ワーキングペーパー  エネルギー・環境  2021.02.01

【研究ノート】過去に起こった火災の不確実性が将来の気温上昇予測を左右する

エネルギー・環境

要旨

地球温暖化のシミュレーションでは、過去の森林火災(農業由来も含む)の与え方でエアロゾルの地球冷却効果の大きさを左右し、CO2などの温室効果と将来の気温上昇もその結果に応じて変わってしまう(堅田,2020a)。気温上昇の予測精度を高めるには、人間が過去に森林をどのように切り開いてきたかを正確に復元できるかどうかにかかっている。我々は、このような不確実性がすぐには埋まらないことを認識した上で、CO2排出量削減によるリスクとベネフィットを評価していかなければならない。


目次

1. 農地開拓と森林火災の関係

2. 過去におきた森林火災の規模を知るのは難しい

3. エアロゾル冷却効果と将来の気温上昇の関係

文献



1. 土地利用と森林火災の関係

森林火災の規模は、気候・植生種や構造・人間活動が複雑に相互作用して決まるため、その予測のために数理モデルの開発が古くから進められてきた(Rothermel, 1972)。例えば、森林では、高温・乾燥な環境下のみならず雷や火入れなどによって火災が発生し、強風時には大規模に拡大するようなモデル化がなされる。また、農業活動も焼畑に伴う火災発生や逆に森林の分断による火災の抑制効果として考慮されることがある。例えば、ある森林火災モデルでは、作物の年間バイオマスのうち10%が落ち葉として収穫後の畑や牧草地に残され、毎年燃やされていたと仮定している(Pfeiffer et al., 2013)。このような森林火災のプロセスを考慮した地球温暖化シミュレーションでは、過去から現在までの世界の森林・農地などの陸地面積の地理的分布とその変遷が最も重要な入力データとなる。

歴史上、人間は旧石器時代の森林伐採から狩猟採集、そして農地開拓によって地球上の土地を改変してきた。そして完新世には、ほとんど全ての大陸で農業が確立され、陸上生態系を脅かしてきたといわれる。産業革命以降は、化石燃料技術の普及によって農作物の生産性が向上し、新たな農地開拓は抑えられつつ生物の生息域が守られてきたという報告もある(堅田,2020による解説)。しかしながら、このような歴史に関する定量的な証拠は実のところ限られている。このため、異なる仮説(仮定)に基づいていくつかの過去の土地改変シナリオが提案されている(Kaplan et al. 2010)。

ここでは、気候モデル研究でも用いられてきたHYDEthe Hundred Year Database for the integrated Environmental assessments; Klein Goldewijk et al., 2010)とKK10Kaplan et al. 2010)のシナリオを紹介しよう。HYDEシナリオでは、1人あたりの農地面積は時間とともに変わらないとして、過去数100年の間農地面積の増加は人口増加にほぼ比例し、その結果一人あたりの農地面積はほとんど変化しなかったと仮定されている(図1、茶線)。この仮定は、世界の土地利用に関する情報が少ないことを理由に広く受け入れられている。しかし、実際には増加した人口を支える食料確保のための技術のたゆまぬ進展と労働集約型の農地開拓手法の開発によって、1人あたりの農地面積は減少してきたはずである(Boserup, 1965; 1981)。そこでKK10シナリオでは、このような効果と灌漑農地面積の拡大・輸出用作物の開発などが影響した結果、1人あたりの農地面積は複雑な挙動を示しつつ全体としては時間とともに減少したと仮定している(図1、水色・黄色・緑色)。紀元1850年(産業革命以前)で見ると、HYDEでは全陸上面積の10%に相当する自然植生が農地開拓等で失われたのに対して、KK10ではその約2倍(21%)が失われている。このようなシナリオの違いが世界各地の森林火災とそれに伴うエアロゾルの放出量のシミュレーション結果に影響する。

Hamilton et al. (2018)は、上述したHYDEとKK10の土地改変シナリオに基づいて構築された2つの異なる森林火災モデルを用いた地球温暖化シミュレーションを行った。そして、両モデルの計算結果では産業革命以前から現在までのエアロゾルの地球冷却効果(雲アルベド効果)に伴う放射強制力の減少量が0.4および1.0 W m-2と大きく変わることを示した(堅田、2021による解説)。この結果から、一見関係が薄そうなに人間の土地改変の歴史が、エアロゾルの地球冷却効果の予測精度を左右しうるということがわかる。

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1 いくつかのシナリオで推計された紀元前6000年から紀元1850年の1人あたりの農地面積の変遷。KK10:西欧・中国南部・メソアメリカ・中央アメリカ地域、HYDE 3.1:地球全体、Ruddiman and Ellis (2009):地球全体のrough estimate



