備え、何度失敗を繰り返しても挑戦し続ける覚悟をもつ企業以外はチャレンジしないのが賢明である。
しかし、すでに多くの日本企業が中国で一定の成功を収めている。その中には多くの一流企業が含まれている。
それらの企業の中国ビジネスの収益が拡大すれば、日本国内での設備投資や雇用の拡大につながる。
これが経済下支え効果を発揮すれば、ゾンビ企業の退出や不採算部門のリストラから生じる失業者の吸収が可能となり、緊急避難的経済支援策の縮小をスムーズに進めることができる。
4.中国市場への挑戦は長期的メリット
以上のようなアフターコロナの短期的なメリットに加えて、長期的なメリットも魅力的である。
一部の日本企業では若手社員が希望さえ出せば、積極的に中国勤務を経験させている。中国には急速に変化し拡大を続ける巨大市場がある。
そこでは日本の国内マーケットでは見たことがないような業績好調を体験し、大きな充実感を得て、さらなるチャレンジへの意欲が掻き立てられる。
その経験を通じて前向きなマインドセットが醸成される。
優秀な若手社員が新たな市場開拓の喜び、異文化との交流の中での自由な発想に基づく困難の克服など、将来の企業経営者に求められる資質を磨くうえで重要な体験を積むことができる。
実際、その経験を通じて実力を大きく伸ばす若手社員が目立つ。これが拡大する市場のエネルギーである。
いま日本企業がこれを肌で感じられる場所は中国しかない。先進国の市場は成熟して洗練されているが、急速な変化や拡大がない。
他の発展途上国ではまだ所得水準が低いため、市場ニーズのレベルが日本企業の得意な高品質の領域に達していない。
これに対して、中国市場は様々な分野で日本企業が日本国内で販売している品質で勝負できる。特にIT産業については一部日本の技術水準を超えている領域もあり、経済社会全体のデジタル化レベルは日本を上回っている。
このため、アフターコロナでデジタル化への転換を目指すとすれば、格好のチャレンジの場が中国市場である。
上記のように中国経済の回復が世界の中で群を抜いた状況となっていることに加え、2018年以降、日中関係改善の追い風が米中関係の悪化によってさらに強まっている。
この好機をとらえて中国現地の日本企業は新たな中国市場開拓戦略を打ち出し始めている。
中国現地での研究開発センターの設立、販売好調製品の増産のための工場新設や生産ライン拡充、研究開発拠点の新設に合わせた中国現地への権限移譲による中国ビジネス展開のスピードアップ、中国国内市場開拓のための中国新興企業との提携などである。
コロナ後の日本経済の立て直しは中国ビジネスで成功する日本企業にかかっているといっても過言ではない。
中国市場でチャレンジする日本企業の動きがさらに加速することを大いに期待したい。