1. 一面しか報じられていない米中対立
米中対立がますます深刻化している。
7月22日、米国政府は中国政府に対して、2日後の24日にヒューストン総領事館を閉鎖することを命令した。
その翌日の7月23日、マイク・ポンペオ国務長官がカリフォルニア州にあるニクソン大統領記念図書館で演説し、中国を以下のように厳しく批判するとともに、中国に対抗するため、民主主義国の結束を呼びかけた。
「習近平主席はすでに破綻している全体主義イデオロギーの信奉者であり、中国共産党が世界の覇権を掌握するという願望を抱いている」
「我々はこれ以上中国を普通の国として扱うことはできない」
「(自由を尊重する考え方を共有する)国々は民主主義の新たな同盟を組織する時が来ているかもしれない」
これに対して、中国政府は、7月24日に米国の成都総領事館の閉鎖を命じ、27日に実施された。この報復措置が米中対立を一段と激化させている。
一般のメディア報道は、以上の事実を伝えるところで終わっている。
そして、米国政府による総領事館閉鎖やポンペオ演説を米国の多くの有識者が支持していることを前提に、ますます激化する米中対立に対して日本はどうすべきかを論じる論評が多く目につく。
しかし、筆者が8月上旬に米国を代表する米中関係の専門家数人に話を聞いたところ、米国内には異なる立場から米中対立を見る重要な争点があることが見えてきた。
2. 対中強硬姿勢は大統領選挙向け
ある著名な米中問題の専門家から、すぐに次の小論を読むことを勧められた。これが米国の良識ある有識者の意見を代弁しているとのことだった。
ポンペオ演説翌日の7月25日、米国を代表するシンクタンクである外交問題評議会のリチャード・ハース会長がワシントンポストに小論を寄稿した。
標題は「マイク・ポンペオは中国、リチャード・ニクソンおよび米国外交政策の何が分かっていないのか」である。
その中で、ハース氏は以下のようにポンペオ演説を厳しく批判している。
「問題は国家の首席外交官が明らかに非外交的であったことだけではない。さらに悪いのは、彼が歴史を歪曲して説明したこと、および、米中関係への的確な対応に必要な筋の通った、実現可能な道筋を示すことができていないことである」
「トランプ政権は中国を穏健にさせる可能性を潰している」
「中国に対処する有効な米国の対外政策は同盟国や提携国との協力により機能するものである。しかし、トランプ政権はEUを経済的な敵対者として扱い、日韓両国を非難した」
「米国政府は同盟国に対して中国の5G技術を利用しないよう圧力をかけているが、その代替技術を開発するために同盟国とともに取り組むことができていない」
この小論を紹介してくれた米中問題の専門家およびその他の著名な国際政治学者らは、最近のトランプ政権の対中強硬策は大統領選挙(投票日は11月3日)に向けたプロパガンダ(宣伝工作)が目的であると指摘する。
本年4月以降、トランプ政権は新型コロナウイルスの感染対策で誰の目にも明らかな判断ミスを重ね、米国社会を世界最悪の状況に陥れた。
黒人差別に対する抗議運動を鎮圧するために軍隊を動員しようとした姿勢なども厳しい批判に晒された。
大統領選挙キャンペーン最中の度重なる失策はトランプ陣営にとって大打撃となった。
トランプ大統領は自身の再選のためには手段を択ばず、国益も世界秩序も眼中にないというのは大多数の米国有識者の一致した評価である。
トランプ大統領はこれらの問題から国民の目をそらすために中国を悪玉としてつるし上げることを選択した。米国内のコロナ感染拡大も中国に責任があることを強調した。
トランプ大統領は大統領選挙キャンペーンにおいて最大の宣伝材料として準備していたのが経済の堅調持続を実現したことだった。
ところが、新型コロナの感染拡大により米国経済は深刻な停滞に陥り、いまだにその出口が見えない状況が続いている。
もちろん世界各国とも同じ問題に苦しんでいるが、米国が他国に比べても深刻な状況に置かれているのは、明らかにトランプ政権の誤った政策判断によるものである。
