メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.10.27

バイデン政権誕生でファーウェイ排除の継続が難しくなる ~トランプ時代の排除政策が続けられない4つの理由~

JBpressに掲載(2020年10月20日付)

国際政治・外交 米国 中国

バイデン政権の対中政策の建前と本音

9月以降、多くの米国の中国問題専門家から、ジョー・バイデン政権が誕生すれば、米国の対中政策はかなり変化するとの見方を耳にするようになった。

もちろん現時点では激戦州の動向によりドナルド・トランプ大統領が再選される可能性も十分あると見られており、選挙後の情勢は不透明である。

ただし、選挙が近づくにつれて、バイデン政権における政策運営に関して具体的な問題を対象に検討が進んできていることが影響しているように思われる。

民主党寄り、あるいは中立の学者・有識者の大半は、トランプ政権の極端な対中強硬姿勢に批判的である。

彼らは中国の外交や内政を全面的に肯定しているわけではなく、多くの問題点を指摘している。

しかし、米国政府が実施してきた中国に対する「関与」政策が中国に何も変化をもたらさなかったというトランプ政権の見方に反対する。また、同盟国に一方的に負担を押し付ける「アメリカ・ファースト」の方針にも否定的である。

しかし、これは筆者と学者・有識者とのオンライン面談の中で語られるだけであり、大統領選挙キャンペーンにおいて、民主党バイデン陣営からそのような対中強硬姿勢の見直しに関する提案は一切語られていない。

逆に、中国に対して融和的立場と見られているバイデン候補自身が、共和党の対中政策を弱腰だと批判している。

ただ、これがバイデン候補の本音であると見ている専門家は少ない。

6月頃に米国の中国問題に詳しい学者・有識者に対して、バイデン候補が大統領選で勝利する場合に、米国の対中政策は変化すると思うかと質問すると、ほとんどは基本的には変化せず、対中強硬姿勢が維持されるとの回答だった。

しかし、9月に同じ質問をしてみると、その意見は個々の問題によって変化していた。

そして、半分近くの中国問題専門家は、一定の変化が見られるはずだと答えた。しかし、その間、対中政策に関するバイデン候補の言い振りに変化は見られていない。

その理由は、本年67月の世論調査で、米国民の7割以上が中国を好きではないと回答するほど反中感情が高まっているからだ。

こうした中で、もし対中融和姿勢を主張すれば共和党トランプ陣営の攻撃の餌食になるリスクが高いため、バイデン陣営として本音を語ることはできない、ということのようである。

これはポピュリズムである。

トランプ政権はポピュリズムの権化のような存在である。短期的な論戦でこれに対抗するにはポピュリズムを活用するしかない。

それは民主主義が内包する構造欠陥でもある。

ギリシャ時代から民主政治は衆愚政治であると指摘されてきた由縁である。米国の大半の学者・有識者は現在の民主主義の極端なポピュリズム傾向を憂えている。

米国の外交政策は国内政治向け

このようにポピュリズムが強まっている米国の国内政治は外交政策にも影響している。

米国のある著名な外交専門家は筆者に対して、「現在の米国の外交政策は国内向け政策になっている。相手国や関係国のことを考えずに、国内世論での人気とりのための政策決定になっている」と語った。

確かに「アメリカ・ファースト」というトランプ政権のスローガンがポピュリズムそのものであり、国内政治向け外交方針である。

そこから生まれた重要政策は、環境面でのパリ協定からの離脱、貿易面におけるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱、中国に対する貿易摩擦やファーウェイ排除政策である。

国内政治への配慮が外交に大きな影響を及ぼす事例は米国の外交政策だけではない。

英国のブレグジット(EU離脱)、中国の香港国家安全維持法制定とその運用、新疆ウイグル自治区における人権侵害なども広い意味で内政が外交に大きな影響を及ぼしている事例である。

いずれもグローバル社会の中で注目される大国ばかりである。

小国の場合には自国内の都合で外交を動かそうとしても、相手国が受け入れないため、そもそも国内政治向けの外交を実施できない。

ただし、最近はグローバル化の急速な進展の中で、大国といえどもグローバル社会との協調を重視せざるを得なくなってきた。

バイデン候補を支持する学者・有識者の多くが、対中政策を見直すべき方向として、同盟国、関係国との対話を重視し、多国間主義に基づいて対中政策を練り直すべきであると主張しているのはそうした背景による。

ファーウェイ排除政策が変化する可能性

そうした文脈の中でしばしば取り上げられるのがファーウェイ問題である。

6月頃までは米国の学者・有識者の誰に意見を求めても、米国政府はファーウェイだけは許さないだろうとの答えが返ってくることが多かった。

ところが、9月になると、複数の有識者から米国のファーウェイ排除政策について、次のような見方が示されるようになった。

1に、ファーウェイ製品について安全保障上のリスクが指摘されているが、それは疑念であり客観的根拠に基づいていないこと。

2に、仮に米国民のすべての日常会話を盗聴される可能性があったとしても、それを安全保障上のリスクと定義することはできないこと。そのため、民生向け同社製品の活用を全面的に禁止するやり方は正当化できないこと。

3に、同盟国に対してファーウェイの5G基地局などの製品の使用を禁止することは、相手国に巨額のコスト負担を強いるため、米国と同盟国の関係を弱めること。

4に、産業政策の観点から見て、競争力のある外国企業を市場から排除すれば、米国の当該産業の競争力が低下する可能性が高いこと。これは米国の自動車産業が典型例である。

以上のような論拠に立てば、現在の米国政府によるファーウェイ排除政策を継続することは難しいと考えられるという結論が導かれている。

対中政策の変化には時間がかかる

もちろん、バイデン政権が成立しても、国内政治のポピュリズムがすぐに修正されるわけではないため、以上のような冷静な視点からの合理的政策方針がすぐに採用される可能性は低い。

しかし、コロナ禍による経済の停滞が回復に向かい、黒人差別問題などによる社会の分断が改善され、中国および米国の対中政策の効果に関する誤った情報が修正されるといった変化が生じれば、国内政治が安定し、外交に関しても冷静かつ合理的な判断を回復できる可能性は十分ある。

ただし、国内政治との関係を考慮すれば、米国だけが一方的に対中融和政策にシフトすることは考えにくい。

相手国の中国も新疆ウイグル自治区の人権侵害の是正、香港国家安全維持法の運用基準の緩和、南シナ海等における安全保障政策展開の調整など、一定の歩み寄りを示すことが必要である。

そうした歩み寄りが明確な形で示されなければ、米国が中国の姿勢を評価してある程度対中強硬姿勢を修正し、それに欧州諸国、日本等の主要国が同調するといった融和方向への改善は期待できない。

加えて、もし僅差でトランプ大統領が負ける場合、選挙結果を受け入れることを拒絶する過激なトランプ支持者が全米各地で暴動を起こすことが懸念されている。

そうなれば、もしバイデン政権が誕生しても、少なくとも1年間は混乱に陥っている内政を立て直すための政策に注力するため、米中対立等の外交問題に本格的に向き合うのはそのあとになると見られている。

トランプ大統領が再選される場合は引き続き予測困難な状況が続く。

2期トランプ政権で中国政策に関わる人材の中国理解は、第1期よりさらに低下すると見られていることもあり、米中関係の改善を期待することは難しいと考えられている。