2.
過去におきた森林火災の規模を知るのは難しい

IPCCなどに利用されている気候モデル相互比較研究(CMIP)では、2010年に実施されたCMIP5から最新のCMIP6van Marle et al., 2017)になった際に森林火災に伴う有機エアロゾルの放出量の時間変動幅は小さくなった(堅田、2021)。図2は、両比較研究における森林火災の規模を反映している陸地からの一酸化炭素(CO)の放出量を大陸別に比較したものである。アフリカと東南アジアが世界の放出量のうちそれぞれ10%以上の割合を占めており(図2、青四角)、これらの地域の過去から現在までのCO放出量は、CMIP5(図2、赤線)よりもCMIP6(図2、黒線)の方が小さい。このため、CMIP6ではCMIP5よりもエアロゾルの冷却効果(放射強制力)が低下することになる(van Marle et al., 2017)。当然ながら、いずれの放出シナリオが確からしいのかを十分な観測データに基づいて検証すべきであるが、残念ながらこれらの地域では微粒炭などの検証データが限られており(図3)、十分な検証はできていない(Hamilton et al., 2018)。例えば、北アメリカの温帯地域については、800以上の地点で採取された樹木の年輪の焦げ跡の解析により過去400年間に起きた森林火災の履歴が復元されている(Swetnam et al., 2016;カリー,2019)。この結果によれば、森林火災の頻度は産業革命以前の方が現在よりも明らかに多く、最新のCMIP6よりもCMIP5CO放出量の時間変動に近いように見える(図2TENA-W)。このような比較検証に足る過去数100年の森林火災のデータを復元しない限り、過去のエアロゾルの冷却効果の不確実性は残り続け、地球温暖化の正しい評価も進まないということである。

なお、森林火災を含めた様々なエアロゾルの地球冷却効果(放射強制力の推計)に関する最新の知見は、Bellouin et al. (2019)にまとまっている。

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2 地球温暖化の影響評価のベースとなっている気候モデル相互比較研究(CMIP5CMIP6)で用いられている世界各地の一酸化炭素(CO)の燃焼放出量(van Marle et al., 2017を和訳)。青四角は、CMIP6で世界全体の放出量のうち10%以上の割合を占める地域を表す。縦軸の幅がパネルごとに異なることに注意。

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3 図2で示した解析対象地域と過去250年の間に堆積した微粒炭堆積物の採取地点(赤丸)の分布図(van Marle et al., 2017)。



3.エアロゾル冷却効果と将来の気温上昇の関係

堅田(2021)において、「大気汚染の改善に伴い将来の気温上昇はほぼCO2などによる温室効果のみによって決まるため、冷却効果の減少は将来の地上気温の予測シミュレーションにも影響する」と書いた。その意味を、IPCC 5次評価報告書第1作業部会の第8章を参考にしながら説明する。

まず、気温上昇は放射強制力の大きさとほぼ比例関係にあり、放射強制力はおおむね「CO2などの温室効果ガスによる温室効果」から「エアロゾルによる冷却効果」を差し引いて決まる(Hourdin et al., 2017)。この前提に立って大気中のエアロゾルの存在量が少ない場合と多い場合を比較すると(図4a、青実線・青点線)、気温偏差の地上観測値は変わらないので(図4a黒実線)、冷却量に応じてCO2などによる温室効果を増減させることになる(図4a、赤実線・赤点線)。CMIPなどのシミュレーションでは、ここで過去の気温上昇を再現した上で、様々な温室効果ガスの放出シナリオに応じて将来予測を行っていると想定される(図4b、黒実線・黒点線)。そしてこの将来予測では、2100年頃までには規制が進みエアロゾルによる大気汚染が解消する(すなわち、エアロゾルの冷却効果はほぼゼロとなる)ことを前提としている(図4b青実線および青点線)。この場合、2100年には将来の気温上昇が現在のCO2などによる温室効果による気温上昇分と一致し、その度合いには現在におけるエアロゾルの冷却効果の差が直接反映される(図4b黒実線および黒点線)。前節で述べたように、産業革命前のエアロゾル冷却効果の予測精度が将来の気温上昇量の予測精度に直結するため、この不確実性を踏まえてCO2の排出削減によるベネフィットを再評価すべきであろう。

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4(a)シミュレーションによる過去の再現計算と(b)将来の予測計算によるCO2など温室効果とエアロゾル冷却効果により生じる地上気温偏差の概念図。IPCC 5次評価報告書第1作業部会の第8章の図8.19および8.22を参考に作成。産業革命以前(17501850年)の大気の汚染度合いを変化させた場合を想定している。(b)のモデル計算値は、CMIPなどで適当な排出シナリオを与えた時の気温上昇の予測値。



文献

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van Marle, M.J.E., Kloster, S., Magi, B.I., Marlon, J. R., Daniau, A.L., Field, R.D., Arneth, A., Forrest, M., Hantson, S., Kehrwald, N.M., Knorr, W., Lasslop, G., Li, F., Mangeon, S., Yue, C., Kaiser, J.W. and Werf, G.R. (2017) Historic global biomass burning emissions for CMIP6 (BB4CMIP) based on merging satellite observations with proxies and fire models (1750–2015), Geoscientific Model Development, 10, 3329–3357. https://gmd.copernicus.org/articles/10/3329/2017/

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堅田元喜(2021)地球は、産業革命以前から大気汚染で冷却化していた?-気候モデルの不確実性-,国際環境経済研究所ホームページ.

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