加えて、2番目の宣伝材料として準備していた対中強硬姿勢についても問題が生じた。
大統領選対抗馬の民主党ジョー・バイデン候補は対中融和派として知られているが、その彼自身が最近、中国を厳しく批判する小論を発表し、トランプ政権の対中政策を弱腰であると批判した。
このため、トランプ大統領とバイデン候補の間に対中強硬姿勢の差がなくなり、対中政策は選挙の主要な争点でなくなってしまった。
しかも、6月中に実施された主要メディアによる支持率のアンケートの結果を見ると、すべてのアンケートにおいてバイデン候補がトランプ大統領をリードしており、その差は8~14ポイントに広がっていた。
以上が7月前半時点の大統領選の状況である。
トランプ陣営がいかに追い詰められていたかは明らかである。この不利な状況を何とか打開するために採られた対策が前述の常軌を逸した対中強硬策だった。
これについて米中問題の専門家は揃って次のようなリスクを指摘する。
中国は米国にとっての脅威である。いかにトランプ政権の対中政策の方向が不適切であろうと、反中感情が強まっている多くの国民がこうした米中摩擦を激化させることを歓迎していることは無視できない。
これが続くと、仮にバイデン候補が大統領選挙に勝利して民主党政権が生まれ、米国の対外政策を正常化させようとしても、国民感情に迎合的な現在の対中強硬路線を修正するのは難しくなる可能性がある。
3. 米中対立の特殊な状況とリスク
以上から明らかなように、現在の米中対立の深刻化は米国大統領選挙投票日を2か月半後に控えた特殊な政治状況の下で起きている。
それを主導しているトランプ政権は、「アメリカ・ファースト」という利己主義的な外交方針を掲げ、それを実践してきたのみならず、コロナ対策や黒人差別問題を巡り米国社会が分裂することまで選挙に利用しようとしている。
しかも、トランプ政権には中国の政治・経済・社会の実態を理解する専門家がほとんどいない状況が政権発足以来続いている。
こうしたトランプ政権の特殊性を理解せず、中国政府がトランプ政権の強硬姿勢に対して強硬姿勢で応えれば、反中に傾く米国国民感情の火に油を注ぐことになる。
これはトランプ政権にとっては期待通りのありがたい反応である。
中国政府がどこまでこの問題の重大さを認識しているのか不明である。ただし、ヒューストン領事館の閉鎖に対して米国の成都総領事館を閉鎖させて報復した対応を見る限り、問題の重大さを理解して冷静に対応しているようには見えない。
中国国内の国民感情がナショナリズムに傾いている状況下、対米強硬策を支持するのは容易に想像がつく。
中国政府がその圧力に押されて対米強硬姿勢を採れば、国内政治面では楽である。
しかし、その副作用として米中関係が一段と悪化し、中国はさらに大きなリスクに晒される可能性が出てくる。
米中問題に詳しい中国の有識者の間では、南シナ海、あるいは台湾周辺で米中武力衝突が生じるリスクを指摘する声が増えている。
それが故意にせよ偶発にせよ、武力衝突に至れば、コントロールできる保証はない。
そうなれば当然日本も米国の同盟国として武力衝突に巻き込まれる。11月の大統領選挙も延期される可能性が出てくる。
これほどのリスクが意識され始めている状況下、日本国憲法で戦争放棄を掲げながら、今の米国トランプ政権の特殊な状況に対して、日本政府はこれまで同様受け身の姿勢で従い続けるだけでいいのだろうか。
重大なリスクが見え始めている状況下、日本としてそのリスクを未然に回避するために最大限の努力をすべきではないのか。
4. 日本は何をすべきか:「和」の重要性
現時点で重要なことは、現在の米中対立は米国大統領選挙キャンペーンの中で、極めて厳しい状況に追い込まれているトランプ陣営が宣伝工作としてなりふり構わず対中強硬策を実施していることが背景にあるという認識を持つことである。
日本政府としてこの認識に基づいて的確に対処すべきであるのみならず、中国がこの認識をどこまで共有しているかどうかも十分把握する必要がある。
