メディア掲載 エネルギー・環境 2021.02.15
NPO法人 国際環境経済研究所HPに掲載(2021年2月1日)
地球温暖化のシミュレーションでは、エアロゾルの地球冷却効果注1)を上回るようにCO2などの温室効果を与えて気温上昇の観測結果を再現している。エアロゾル冷却効果は、産業革命以降の大気汚染が原因で進行したとされている。だが実際には、森林火災によって産業革命までに既に地球の冷却化は進んでおり、それ以降は現在の想定ほど冷却されていなかった可能性があるという。これが正しいとすると、IPCCなどで報告されているCO2などの温室効果と気温上昇の将来予測は過大評価になりうるため、データに基づく検証が必要である。
人間の土地改変の歴史とエアロゾル冷却効果、そして気温上昇の将来予測の関係については、CIGS研究ノート注2)を参照。
1.CO2の温室効果は過去のエアロゾル量に左右される
過去の国際環境経済研究所ホームページの記事において、空気中に浮遊する固体や液体の粒子(エアロゾル)が放射(直接効果)もしくは雲との相互作用(間接効果)することで地球を冷やしていることを解説した注1)。気温上昇は放射強制力の大きさとほぼ比例関係にあり、放射強制力はおおむね「CO2などの温室効果ガスによる温室効果」から「エアロゾルによる冷却効果」を差し引いて決まる注3)。そして、最終的には図1aのように過去の気温上昇の観測値を再現するように気候モデルをチューニング(調整)しているといわれている注3)、注4)。2013年に出版されたIPCC 第5次評価報告書では、エアロゾルの直接・間接効果による(実効)放射強制力の合計は-1.5~0.4 W m-2(66%信頼区間)の範囲にあり、CO2による放射強制力1.33~2.03 W m-2(66%信頼区間)のかなりの部分を相殺しているとされている。
図1(a)産業革命以前(1750~1850年)の大気が清浄であると仮定した場合と(b)森林火災で汚染されていると仮定した場合のシミュレーションによるCO2など温室効果とエアロゾル冷却効果により生じる地上気温偏差の概念図(IPCC 第5次評価報告書第1作業部会の第8章の図8.19および8.22を参考に作成)。
温室効果や地球冷却効果(特に、エアロゾルと雲の相互作用)などによる放射強制力はシミュレーションによって推計されることが多く注5)、この推計結果は過去から現在までの陸や海から大気への様々なエアロゾルの放出シナリオ(データ)に対して非常にセンシティブである。これまでのシナリオは、「昔の大気はきれいで、産業革命以降様々な放出源が登場して(人口増加とともに)エアロゾルの放出量が増大した」というものであった(図2b)。最新の気候モデル相互比較研究CMIP6注6)も、産業革命以前(pre-industrial-era, 1750~1850年)のエアロゾル量は現在よりも少ないことを前提としている。エアロゾルが増加するとそれを核とする雲粒の数も増加するので、それらの反射によって地面に到達する太陽光も減少するために地球が冷却される(雲アルベド効果)(図2b)。産業革命以降の雲アルベド効果による放射強制力(冷却量)の大きさは、その期間にエアロゾルが大気中にどのくらい放出されたかで決まる。
図2(a)産業革命前と(b)現在のエアロゾル冷却効果(放射強制力)に関連するプロセス(Bellouin et al., 2019)注7)から作成)。(a)の赤丸:森林火災など微粒炭の放出源、(b)の赤丸:産業革命後に登場したエアロゾルの様々な放出源。
2. 大気はもっと昔から汚れていた?
