今年の“Fortune Global 500”が8月10日に発表された。売上高ランキング Best 500に関し、中国の企業数が初めて米国の企業数を抜いた形となった(それぞれ124社と121社。因みに日本の企業数は53社)。
経済規模で米国に急迫する中国に対して、米国は対中警戒感を強めている(例えばスタンフォード大学のラリー・ダイヤモンド氏が、4月に発表した報告書(改訂版)(China’s Influence & America’s Interests: Promoting Constructive Vigilance)を参照)。また5月に上院を通過して、下院で審議される外国企業説明責任法(Holding Foreign Companies Accountable Act (HFCA); 外国公司问责法案)に関心が高まっている(次の2を参照)。筆者が特に関心を抱いている分野—人工知能(AI)や5G等の軍民両用技術(DUTs)-では楽観・悲観双方の意見が噴出している。こうしたなか、筆者は元国務次官特別顧問でAspen Strategy Group(ASG)を率いるアーニャ・マニュエル氏の小論(Can China’s Military Win the Tech War?)が、“慎重な楽観主義(cautious optimism)”の立場から論じているという理由から、一番納得のいく小論だと考えている(次の2を参照)。
酷暑は峠を越えて“処暑(季節用語で8月23日)”も過ぎた。だが、まだ暑さが残っており、“白露(9月7日)”の時には暑さがやわらぐ事を願っている毎日だ。しかも、やわらいで欲しいのは今の暑さだけではない。
米中間の摩擦熱も低下する事を願っている。この願いに反して先月、Internet上に驚くような中国からの情報が目に飛び込んで来た-「来年年初、解放軍(PLA)は台湾に武力行使し、3日で問題を解決するとの米軍側の資料(“美军方刊物: 解放军很可能明年初对台动武 3天解决”)」。米国側の情報を調べてみると、米国海軍協会(USNI)の月刊誌(Proceedings)の8月号に載ったジェイムズ・ウィニフェルド元統合参謀本部副議長による小論が中国側を憤激させた事が分かった(The War That Never Was?)。同論文は“ツキジデスの罠”に言及しつつ中国が台湾を攻撃する危険性に関する小論だ。たとえ仮定の話だとしても著者や発表の時期・媒体を考えると中国側からすれば気分の良い話ではない。
中国ネティズン(网民)の一部は激昂している模様だが、強硬派の代表的人物は抑制気味だ-例えば戴旭国防大学戦略研究所教授は、大国間競争の長期化を予想し「忿怒ではなく理性で対処し、智慧と勇気で戦わねばならぬ(必须要用理智取代怒火,要斗智斗勇)」と語っている。確かに世界的な指導力が揺らぎだした米国に対して、中国だけでなく他の国々も冷静かつ賢明に対応する必要がでてきた(p. 4の図表を参照)。
代表的な知中派のひとりであるケヴィン・ラッド元豪首相は小論(Beware the Guns of August—in Asia: How to Keep U.S-Chinese Tensions from Sparking a War)を発表したが、見出しに有名な本のタイトルを示して、短い文章の中に意義深い意見を込めようとしている。例えば冒頭の“Guns of August”と文中の“Sleepwalkers”は共に第一次世界大戦の勃発時を描写した本で、前者はケネディ大統領がキューバ危機の際に取り上げた事で有名なタックマンの『八月の砲声』、後者は小誌78号(2015年10月)で触れたケンブリッジ大学クラーク教授の著書『夢遊病者たち』だ。
我々はラッド元首相等と共に米中両国に対して“思い止まらせ連合(an alliance of dissuasion; 劝阻联盟)”を形成し、たとえ“意図せざる武力衝突(an inadvertent armed clash; 擦枪走火)”が勃発しても、冷静に対処するよう説得しなくてはならない。これに関して筆者は、国際政治学の権威、故スタンリー・ホフマン教授から教わった事を思い出している。教授はフランス国王ルイ13世の宰相で内憂外患を巧みに克服したリシリュー枢機卿の言葉を、生前筆者に語って下さった-“絶え間なく交渉を続けよ、それも公開、非公開のあらゆる場で。たとえそれが現在成功しなくとも、たとえ将来に期待出来る事が分からなくとも、交渉は国家のためには絶対に必要な事なのだ(Négocier sans cesse, ouvertement ou secrètement, en tous lieux, encore même qu’on n’en reçoive pas un fruit présent et que celui que l’on peut attendre à l’avenir ne soit pas apparent, est chose du tout nécessaire pour le bien des Etats)”、と。我々は指導的立場を忘れ内向きになった米国に対し、対話の努力を促す責務があるのだ。
米中対立とCOVID-19の影響で、優秀な中国人が米国高等研究機関で研究する事が困難になっている。
この動きを知り、筆者は戸惑いを感じている。何故なら米国は研究インフラが最も完備している国で、世界の優秀な人材(the best and brightest in the world)なら何らかの繋がりを求める国だからだ。例えば小誌7月号で触れた資料(The Global AI Talent Tracker)を見ると、中国やインド、欧州や中東の優秀な研究者は米国へ渡り、米国に留まろうとしている事が分かる。「米国は自らの長所-優秀な人材を集める能力が最も高い国-を忘れたのか?」と、筆者は戸惑いを隠せないでいる。
思い起こすべきは、優れた人材を国外追放したのがHitlerite Germanyで、彼等を受け入れ活用したのがRooseveltian Americaだった事だ。1933年、反ユダヤ政策を採るヒトラーに対し、ヴィルヘルム協会のマックス・プランク総裁はユダヤ人研究者の保護を求め「ユダヤ人の俊英を国外追放すれば、彼等は学術振興に必要な人材ですから外国の利益になるだけです(Wenn man wertvolle Juden nötigen würde auszuwandern, weil wir ihre wissenschaftliche Arbeit nötig brauchen und diese sonst in erster Linie dem Ausland zugute komme)」と告げた(勿論、ヒトラーはそれを無視した)。今回、米国での研究が許されなかった逸材を受け容れ、活用する国はどこだろうか、人材の移動を今後も注視したい。