メディア掲載  国際交流  2020.11.04

新型コロナ/危機下のリーダーシップ

電気新聞「グローバルアイ」2020年10月20日掲載

人材交流 新型コロナウイルス

新型コロナウイルス危機に陥った現在の世界は⼒強いリーダーシップとそれを⽀える優れた科学的知識を求めている。科学的知識といっても、臨床疫学や薬剤疫学、公衆衛⽣学や病院経営管理学など多様な医学的知識が必要だ。必要な知識はそれだけではない。⼀国の経済社会システムを動かすための⾏政や経済、さらに教育や観光などの諸制度の専⾨知識も必要である。

先⽉、筆者は現在の危機対策に携わる、優れた⾏政官と話す機会に恵まれた。その時に必要と感じた専⾨知識の⼀つはリスク・コミュニケーションであった。感染症に関してデマや偏⾒を防ぎ、正しく恐れ、安⼼して⽣活を送るための情報を、全国⺠に適時・適量で分かりやすく伝える事の⼤切さを痛感した次第だ。

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筆者を含む⼀般国⺠は、単純で即効性のある解決策を求める。他⽅、専⾨家は複雑な議論を慎重に時間をかけて知⾒や解決策を練り上げる。しかもやっかいなことに⼤抵の場合、同じ分野の専⾨家の間ですら意⾒が容易には⼀致せず、我々素⼈を混乱させる。

このために専⾨家から⾒ればたとえ不完全な対策であっても、また国⺠全体から⾒ればたとえ不満が残るとしても、適時・適確な対策を⼤胆に打ち出すための強いリーダーシップが求められるのである。

ところで今⽉のノーベルウイークで、敬愛するロジャー・ペンローズ博⼠の受賞を英国オックスブリッジの友⼈たちと喜んだ。ブラックホールに関連した業績のみならず、不思議な階段や三⾓形の図形を創造し、さらには⼈⼯知能(AI)と⼈間の知能との関係について⼤胆かつ⽰唆的な主張をする同博⼠。同時に英『エコノミスト』誌が指摘したように受賞理由が55年前の業績であることに驚かざるを得ない。社会全体が専⾨家の業績を正確に評価するのには⻑い年⽉を要する事を痛感した次第だ。

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コロナ危機に再び陥った欧州の友⼈達と議論した時、ある友⼈が「“現在”の専⾨家ではなく“未来”の専⾨家が欲しい」と語った。すなわち今のコロナ禍を克服した後に教訓を学んだ“未来”の専⾨家を“今”欲しいと⾔うのだ。“過去”の専⾨家はいかに優秀であっても後世の新発⾒の出現故に“現在”の専⾨家を理解できない。同様に“未来”の専⾨家を“現在”の専⾨家は理解できないかもしれない。

⽶国の政治評論家ウォルター・リップマンも「専⾨家と⾔っても、ほんの⼩さな問題に限った専⾨家に過ぎない。世界⼤戦の時に学んだように、歴戦の勇⼠でも優れた騎兵隊将校が戦⾞の活躍する塹壕戦で⽬覚ましい戦功を挙げるとは限らなかった」と約100年前に述べている。

残念ながら我々は“未来”の専⾨知識、さらには現在気づかない“未知”の専⾨知識も⼿にすることはできない(今回の危機で⽇本はリスク・コミュニケーションに不可⽋な情報通信技術(ICT)に関して先進国でない事が判明した)。

新型コロナ危機に対し、我々は55年後の“未来”の優れた専⾨家に頼ることはできない。無いものねだりができない我々は“現在”の専⾨家の意⾒を集約・統合し、最善でなくとも現時点で最適な対策を⼤胆に実⾏する知的で強⼒なリーダーに期待しているのだ。