メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.12.21

コロナでも日本企業が中国から撤退しない理由  ~政府の国内回帰支援補助金も中国ビジネス拡大に積極活用~

JBpressに掲載(2020年12月18日付)

日本政府の生産拠点国内回帰支援策の衝撃

 日本政府は本年4月、新型コロナウイルス感染症拡大に対する緊急経済対策として海外生産拠点の国内回帰およびASEAN(東南アジア諸国連合)などへの生産拠点多元化を支援する補助金支給策を発表した。

 予算規模としては国内回帰向けに2200億円、生産拠点多元化向けに235億円がそれぞれ計上された。

 これに対して、6月下旬および7月下旬の2回に分けて合計 1700 件以上の応募があり、とくに2回目は補助金予定額1600億円に対して10倍以上の応募があった。

 この数字が日本国内で大きく報じられ、多くの日本企業が中国市場からの撤退あるいは事業縮小を計画しているとの見方が広がった。

 この報道の衝撃は大きかった。

 4月の本政策発表直後から、中国の政府内外のエコノミスト、中国系メディアなどはこの政策によって多くの日本企業が中国国内の生産拠点を日本やASEANに移転させるのではないかとの懸念を抱き、筆者も多方面から繰返し質問を受けた。

 日本企業の動向に注目したのは中国系組織のみならず、欧米諸国からの質問も多かった。

 つい最近も日本、中国、米国でのオンライン上の講演や面談の場で、この政策の影響により日本企業が中国市場から撤退しようとしているのではないかとの質問を受けた。



日本企業の投資動向への影響はほぼ皆無

 以上のように多くの方々から質問を受けたこともあって、筆者自身も4月以降つい最近に至るまで、機会あるごとに日本企業の対中投資動向に詳しい専門家や中国に進出している日本企業の経営者の方々に投資動向の実態に関する質問を繰り返した。

 そこから得られた結論は、上記政策による日本企業の対中投資姿勢への影響はほとんどないということである。

 この実情を最も明確に説明してくれたのは日本企業の対中投資動向の全体像を正確に把握している日系メガバンクの幹部だった。

 それも1行だけではなく、2行の幹部がほぼ同じ表現で次のように答えた。

「この政策の影響で対中投資姿勢を変えた日本企業はほぼ皆無である」

 この結論は2つの事実によって裏づけられている。

 

1に、応募した企業数の少なさである。

 中国に進出している日本企業の総数は33000社と言われている。それとの比較では、上述の補助金応募企業総数1700社あまりという数は全体の5%強に過ぎない。

 この割合はジェトロが毎年行っている中国進出日本企業向けアンケートにおいて、中国事業の縮小、第三国への移転あるいは撤退を計画していると回答した企業の割合とほぼ一致する(177.4%、186.6%、196.3%)。

 こうした統計データから見て、上記応募企業数は従来から中国事業に消極的だった企業の比率とほぼ同程度の数であると理解することができる。

 

2に、応募した企業の補助金使用目的である。

 上記のメガバンク幹部や日本企業の経営者などによれば、補助金に応募した日本企業の主な目的は事業全体の縮小・撤退ではなく、むしろ積極的な中国ビジネス展開に向けた事業再編だそうである。

 中国国内の市場競争は厳しく、中国地場企業の技術力向上のスピードは分野によっては驚くほど速い。

 また、欧米企業も中国地場企業との対抗上、採算悪化を覚悟した値引き販売戦略を採用し、製品の市場価格が急速かつ大幅に低下することも多い。

 こうした事情などを背景に日本企業が市場開拓に取り組んでいる様々な事業分野の一部が先行きも採算の改善が難しいと判断される場合には、その事業の縮小・撤退を検討せざるを得なくなる。

 しかし、これは当該企業の対中投資姿勢の消極化を意味するものではなく、市場ニーズに適合した重点戦略分野の調整に過ぎない。

進出済みの多くの事業分野のうち、一部では縮小・撤退し、別の分野では事業拡大・新規参入を検討するケースが一般的である。

 こうした企業が、今回の日本政府の国内回帰支援の補助金施策を事業再編に好都合な手段として積極的に活用した事例が多く含まれているのが実情である。

 政府が本来意図した活用方法とは趣を異にするものであるが、これによって日本企業の対中投資の事業再編が円滑に進み、さらなる積極的な対中投資を支援する効果が期待できる。

