コラム  国際交流  2021.02.05

新型コロナウイルス危機が加速させるサービスロボット

AI・ビッグデータ

1. はじめに: 危機によって発生した労働市場の変化とロボット需要の急拡大

新型コロナウイルス危機が地球全体を襲ってから1年以上が経過したが、いまだに事態は収束の方向を示していない。この危機により、感染者とその家族、感染者を介護する医療関係者、更には医療サービスを支える薬品や医療機器の製造・運搬に関係した労働者が遭遇した苦難は毎日各種マスコミ等で報道されている。

こうした中、筆者は危機を起因とする経済活動の停滞による失業と同時に、前述した医療関係分野における労働問題に注目している。即ち報道等で目撃するのは、飲食業や観光業等で深刻になる失業と同時に、病院での専門知識と経験を積んだ医師・看護師、更には保健所での高い事務処理能力を持つ事務職員の不足である。

医療関係者の労働不足は、単に感染者数の拡大だけで発生した訳ではない。一人の感染者に対する治療・看護に携わる時間と労力が多大である上に、担当の医師・看護師が感染する危険を防がなくてはならない。こうした理由から治療・看護には特別の注意が必要であり、そのための消毒剤や個人防護具(Personal Protective Equipment (PPE))が世界中で昨年需給が逼迫したことは周知の事実である。こうして医師・看護師の負担を軽減し、彼等の感染を防ぐために自動化・機械化に対する工夫がなされるようになっている。

こうした状況の下、この小論で、新型コロナウイルス危機によって促進された自動化・機械化への動きを起因とするサービスロボット需要を概観し、危機収束後のサービスロボットを展望してみたい。先ず始めに現下の危機で急成長を遂げる自立型殺菌ロボットを紹介したのちに、その他の医療関連ロボット需要について解説する。次いでロボット需要急拡大の背景に存在する新型コロナウイルス危機以外の要因、即ち人工知能(AI)の発達、米中間のロボット技術開発競争、そして高齢者の自立支援・介護ロボットについて簡単に解説する。最後に展望として、危機収束後に開けて見える我が国のサービスロボット産業の課題について触れてみる。

2. 危機発生で急拡大した自立型殺菌ロボット

2020313日、我が国の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が成立したが、同法成立直前の311日、米国電気電子学会(IEEE)発行の雑誌IEEE Spectrumは、「自立型ロボット、病院でのコロナウイルス殺菌の手助けに」という表題の記事を掲載した。

この自立型殺菌ロボットは、デンマークの会社(UVD Robots)が開発したもので、看護師や専門の殺菌担当スタッフの力を借りることなく、短時間で病室を殺菌する能力を持っている。UVD Robots社に依ると、病室の各主要部分の殺菌に1~2分を要し、病室全体では10~15分で殺菌可能だ。このロボットにより、医師・看護師は感染の危険にさらされる不安から解放されると同時に、治療・看護に専念出来る。

同社の社長にインタビューした業界誌(Business Wire)の昨年220日付記事に依ると、同社は中国に在る2千以上の病院に対し、この殺菌ロボットを納入する契約を結んだ。また別の業界誌(Robot Report)221日付記事に依れば、中国からの頻繁な問い合わせは既に2019年からあった事を同社社長が語っている。この自立型殺菌ロボットは、2018年に販売が開始され、2019年には、IEEEのロボット部門(Robotics & Automation Society (RAS))における名誉ある賞(Innovation and Entrepreneurship Award in Robotics and Automation (IERA))を受賞している。そして2020年には中国に加え、地元の欧州連合、更には米国でも多数の契約を記録した。

3. 医療現場に必要なロボットとロボット・システム

新型コロナウイルス危機勃発に伴い急拡大したロボット需要は、殺菌ロボットだけではない。危機の勃発までは、医療分野のロボットとして、代表的なダヴィンチ(da Vinci Surgical System)等、手術ロボットが注目されてきた。だが、ここにきて病院経営上、必要とされる様々な業務に関してプロトタイプ的なものではあるが専用ロボットが出現している。

例えば、病院の入り口で人々の感染の有無や受付業務を事務員に代って行うのは受付ロボット(receptionist robots)であり、病院内で薬品や器具を運搬するのは配薬ロボット(medicine dispensing robots)及び運搬ロボット(transport robots)だ。新型コロナでは、感染者が急変する症状が問題視されているが、これに対処するために見守りロボット(patient monitoring robot systems)が必要となるであろう。そして実用化には未だ幾つもの問題があるものの、患者のための食事介護ロボット(food serving robots)や移乗介護ロボット(lifting-and-shifting robots)に期待がかかっている。

