第19期5中全会の位置づけ
10月26日から29日まで開催された第19期5中全会(中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議)において習近平主席が説明した「国民経済と社会発展の第14次5カ年計画と2035年長期目標の制定に関する中国共産党中央委員会の提案」の全文が11月3日に公表された。
この「提案」は2021~25年の中国における経済政策運営の基本的な枠組みを示すもので、今後の中国経済を展望する上で重要な文章である。
通常、こうした経済政策運営の基本方針は3中全会で示されてきた。
しかし、この第19期(2017年10月~22年秋)では3中全会(2018年2月)において党・国家機関の改革、4中全会(2019年10月)では一国二制度の堅持と整備が取り上げられ、経済政策運営の全体枠組みがまだ示されていなかった。
このため、今回の5中全会の位置づけは通例3中全会で示されるこの枠組みを示すものとなった。
過去の3中全会の中で特に重要な転機となったのは、初めて改革開放の方針を打ち出した1978年12月の第11期3中全会である。
その発表を機に中国経済は従来の政府主導の計画経済から市場経済へと大きく転換を図った。現在の中国ではほぼすべての製品・サービスの価格は市場メカニズムの中で需給バランスによって決まる。
しかし、かつての計画経済の下では、すべての製品・サービスの価格が政府によって決定されていたほか、企業の生産・設備投資・雇用・給与水準・資金調達などがすべて政府によって決定されていた。
企業や個人の自発的努力により生産、設備投資、雇用等を増やし、収益を拡大し給与を引き上げることは禁じられていた。
したがって、経済発展への意欲は乏しく、裕福な人は誰もいなかった。
そうした国家統制経済から市場経済への抜本的転換が図られたのが上記の3中全会であり、この転換を機に現在に至る中国の高度成長がスタートした。
その後も各期の3中全会では、農業、企業経営、金融・財政、価格体系など中国経済政策運営の根幹に関わる重要政策方針の転換が発表された。
習近平政権の1期目である第18期3中全会(2013年11月)では、「資源配分において市場に決定的な役割を担わせ、経済体制改革を推進する」という世界が注目する表現により市場経済化の加速を表明した。
そうした過去の経緯から、今回の5中全会でも何か新たな重要方針が示されるのではないかと期待されていた。
しかし、全文を読むと、過去の注目された3中全会での重要改革方針に相当する大胆な内容は見当たらず、すでに示されてきた改革方針を総合的に整理し直したように見える。
まずは、主な論点を列挙してみよう。
5中全会で示された経済政策運営方針
今回示された経済政策運営方針の中で、筆者が注目する主なポイントは次の点である。
2035年の展望としては、経済力、科学技術力などが向上し、先進的イノベーション型国家の一角に入り、国際経済協力と競争において明確な強さを示し、一人当たりGDP(国内総生産)は先進国の中等レベルに達する。
国内経済循環を主として、国内経済および国際経済の2つの循環(「双循環」)が相互に促進し合う形で新たな経済発展の局面を形成する。
がっちりと揺らぐことなく改革を推進し開放を拡大する。国家ガバナンスを強化し、質の高い経済発展を妨げる制約を突破し、資源配分効率の向上を実現する。
高いレベルの市場経済を構築し、知的財産権保護制度と市場メカニズムに基づいて資源配分を大幅に改善し、公平な競争条件を実現する。
北京、上海、広東・香港・マカオグレーターベイエリアが国際的な科学技術イノベーションの中心となることを支援する。
企業の技術開発能力を向上させ、企業経営者が技術イノベーションにおいて重要な役割を担う。そのために企業の基礎研究に対して税制優遇措置を実施する。
産業分野としては、5G通信、IoT、ビッグデータセンター、都市近郊型交通・総合物流ネットワークなど新型インフラ建設に注力する。
国有企業の混合所有制改革を推進するとともに、非公有経済の健全な成長を促進する。
民間企業の知的財産権および企業家の利益を法に基づいて平等に保護し、民間企業の発展を制約する壁を突き破る。
