地球温暖化は、CO2などの温室効果ガスによる温室効果と、エアロゾルによる冷却効果のバランスで決まる。(エアロゾルの冷却効果については堅田の解説を参照)。
気候モデル研究(CMIP6)では、山火事によるエアロゾルの排出シナリオが、入力データセットの1つとして用いられている。
このデータセットでは、産業革命前(Pre Industrial, PI)においては、産業革命前の今日(Present Day, PD)よりも山火事に由来するエアロゾルの排出が少ない、となっている。
だがこれはおかしい。実際には、産業革命前の方が、田畑の野焼き、森林の火入れ、自然焼失などによって山火事は頻繁であった。従って、エアロゾルの排出も多かったはずである。
そこでハミルトン(Hamilton et al., 2018)は、産業革命前の山火事を定量的に推計した幾つかの先行研究結果を用いて、産業革命前のエアロゾル排出量と、それによる冷却効果を計算した。
結果として、産業革命前のエアロゾル排出量は、今日よりもかなり多くなった。(図)
そしてエアロゾルが増加して雲が増え、太陽光をより強く反射した為に、産業革命前の気温は低くなっていた。
図 炭素系エアロゾル排出量。青、緑:異なる山火事モデルに基づくハミルトンの推計(PI)。灰色、オレンジ:気候モデルの入力データセット(PI)。黒:気候モデルの入力データセット(PD)。出所: (Hamilton et al., 2018)
CMIP6の平均では、産業革命前と比較して、今日(PD)のエアロゾルによる冷却効果は1.1W/m2であった。ハミルトンの計算では、これが0.1 W/m2まで縮小する場合もあった。つまり1 W/m2もの違いがあった、ということだ。
温室効果はIPCCの推計では2.29 W/m2とされているから、1 W/m2というのはその約半分に当たる。
すると、過去の地球温暖化の半分が、じつは産業革命に伴って山火事が無くなったことに由来することになる。
もしそうだとすると、気候モデルがチューニング過程でそうしているように、地球温暖化量を、気温上昇とエアロゾルの冷却効果から逆算すると、CO2による地球温暖化は、これまで言われていた量の約半分になり、気候感度も約半分になる。以上のことはハミルトンも論文中で仄めかしている。[1]
なお以上の計算には多くの不確実性がある。しかしながら、産業革命前の方が、現在よりもはるかに山火事が多かったことは明らかであり、それが気候に大きな影響を与えていたことは確実であって、今後、気候モデルはこの点について本格的に取り組まねばならない。
ちなみにこれは容易ではない。山火事の推計も、それがどのように雲の形成に影響さらには気候へ影響を与えるかという過程も、極めて複雑である。雲というのはもともと気候の復元・予測計算で最も困難な課題であり泣き所であったが、そこにもう1つ、大きな難問が加わったことになる。
なおハミルトンは、なぜCMIP6の入力データセットで産業革命前の山火事が少ないとされていたかという点について、「人口が増えると山火事が増えるという誤った認識による」とはっきり指摘している。環境研究者は、しばしば、産業が諸悪の根源で、それさえなければ地球はクリーンであると思いこみがちである。本件はその一例でもあった。
Hamilton, D. S., Hantson, S., Scott, C. E., Kaplan, J. O., Pringle, K. J., Nieradzik, L. P., … Carslaw, K. S. (2018). Reassessment of pre-industrial fire emissions strongly affects anthropogenic aerosol forcing. Nature Communications, 9(1), 3182. https://doi.org/10.1038/s41467-018-05592-9
Rowlinson, M. J., Rap, A., Hamilton, D. S., Pope, R. J., Hantson, S., Arnold, S. R., … Nieradzik, L. M. (2020). Tropospheric ozone radiative forcing uncertainty due to pre-industrial fire and biogenic emissions. Atmospheric Chemistry and Physics, 20(18), 10937–10951. https://doi.org/10.5194/acp-20-10937-2020
以上
[1] なおハミルトンらは、対流圏オゾンについても、山火事によって産業革命前にすでに多かったとしている。この結果、産業革命前からの対流圏オゾンによる温室効果は、IPCCがまとめている0.2 W/m2から0.6 W/m2の下限にあたる0.2 W/m2と推計される、としている。これもCO2の気候感度を下げることになる。(Rowlinson et al., 2020)