コラム  国際交流  2021.02.01

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第142号 (2021年2月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交 米国

世界の人々が不安と期待を同時に抱きつつ見詰める中で、米国新政権が動き出した。
さすがは超大国の米国だ。今回の政権交代の際に、民主主義の長所と短所を見事に世界に提示してくれた。即ち政治制度とは、“人造物(the work of men)”であり、常に優れた人が意識的に“育成・維持”しなければ“劣化・消滅”する。

確かに政治哲学者ジョン・スチュアート・ミルが語った通りだ—「(政治制度とは)或る夏の朝に目を覚ますと、芽を出していたというものではなく、しかもそれは一旦植えておけば、人々が“眠っている”間に“絶えず成長し続ける”樹木に似たものでもない(Men did not wake on a summer morning and find them (political institutions) sprung up. Neither do they resemble trees, which, once planted, ‘are aye growing’ while men ‘are sleeping’.)」のだ。

またフランスの社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンが群衆の暴徒化について語った通りだ—「人間が独りならば、宮殿に放火したり、店舗を荒らしたり出来ない事をよく理解しているのだ(L'individu isolé sent bien qu'il ne pourrait à lui seul incendier un palais, piller un magasin.)」。しかし、「群衆は、単に衝動的で流され易いだけではない。野蛮人同様、群衆は自らの欲望とそれを実現する事との区別を許さない。大人数であるが故に、抑制出来ない程の力を感じ、群衆の中の個人から不可能という観念が消滅する(La foule n'est pas seulement impulsive et mobile. Comme le sauvage, elle n'admet pas que quelque chose puisse s'interposer entre son désir et la réalisation de ce désir. Elle le comprend d'autant moins que le nombre lui donne le sentiment d'une puissance irrésistible. Pour l'individu en foule, la notion d'impossibilité disparaît.)」のである。

確かに民主主義は“多数派の専制(the tyranny of the majority)”という危険性と“衆愚政治(ochlocracy/mobocracy)”に陥り易いという短所を内包している。だが、大統領就任式でのレディー・ガガさんによる国歌独唱と青年桂冠詩人アマンダ・ゴーマンさんによる詩の朗読によって、筆者は彼等のような優れた人が努力すれば、民主主義が“回復・復活”する可能性が生じるという長所を感じる事が出来た次第だ。

米国が内省すると同時に“内向き”から“外向き”に態度を変え、諸外国と共に国際秩序の再構築に努力してくれる事を願っている。

米国議会議事堂襲撃事件の日の夕刻、Wall Street Journal紙はネット上に社説(The Disgrace on Capitol Hill)を掲載した。筆者は社説の最後に驚いた—最後の言葉は、1940年5月に英国議会でチェンバレン英国首相に投げかけられた言葉であった。“In the name of God, go!”、と。即ちトランプ前大統領に対し、情勢判断を見誤り対独宥和政策を採った英国首相と同じで、「立ち去れ!」との判断なのだ(次の2を参照)。

1月9日、独Die Welt紙はハイコ・マース独外相が民主主義の危機を憂慮して、米国と共に“民主主義のためのマーシャル・プラン(Marshallplan für Demokratie)”を提唱した事を伝えた。彼は「どの国の民主主義も試練に直面している(Da ist jeder Demokrat und jede Demokratin gefordert.)」とし、「民主主義が米国で消えると、欧州でも消滅する(Ohne die Demokratie in den USA, keine Demokratie in Europa.)」とまで述べた。

如何なる体制下であっても空疎な言動で飾られた“愛国無罪(爱国无罪)”は許されない。日本の陸奥宗光外相も日清戦争後に書き遺した『蹇蹇録』の中で「愛國心なるものが如何にも粗豪尨大(ソゴウボウダイ)にして之を事實に適用するの注意を缼(か)けば往々却て當局者に困難を感ぜしめたり」と“行き過ぎた愛国主義”について警句を残している。

Biden=Xiという米中首脳間で展開されるgreat power rivalryは如何なる様相を示すのであろうか。

次の2に示したカート・キャンベル氏の小論やWired誌上に掲載された元米国国防長官でハーバード大学のアシュトン・カーター教授に対するインタビュー記事が興味深い。カーター教授は、過去30年間にわたり中国と様々な形で交流をしてきたが、米中間の協調的行動に関し「私の希望はとうの昔に消滅した(My hope for that evaporated a long time ago).」と語る。また中国担当の国防副長官特別補佐官に就任するエリー・ラトナー氏の報告書(“Rising to the China Challenge: Renewing American Competitiveness in the Indo-Pacific”)を今一度再読すべきと考える。

昨年12月27日、中国メディア(«环球网»)の記事「中国在外公館にAI“外交官”(中国使馆,有了人工智能“外交官”)」を読み、思わず笑ってしまった。外交上の如何なる職務をAIが果たすのか、興味は尽きない。かくしてAIは想像以上に様々な分野にまで適用されようとしており、そうした理由から技術競争も日々激化している。このようにAI分野をはじめハイテク分野の米中開発競争も目が離せない。

緊迫化した米中関係下、日本は如何なる戦略を採るべきか。引き続き米国との緊密な情報交換を行う一方で、中国の戦略についても、今以上に注視する必要がある。このため、内外の専門家と協力し、強大な経済力を背景に「世界一流の軍隊(世界一流军队)」を目指す中国の長期的・包括的な戦略を観察する必要があろう。特に、西太平洋を中心に活動が活発化している中国の海軍(PLAN)、海警(Chinese Coast Guard)、海上民兵(Maritime Militia)の動きに対して「備えあれば憂い無し」との理由から、眼を配らなければならない(p. 4の図を参照)。

コロナ禍の下、内外の友人達とオンラインでしか有益な情報交換が出来ないのが残念に感じる毎日だ。

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