平成期の経済は昭和期の経済と比べ、その安定性と停滞性が顕著な特徴だ。平成の経済は経済成長率、インフレ率などの指標の変動が小さい一方、平均水準が大幅に低い。読売・吉野作造賞を受賞した小峰隆夫『平成の経済』(日本経済新聞出版・2019年)は、昭和から平成にかけて経済企画庁でエコノミストとして経済分析にあたった著者が、平成期の日本経済についてマクロ的な側面を中心に記述したものだ。
平成経済の右のような特徴が、経済政策の成功と失敗を反映していることが、本書から読み取れる。平成はバブル崩壊と金融システム危機とともに幕を開け、政策当局は対応に追われた。その後、リーマン・ショック、東日本大震災など大きな外的ショックが加わる中、政策当局は経済の安定を図りつつ、デフレ、低成長、財政赤字といった中長期の課題の解決に取り組んできた。
低成長に処方箋
平成経済の安定性と停滞性が示すように、政策当局が外的ショックによく対応してきた一方、中長期の課題は未解決のまま次の時代に引き継がれた。小峰氏は今後の経済政策の方向について、(1)マクロ経済の政策目標と政策手段の関係の見直し、(2)短期的な非常時対応型から長期的構造改革型への視点の移行、(3)政策決定プロセスの改革を挙げている。日本経済に関する最近の注目すべき書物うち、福田慎一『21世紀の長期停滞論』(平凡社新書・19年)は(1)と(2)、土居丈朗編著『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社・20年)は(3)と関連する。
福田氏の著書は、長期停滞論の視点から日本経済の低成長とデフレの原因を論じ、処方箋を提起する。同書は日本経済の長期停滞の基本的原因を需要不足とみる。そして需要不足の原因は、人口減少・高齢化とそれによる財政悪化が進む中、企業に日本経済の将来への悲観的な見方が広がったことが設備投資と賃金引き上げを制約していることにあるとする。こうした見方に基づいて同書は、長期停滞を打開する政策は、根本にある少子高齢化と政府累積債務に焦点を絞った構造改革だと論じている。
この議論は、構造改革が直接には中長期の課題への対策でありながら、同時に短期的にも悲観論を解消し景気浮揚効果があるとする点で注目される。いわゆる「アベノミクス」は、第1から第3の「三本の矢」を標榜しつつ、成長戦略(第3)より、短期的な金融緩和(第1)と財政出動(第2)に重点を置いてきたことは否めない。景気対策を進めながら中長期の課題として成長戦略に取り組んだのだ。7年以上にわたる「アベノミクス」の経験は、こうした戦略の限界を示しており、構造改革による景気浮揚という福田氏の提言は重要だ。
構造改革と効果への期待が企業と人々の間に広がることが、この戦略の鍵だ。構造改革による景気浮揚という戦略は、小泉純一郎内閣が採用したものである。同内閣が不良債権処理に取り組んだ背景には、それにより民間主導の成長を復活させるという考えがあり、実際、不良債権処理が完了したことが財政出動を伴わない長期好況の基礎となった。
構造改革断行を
構造改革を実行するため、小泉内閣が活用した仕組みが経済財政諮問会議である。土居編著の前掲書は、当時の経済財政担当大臣、竹中平蔵氏等へのインタビューに基づいて諮問会議を軸とする政策決定のプロセスを描いている。関係省庁との事前調整なしの「民間議員ペーパー」をもとに諮問会議の場で「ガチンコ」(竹中氏)の議論をして、それを担当大臣がとりまとめ、最終的に総理が指示をするというプロセスであった。既得権益がからむ構造改革を推進するうえで、こうした仕組みは有用であろう。
諮問会議は今日も存続しているが、未来投資会議等の設置によって小泉内閣におけるような枢要な地位を失っている。経済政策の焦点を構造改革に明確化し、その断行のための仕組みを再構築することが必要である。