海外文献の中で筆者の興味を惹いたものの一つは、ご遺体を如何に扱うかという点であった。すなわち新型コロナウイルスに感染したご遺体を移乗させるロボットや、未だ実用化されてはいないが、自動運転の霊柩車であった。

付設されている研究所で活躍するロボットとしては、ウイルス感染の検査に携わるサンプル取集ロボット(sample collecting robots)や血液分画・成分分離ロボット(blood fractionation and aliquoting robots)があり、それらの一部は既に活躍している。

年末年始、我々が静かに新年を祝っている間も、医療関係者は休む暇も無く、懸命に治療・介護に当たっていた事は、全ての国民が知る事実である。彼等の激務を少しでも軽減し、そうした中で、同時に感染者に対する治療・介護の水準を落とさぬようにするのが、いわゆる遠隔治療(tele-medicine)である。

紙面の制約上詳述は避けるが、筆者が注目するのは、医療従事者の激務を少しでも軽減出来るような情報通信技術(ICT)を導入した或る遠隔治療である。それはICTを利用して、医師・看護師と感染者とが「距離」に関係無くフェイス・トゥ・フェイスで診断する「協調的で同時的(simultaneous)」な治療ではなく、「距離」と同時に「時間」も少し間隔・余裕を持たせて診断する「非同期的(asynchronous)」な治療である。このロボット・システムの特徴は、医療関係者が、常に「協調的で同時的」に感染者とヴァーチャルに接しなくてはならないという、或る意味での「負担」を軽減するという点である。

4. 他のロボット需要拡大要因技術、国際関係、人口動態

ロボット需要の急拡大は、新型コロナウイルス危機以前から観察されていた経済現象である。人工知能(Artificial Intelligence (AI))の目覚ましい発展によって、繊細な汎用動作をロボットにさせることが可能になってきた。このために、従来自動車等の製造工場で、画一化された単純作業を担う産業用ロボットが、一段と洗練された熟練労働者のような動作をする可能性が高まったのである。かくして産業用ロボットが、工場の熟練労働者と協調して複雑な役割を担う作業を行うようになった上に、工場を飛び出して、食堂やホテル、そして事務所や倉庫、更には建設現場や農場・牧場にまで進出する可能性が高まってきたのである。

こうした産業用ロボットの進化と同時に進行しているのが、軍事用ロボットの拡大である。いつの時代であっても、厳しい戦闘の中で生身の人間が傷つくことは堪えられない事ではあるが、軍事面の自動化・機械化は永い歴史の中で常に最先端にあったことを忘れてはならない。これに関して昨年12月初旬、中国の軍事的抬頭を最も警戒している米国制服組のトップ、マーク・ミリー統合参謀本部議長が、ワシントンに在るシンクタンク、ブルッキングス研究所で語った言葉はまことに印象的だ。

将来、搭乗員無き戦車部隊、飛行士無き飛行隊、水兵無き艦艇や空母打撃群を持つ事が出来るかもしれない。今直ちに起こる事ではないが、理論的には可能だ。かくして既にロボットは我々の世界に登場したのであり、軍事的な適用はそう遠くない未来に行われるであろう。

米国の対中警戒心の高まりは、誰の目にも明白になっており、バイデン新大統領の時代になったとしても、この方向に変化はないと思われる。こうして米国は中国とともに、無人軍用機(ドローン)、無人戦車、無人艦艇等の開発に注力している。我が国は米中両国の武力衝突が危険視されている西太平洋に位置するだけに、こうした動きに無関心でいる訳にはゆかない。

医療関連のサービスロボットとして、軍事技術の側面を無視し得ない理由は、ロボット技術の性格軍民両用技術(Dual Use Technology (DUT))—にある。即ちロボット技術自体は、善でも悪でもなく、人命を助ける事も出来るし、人を殺す事も出来る技術であるからだ。換言すれば、技術自体に意思はないが、技術を開発・活用する人の意思に従って技術の性格が変化するのだ。

米国国防高等研究計画局(DARPA)では、近年、人間の脳とコンピュータ等機械との接続技術(Brain-Machine Interface (BMI))に関する研究が活発化している。軍事技術としてのBMIは、指揮官が頭の中で考えた瞬間に、武器が自動的に作動するという利点が生まれる。他方、民間技術としてのBMIは、高齢者や障碍者が頭の中で考えただけで、食事介護ロボットや移乗ロボットが作動するという利点が生まれるのだ。このようにDARPAが莫大な予算を投じてBMI研究を実施している事は、中国でなくとも、我が国にとって注視すべき事態である。