ところが最近になって、産業革命以前は森林火災(落雷などによる自然発火や焼畑農業や農地開発のための火入れ)が活発であり、それによる雲アルベド効果は無視できないのではないかという仮説注7)が提示された(図2a)。雲アルベド効果は、産業革命以前のエアロゾル量をどう想定するかによって大きく変化するため注8)、この時期の森林火災の規模を知ることはとても重要である。火災によって樹木や植物が燃焼すると、直径1μm未満の微小な煤(すす)および有機炭素のエアロゾルが大気に放出され、最終的には雨や風によって湖や沼・氷床などに落下(沈着)し、微粒炭注9)、注10)などの形で堆積する(図1a)。これらの物質を採取・分析することで過去の火災の規模を推定できるが、世界各地の分析結果を総合すると注11)、注12)、注13)、1850年以前の堆積量は近年(2000年ごろ)と同等あるいは上回っていたという(図3)。すなわち、産業革命以前の大気は少なくとも清浄とは言い切れないということである。
図3(a)過去のグリーンランドの氷床コア(D4およびNEEM採取地点)の煤や植物燃焼の指標物質(レボグルコサン・バニリン酸)の堆積量と(b)世界各地(北半球・南半球の熱帯・中高緯度・中緯度)の湖沼などに堆積した微粒炭の年間積算量の時間変化(Hamilton et al., 2018注14)のSupplementary Informationから作成)。(a)の黒線・青線・オレンジ線:年間堆積量の10年移動平均値、赤線:10年間積算堆積量の20年移動平均値。(b)の点線:95%信頼区間の幅。
Hamilton et al. (2018) 注14)は、上述したデータを根拠にして産業革命以前の森林火災によるエアロゾル放出量を増加させた2つの気候モデル(モデル1および2)を用いたシミュレーションを行い、それらの結果をCMIP6注6)の結果と比較した。両気候モデルの結果では、CMIP6に比べて雲アルベド効果による地球全体の放射強制力がそれぞれ0.4および1.0 W m-2増加した(図bおよびc)。この結果に従えば、地球が産業革命前から少なからず冷却されていて、それ以降のエアロゾルによる冷却量は現在の想定(CMIP6)よりも小さいことになる。気温偏差の地上観測値は変わらないので、これに合わせて冷却効果が減少した分だけCO2などによる温室効果も減少するはずである(図3b矢印)。大気汚染の改善に伴い将来の気温上昇はほぼCO2などによる温室効果のみによって決まるため、冷却効果の減少は将来の地上気温の予測シミュレーションにも影響することになる。
図4(a)CMIP6(産業革命以前の大気が清浄であると想定)、(b)モデル1(対象となりうる一部地域に産業革命以前の森林火災を想定)および(c)モデル2(対象となりうるすべての地域に産業革命以前の森林火災を想定)による雲アルベド効果に起因する放射強制力のシミュレーション結果(Hamilton et al., 2018注14)から作成)。G:地球全体、N:北半球、S:南半球。
なお、図4の計算結果の妥当性はグリーンランド・北アメリカ・スイスアルプスで採取された氷床コアや世界各地で採取された微粒炭と年輪の分析結果、焼損面積の観測結果からある程度検証されているものの、不確実性も残っている。例えば、図4bおよびcではアフリカの熱帯雨林の農業に伴う火入れやオーストラリアの植民地化に伴う開拓などを根拠に森林火災の地域を決めているが、それらの規模は不明であり、インドや東南アジアに至ってはほとんど情報がない注14)。また、火災の強さや大きさなどの時間変化の扱い方やエアロゾルの大気循環・降水洗浄などのプロセスも完全にはわかっていない。過去の森林火災が及ぼす雲アルベド効果への影響を解明するためのさらなる研究が必要である。
3. 地球温暖化のシミュレーションには質の高いデータが必要
本稿で述べたように、地球の気温上昇を決める要素はCO2の排出量だけではない。エアロゾルによる冷却効果はその一つであるが、その存在と重要性は思いの他関係者には認知されていない。図1bに示すように、過去の地球冷却効果が想定よりも小さかった場合には、CO2排出量の削減による地球温暖化の抑制効果は期待通りに得られない可能性がある。地球温暖化のリスクを正確に評価し国民の利益に繋げるためには、様々な政策のベースとなっているCO2温室効果による推計値を過大評価している可能性を念頭に置かなければならない。
シミュレーションの予測結果は見た目こそ美しいが、十分なデータベースをもって丁寧な検証がなされない限り、「絵に描いた餅」にすぎない。本稿で示した過去の森林火災のシミュレーションは、その好例である。シミュレーションを現実に近づける唯一の方法は、古生物学・地質学・人類学・考古学などの複数の分野から産業革命以前の森林火災の歴史を復元するための「定量的なデータ」を長期に渡り収集して、検証を重ねることである注14)。例えば、我が国では古環境学という分野で微粒炭の火災史研究が進められているが注15)、データ収集には資金も時間もかかる。政策決定者はこのような事情を理解し、シミュレーション研究に先立ってこれらの調査や研究を支援することが重要である。
注1)堅田元喜(2019)「エアロゾル」による地球冷却効果―地球温暖化の知られざる不確実性―
注2)堅田元喜(2021)過去に起こった火災の不確実性が将来の気温上昇予測を左右する、CIGS研究ノート
注3)Hourdin,F., Mauritsen, M., Gettelman, A., Golaz, J., Balaji, V., Duan, Q., Folini, D., Ji, D., Klocke, D., Qian, Y., Rauser, F., Rio, C., Tomassini, L., Watanabe, M. and Williamson, D. (2017) The art and science of climate model tuning, Bulletin of the American Meteorological Society, 98, 589-602.