 中国で積極的にビジネスを展開している企業は日本企業の中でもグローバルな競争力を備えた優良企業ばかりである。

 そうした企業の中国事業が順調に拡大すれば、企業利益の増大や日本からの部品調達の拡大などを通じて日本国内の設備投資、雇用、税収等を押し上げる効果が期待できる。

 これはコロナの影響でダメージを受けた日本経済の救済策となる。ただし、補助金の額が小さいので、その政策のインパクトは限定的である。



世界の一流企業による中国市場の評価

 今年4月、中国に進出している米国企業の団体である米国商工会議所のグレッグ・ギリガン会頭は、中国の英字紙チャイナ・デイリー(China Daily)に対して、次のように述べたと報じられている。

「私どもの会員企業を対象とする最近のアンケート結果によれば、中国経済の成長率の低下、米中摩擦の拡大、中国国内において長引くビジネス上の困難な課題、および新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大等にもかかわらず、中国は引き続き大多数の米国企業にとって長期的に最も重要な市場である」

 その後、同じ団体の別の幹部と面談した日本企業の幹部によれば、米国企業の見方は最近も変化はないとのことである。

 そして、この見方は欧州、日本を含めてグローバル市場における一流企業の共通認識である。

 上記の認識を背景に世界中から一流企業が中国に集中しており、現在中国で事業展開を続けている企業はこの厳しい競争の中で生き残った一流企業ばかりだ。

 中国の所得水準の急速な上昇を背景に中所得層が顕著に拡大し始め、中国国内市場の魅力が世界から高い評価を受けるようになったのはリーマンショック後の2010年以降である。

 競争力の乏しい企業はこの10年間にすでに中国市場から縮小・撤退している。現在も生き残っている企業は、グローバル市場で通用する高い競争力をもつ世界各国の上位企業だ。

 各国の平均的な競争力の企業がこの中国市場に参入してもおそらく大半の企業は生き残ることができないと思われる。



今後の中国市場との向き合い方

 グローバル市場で通用する高い競争力を備えた企業にとって、中国市場は大きな収益を得られる可能性がある魅力的な市場である。

 今年の新型コロナ感染拡大の厳しい状況下でも、中国は通年でプラス成長を実現する見通しである。これは世界の経済大国の中で唯一中国だけだ。

 足許の1012月期の実質GDP(国内総生産)成長率は、コロナ発生前である昨年並みの6%前後にまで回復する見通しである。

 来年は今年の反動から年前半の成長率が高まるため、通年での成長率は8%に達すると予想されている。

 リーマンショック直後に中国経済は巨額の内需拡大策を実施し、世界経済の急落を防いだと評価された。しかし、その後数年にわたり、その内需拡大策が生んだ不良債権の処理に苦しんだ。

 その苦い経験を踏まえて、今回の景気急落からの回復局面において中国政府は同じ失敗を繰り返さないよう不動産開発投資やインフラ建設投資の伸びを抑制している。

 それでも現在の中国経済の規模は2010年の約3倍に達しているため、来年の8%成長が生み出す新たな需要の規模は、2010年当時の中国経済の約24%成長に相当する。

 これが世界経済に与えるインパクトは十分大きい。

 この先も2020年代前半までは5%台の成長率を保持する可能性が高いと見られている。このような安定的に拡大する巨大な市場規模が中国市場の大きな魅力である。

 ある日系大手自動車メーカーの幹部は、この点について筆者に対して次のように語った。

「売上高が拡大すれば、人は働くことに幸せを感じ、技術も人も成長する。それが人のさらなる意欲を掻き立て、新たな目標にチャレンジするエネルギーを生み出す」

「人間のマインドセットが変わる。これが数の力だ。だからこそ世界の一流企業は中国市場に資源を投入し、企業としてのさらなるレベルアップを目指している」

 米中対立、コロナ感染、欧米諸国での反中感情の高まりなど、様々なネガティブ要因が指摘されても、世界の一流企業が中国に集中する理由をこのコメントが端的に説明している。

 日本企業は現在の日中関係改善の追い風により中国ビジネス展開の大きなチャンスを迎えている。

 競争力に自信のある企業は中国市場にチャレンジして飛躍を目指す好機である。それが日本経済のコロナ後の経済回復の強力な支えとなることを期待したい。