先月、ポストコロナ世界の未来ビジョンに関するリモート・ディスカッションが、東京大学の工学部と経済学部の間で行われた。コロナ感染拡大とコロナ後の新しい世界を展望した工学研究に資するため、社会科学的知見を参照したいという工学部からの提案によるものである。筆者もこれに参加し、その機会にコロナ流行を踏まえて工学技術に期待することについて考えてみた。
今回のコロナ流行は、しばしば指摘されるように、実際の移動や対面が制限されていても、インターネットとリモート会議アプリ等、既存の技術で不便なく対応できる部分が意外に多いことを示した。しかし同時に、実際に会うこと、現場に行くことの重要性も明らかになった。
そうだとすれば、感染症の征圧がやはり喫緊の課題となる。言うまでもなく、その直接的な手段はワクチン、抗ウィルス薬といった医学分野の研究対象であるが、工学の役割も大きい。人類が直面してきた深刻な感染症のグループにコレラ、赤痢等の水系感染症があり、それらを征圧するにあたって上下水道の整備という社会工学技術が大きな役割を果した。コロナのような飛沫やエアロゾルで広がる感染症について、水系感染症における上下水道に対応する工学技術があり得るのではないだろうか。
また、コロナ流行は自由の大切さをあらためて認識させた。中国はいうまでもなく、欧米諸国や日本でも感染症対応のため、政府が人々の行動にさまざまな制限を加え、さらに人々の行動履歴を政府が把握することも試みられた。感染者との濃厚接触の有無に関する情報は当事者にとって必須であると同時に、政府が感染症対策のために利用することも有効であろう。しかし、濃厚接触の有無を検知するためのシステムを構築するにあたって、それ以上の個人の行動履歴情報が政府に漏れることがないよう、厳格なファイアー・ウォールを構築することが求められる。これもポストコロナ世界における工学技術の重要課題である。