コロナ危機以外のロボット需要拡大要因として、第1要因のAI技術、第2要因の米中関係に加え、第3要因として高齢化という人口動態が挙げられよう。人口の高齢化については、我が国をはじめ先進的アジア諸国のシンガポールや韓国、更には緩やかだが老齢人口の多い米国や「豊かになる前に高齢化する危険」が指摘されている中国について、様々な文献が存在する。

筆者は高齢化自体に問題はないと考えるが、高齢化に伴う経済的・社会的問題に危機を感じている。即ち高齢化に伴い増大する社会保障費用の問題と、急速に増大する独居老人の支援・介護の問題である。喫緊の課題として、我々は社会保障費の軽減策と、高齢者の自立化及び効率的介護体制を確立しなくてはならないのだ。こう考えると、我々は新型コロナウイルス危機を契機として、ロボット関連技術、特にサービスロボット技術の発展に一層注力しなくてはならないと言えよう。

5. 危機収束の彼方にある日本のサービスロボットの将来

上述したように、ロボット需要は新型コロナウイルス危機が、技術、国際関係、人口動態に次ぐ第4の要因として作用し、加速的に拡大した。こうした状況の下、最後に、産業用ロボットで圧倒的優位を誇る日本が今後如何なる形で発展してゆくのかを、昨年9月末に発表された国際ロボット連盟(IFR)作成の資料を基に論じてみたい。

1は、世界の各種専門サービス分野のロボット出荷額である。これに依れば、2019年時点で金額的に最も大きい分野が医療ロボットである事が分かる。第2番目は、成長著しい、路上・屋外・屋内で運搬・移動する運輸ロボットである。次いで金額的に大きい分野は軍事ロボットと農業・鉱業ロボットである。

表1 専門サービスロボットの出荷額 (10億ドル)

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資料: International Federation of Robotics (IFR), World Robotics 2020: Service Robots, Frankfurt, September 2020.

次に対個人サービスロボットの世界の出荷額を見たのが表2だ。2019年時点で、室内清掃ロボットや芝刈・草刈ロボット等の家事サービスロボットが最も大きく、癒し効果を与える様々な娯楽用ロボットが次に大きくなっている。成長性に関して注目すべきは、金額的には未だ小さいものの、老齢者・障害者に対するサービスロボットである。

表2 対個人サービスロボットの出荷額 (10億ドル)

20210205_kurihara_fig02.png資料: International Federation of Robotics (IFR), World Robotics 2020: Service Robots, Frankfurt, September 2020.

危機収束後に、革新的なサービスロボットを我々に提供してくれる主要企業の国籍は、日本であるのか、それともどの国なのか。これに関して考える材料を与えてくれたのが表3と表4だ。専門サービスロボット分野の企業数では、米国が圧倒的だ。個々の企業の事業内容を調べる必要があるが、ロシアが第2位になっている。次いで、ドイツ、中国、フランスとなり、日本は数の上で第6位に位置している。

日本の数字で気になるのは、スタートアップの少なさである。わずか4社と、他国に比して非常に少ない点だ。当然のこととして、技術革新は数字で単純な比較をする事は危険である。こうした理由から、企業数の上では日本が劣っているものの、質的に高水準の専門サービスロボットを開発・提供してもらいたいと考え、今後の調査研究に努めたい。

表3 専門サービスロボット分野の主要国別企業数 (社)

20210205_kurihara_fig03.png注: ここでのスタートアップは創立から6年以下の企業を指す。

資料: International Federation of Robotics (IFR), World Robotics 2020: Service Robots, Frankfurt, September 2020.

対個人サービスロボット分野を見ると、国別で日本は第3位に位置しており、希望を与えてくれる。家事サービスロボットや老齢者・障害者用ロボットに関して、画期的なロボットを生み出してもらいたいと考えて、今後の課題として詳細な調査研究を計画している。

表4 対個人サービスロボット分野の主要国別企業数 (社数)

20210205_kurihara_fig04.png注: ここでのスタートアップは創立から6年以下の企業を指す。

資料: International Federation of Robotics (IFR), World Robotics 2020: Service Robots, Frankfurt, September 2020.

以上、国別のサービスロボット関連企業を見ると、新型コロナウイルス危機収束後の政治経済環境下で、我が国は新規参入企業が少なく、既存企業に依存した形で、諸外国の企業と競争することになるであろう。従って、伝統的にロボット関連の企業であっても、内外の最先端技術動向を常に注視すると同時に、国内の高齢社会に対する洗練されたサービスロボットの開発を行うことが枢要となると考えている。