そのうえで、中長期的な日本の進むべき道について考えてみたい。
各国には各国の尊重する理念、国家戦略、個別テーマに関する利害などがあり、それが国家間で自然に一致することはあり得ない。
そこで世界秩序の安定を確保するためには国家間の相互理解、相互信頼、相互協力のための努力が必要となる。
米国が世界の覇権国として圧倒的な存在だった時代は、米国の強い圧力によりルールが規定され、それに従うことが半ば強制され、各国はそれに従わざるを得なかった。
結果的に、それによって世界秩序の安定が保持された時代が続いた。
その時代は米国政府も世界の平和と経済的繁栄のために尽力しており、「アメリカ・ファースト」のような利己主義的方針は掲げていなかった。
このため、各国も不満を感じながらも米国の姿勢を許容してきた。ところが今、その状況は大きく変化している。
米国が軍事力・経済力の面で圧倒的な存在として覇権を握るパックス・アメリカーナの時代は終焉を迎えつつあり、世界は多極化へと向かっている。
現在は高度成長が続く中国も2030年代には安定成長期に入り、世界経済全体の中で中国経済のシェアは低下し始める。中国が米国に代わって覇権国家になる可能性はまずない。
この状況下でグローバル社会が秩序の安定保持に必要な「和」を形成するためには、パックス・アメリカーナ時代のルールによる強制は機能しない。
各国が少しずつ譲り合って妥協点を探るしかない。
異なる立場の相手国の主張を全面否定するのではなく、互いの違い(政治体制、安保上の利害、歴史観の違いなど)を互いに認め合う姿勢を重視することが必要である。
これは東洋思想の「和」の概念である。「みんな違ってみんないい」という理念をグローバル社会が共有することが前提である。
西洋の「和」の概念では一律の基準やルールに従って統一することがイメージされる。必要に応じて強制力によりルールに従わせる。これは一神教に通じる発想である。
これに対して、東洋の「和」は強制力を用いない。互いに異なるものをあるがままに受け入れ、相互に理解し、相互に尊重し、相互に協力する。これは多神教に通ずる発想である。
また、東洋思想には「陰陽和して元となす」という根本理念がある。
相容れないものが一体化するからこそ活力と安定が得られるという考え方である。
東洋の伝統的な発想では表面的なルール以上に道理を重んじる。道理とは物事の正しい道筋である。これは道徳と理性と言い換えることもできる。
道徳の本質は「他者のために自己の最善を尽くしきる」ことである。
理性とは、自分の心の奥深くまで内省し、道徳規範に従って自らを正す人間の本性である。
表面的なルールに従うことで良しとするのではなく、自分自身が正しいと信じるモラル、道徳規範に誠心誠意従っているか、日々自己の内面を問うことである。
これは自己の内面の問題であるため、人には見えない。人に見えない部分において精一杯の努力を生きている限り毎日続けることが東洋思想が理想とする人間像である。
世界秩序の安定のためには民主主義に基づくルールは引き続き重要な枠組みである。しかし、ルールは外形標準による表面的な規制であり、各主体の内面までは問わない。
内面を問わない西洋の「和」の形成には強制力を必要とする。
一方、強制力を用いずに互いの異なる立場を許容し合う東洋の「和」の概念を実践するにはルールベースの枠組みを補完する道徳、理性といった目に見えない内面の土台を共有することが必要となる。
米国の覇権国家としての強制力が機能しなくなりつつある状況下、西洋的概念のルールに基づく「和」を世界秩序形成の土台とすることの限界が見え始めている。
これまでの枠組みに加えて、道徳と理性に従って、相互理解、相互尊重、相互協力を重視する東洋思想の「和」の概念を導入する必要が生じている。
西洋型の民主主義的ルールに基づく社会において東洋思想の「和」の概念を実践する国として日本が世界に向けて進むべき道を示す時が来た。