注4)杉山大志(2020)温度上昇の予測は「チューニング」されている
注5)中島映至, 竹村俊彦(2009) 放射強制力,新用語解説,29-31.
注6)van Marle, M.J.E., Kloster, S., Magi, B.I., Marlon, J. R., Daniau, A.L., Field, R.D., Arneth, A., Forrest, M., Hantson, S., Kehrwald, N.M., Knorr, W., Lasslop, G., Li, F., Mangeon, S., Yue, C., Kaiser, J.W. and Werf, G.R. (2017) Historic global biomass burning emissions for CMIP6 (BB4CMIP) based on merging satellite observations with proxies and fire models (1750–2015), Geoscientific Model Development, 10, 3329–3357.
注7)Bellouin, N., Quaas, J., Gryspeerdt, E., Kinne, S., Stier, P., Watson-Parris, D., Boucher, O., Carslaw, K. S., Christensen, M., Daniau, A. L., Dufresne, J. L., Feingold, G., Fiedler, S., Forster, P., Gettelman, A., Haywood, J. M., Lohmann, U., Malavelle, F., Mauritsen, T., McCoy, D. T., Myhre, G., Mülmenstädt, J., Neubauer, D., Possner, A., Rugenstein, M., Sato, Y., Schulz, M., Schwartz, S. E., Sourdeval, O., Storelvmo, T., Toll, V., Winker, D. and Stevens, B. (2019) Bounding Global Aerosol Radiative Forcing of Climate Change. Reviews of Geophysics, 58, e2019RG000660.
注8)秋元肇(2009)気候変化と大気環境,大気環境学会誌,44,398-400.
注9)Whitlock, C. and Larsen, C. (2001) Charcoal as a fire proxy. In: Smol, J.P., Birks, H.J.B., Last, W.M., Bradley, R.S. and Alverson, K. (eds) Tracking Environmental Change Using Lake Sediments, Developments in Paleoenvironmental Research 3, Springer, Dordrecht, 75-97.
注10)井上淳(2007)火災史を考える上でのmacro-charcoal研究の重要性と分析方法̶日本の火災史研究におけるその役割̶,植生史研究,15,77-84.
注11)McConnell, J. R., Edwards, R., Kok, G. L., Flanner, M. G., Zender, C. S., Saltzman, E. S., Banta, J. R., Pasteris, D. R., Carter, M. M. and Kahl, J. D. W. (2007) 20th-century industrial black carbon emissions altered Arctic climate forcing, Science, 317,1381–1384.
注12)Zennaro, P., Kehrwald, N., McConnell, J. R., Schüpbach, S., Maselli, O. J., Marlon, J., Vallelonga, P., Leuenberger, D., Zangrando, R., Spolaor, A., Borrotti, M., Barbaro, E., Gambaro, A. and Barbante, C. (2014) Fire in ice: Two millennia of boreal forest fire history from the Greenland NEEM ice core, Climate of the Past, 10, 1905–1924.
注13)Marlon, J. R., Kelly, R., Daniau, A. L., Vannière, B., Power, M. J., Bartlein, P., Higuera, P., Blarquez, O., Brewer, S., Brücher, T., Feurdean, A., Romera, G. G., Iglesias, V., Yoshi, M. S., Magi, B., Mustaphi, C. J.C. and Zhihai, T. (2016) Reconstructions of biomass burning from sediment charcoal records to improve data-model comparisons, Biogeosciences, 13, 3225–3244.
注14)Hamilton, D. S., Hantson, S., Scott, C. E., Kaplan, J. O., Pringle, K. J., Nieradzik, L. P., Rap, A., Folberth, G. A., Spracklen, D. V. and Carslaw, K. S. (2018) Reassessment of pre-industrial fire emissions strongly affects anthropogenic aerosol forcing, Nature Communications, 9, 3182.
注15)井上淳(2018)埋没土壌の炭化物粒子から復元される火の歴史と炭化物の残存過程,ペドロジスト,62,44-52.