土地、労働力、資本、技術、データなどの生産要素の市場化改革を推進する。
政府による土地収用のメカニズムを見直し、宅地所有権・使用権等の在り方を研究し、都市に移住した農民の土地利用委託権や宅地使用権等を保証するとともに、法に基づく有償譲渡を奨励する。
北京・天津・河北省地域、長江流域経済ベルト(重慶・成都・武漢市など)、広東・香港・マカオグレーターベイエリア、長江デルタ(上海市、江蘇・浙江・安徽省)などの発展を促進するとともに、東北地域(遼寧・吉林・黒竜江省)等発展の遅れた地域に対する財政支援を強化する。
財政支援、借家建設等による住宅確保、基本的な公共サービスの確保に加えて、戸籍制度改革も推進し、農民の都市住民化を促進する。
より一層の対外開放型経済新体制を構築する。貿易と投資の自由化を推進し、外国企業に対して国内企業と同じ待遇を認め、法に基づく外資企業の合法的な権益を保護する。
健全な老人介護制度、基本的医療・介護保険を実現するとともに、法定退職年齢を徐々に引き上げる。
香港およびマカオの長期安定的な発展を保持し、一国二制度、香港人による香港統治、マカオ人によるマカオ統治といった高度な自治方針を貫徹する。
特別行政区の国家安全維持のための法律制度と執行メカニズムをきちんと実施する。
大きな方針転換が示されなかった理由
以上のように、国家経済政策運営に関する重要な政策方針が列挙されてはいるが、以前の3中全会で示されたような大きな方針転換は見当たらず、これまで中国政府が積み上げてきた改革方針を総括して整理し直したのが今回の「提言」の特徴となっている。
最近の公式文書や政府高官の発言の中で頻繁に取り上げられる「双循環」という表現も、上述の通り、国内経済循環を主として、国内・国際両面の経済循環を中国の経済発展の土台とするということであれば、とくに大きな政策転換ではない。
それ以外の論点を見ても大きな政策方針転換と言えるようなものは含まれていない。
今回の「提言」がこのような内容となった経済政策運営上の理由は以下の2点であると考えられる。
第1に、2017年10月の第19回党大会において、中国建国以来の国家経済建設の基本方針だった量的拡大=経済成長を目指す方針を抜本的に転換し、経済社会の質の向上を目指すという新たな基本理念を発表した。
この方針転換が非常に大きな転換だったため、現在は各個別領域においてその新理念を実現するために必要な具体的政策方針を組み立てている最中である。
この大方針転換に必要な政策パッケージが各分野で一通り定着する前に、新たな政策転換方針を出せば、政策の円滑で整合的な運営が難しくなると考えられる。
第2に、長期的な視点に立てば、現在の中国経済は1980年代以来約40年間続いてきた高度成長期の最終局面にある。
2021~25年の5年間は高度成長期の最後の5年になる可能性が高いと中国国内の多くの政府関係者、エコノミストなどが予測している。
経済改革の推進は企業倒産、失業などの痛みを伴うケースが多いため、経済が安定している局面で実施することが好ましい。
経済成長率が年々低下していくと予想される2020年代後半の局面で大胆な改革を実施すれば経済が不安定化する可能性が高い。
そう考えると、この5年間が安定的に改革を進められる最後のチャンスと考えられる。
したがって、これまでの様々な政策運営の中で積み残されている経済改革を何としてもこの期間にできる限り実施することが求められる。
中国政府は、実現が必要にもかかわらずまだ実現できていない改革課題が山積しているとの現状認識を持っている。
この認識に基づいて、必要な改革を断固として実施することがこの期間の目標とされた。
新たな改革方針は不必要であり、未実現のまま積みあがっている改革課題を1つでも多く、少しでも実現させることが目標とされたのはごく自然であり、当然の判断であると考えられる。
以上のような背景から、今回の「提言」には大胆な方針転換が盛り込まれなかった。
しかし、ここで掲げられている各分野の改革メニューは重要なものばかりであり、次の5年間に政府がこれらを成し遂げる責務は非常に重い。
これらの積み残しの重要課題をどこまで実現して、2020年代後半の苦難の経済不安定局面に立ち向かう準備を整えられるか、中国経済の命運が次の5年間にかかっている。