メディア掲載  エネルギー・環境  2020.07.07

日本の石炭戦略

日本原子力学会誌「アトモス」(第62巻6号 2020年6月1日発行)に掲載

石炭火力発電への風当たりが強い。しかし日本は石炭火力発電を内外で堅持しなければならない。その理由を述べ、今後の日本の石炭利用の戦略を構想する。

Ⅰ. エネルギー安全保障のための石炭火力

ある新聞記事で「石炭を輸入するから石油や天然ガスと同じでエネルギー安全保障には寄与しない」という発言を読んで筆者は驚いた。日本が石油ショックを受けて国を挙げて石炭火力開発に取り組み、 しかしなお石油依存度が高く、 しかも中東に頼っていること等を、何も知らないようだ。

「石炭火力発電は日本のエネルギー安全保障に不可欠」ということは、エネルギーや温暖化対策を論じる人は、誰でも知っている基礎知識だと筆者は思っていた。しかしどうやら大間違いだった。筆者だけでなく、経産省も産業界も電気事業者も同じ間違いを冒していると思う。ともすると、 3E+Sとかベストミックスという言葉が政府文書に入っていればそれを以て良しとしてしまい、 しつこく書き込んでこなかった。簡略なキーワードはよく解っている人の間でコミュニケーションをするには便利だけれど、丁寧に繰り返し説明しないと、幅広い聴衆には全然響かない。自称専門家の教授も大新聞の記者も全然分かっていない。関係者は情報発信を強化しなければならない。

Ⅱ. 途上国の持続可能な経済開発のための石炭火力

安価で安定した電力供給は経済開発のために必須である。経済開発は、貧困撲滅、衛生状態の改善、教育、医療の充実など、あらゆる人道的な目標の達成のための基礎となる。石炭火力には、この一角を担う重大な使命がある。これを先進国が独りよがりな論理で取り上げるとすれば、それは犯罪に等しい。

石炭火力ではなく、再生可能エネルギーにすることで、経済的便益を得つつ、大気汚染も軽減できる、 という主張がある。しかしこれはごく稀な状況でしか起きないことであって、アジア、アフリカの多くの途上国では、石炭火力の方が圧倒的に経済的かつ環境にも十分に優しい。

途上国は、何が持続可能な開発に資するのかを、自分で決める権利がある。そして、このことを制度化することで、世界中の事業者にとって、安定した事業環境のもとで石炭火力を推進出来るようになるだろう。ここで制度化と言っているのは、例えば国の計画や法令において、石炭火力発電が当該国の持続可能な開発に寄与するという位置づけを明確にして、事業が円滑に進むよう規定を整えることを指している。

Ⅲ. 自由と平和のための石炭火力

日本をはじめ先進国が石炭火力事業から撤退すると、その間隙の多くは中国が埋めることになる。これはかつてダム事業で起きたことでもある。

石炭火力のような、大きなインフラ案件というものは、単なる商売とは一段違う、国際政治上の意味合いがある。そこではトップレベルの政治家や官僚の信頼が醸成され、事業者や労働者が国際交流を深める。これにより二国間関係は深まる。日本はきちんとインフラ整備に寄与することで、尊敬を勝ち得て、諸国と親交を結ぶことが出来るのだ。

このためには、当該の途上国が望む事業であれば、出来る限り前向きに取り組むことが望ましい。何も石炭火力事業だけを何が何でもやれというのではない。当該途上国の資源賦存状況や経済状況において、その更なる経済開発に資するために、もしも石炭火力事業として魅力あるものが提案出来るならば、それは実施すべきだろう、 ということだ。もしも当該途上国が真に石炭火力事業を欲しているときに、「それは我が国の方針ではない」と言って対応しないならば、 二国聞の関係にとって損失となる。

もしも当該国が日本ではなく中国の事業者を選んだならば、それはその国と中国の関係が一歩深まることを意味する。中国はその国の政治・行政・民間レベルへの影響力を高め、その国は親中的な立場をとるようになる。これは中国が一帯一路政策で狙っていることそのものだ。わざわざその手助けを日本がするのだろうか。

日本はインフラ事業を通じて、アジアをはじめ諸途上国と親交を結び、その経済発展が自由で平和なものになるよう支援すべきだ。その為には、 日本は石炭火力を含めてメリットある選択肢を示すことに徹し、何が持続可能な開発に資するかの判断は、当該国に任せるべきである。

lV. 温暖化対策としての電化に寄与する石炭火力

再び国内に目を転じよう。石炭火力に対する批判として、現時点で石炭火力が存在すると、それが長期にわたりCO2排出を続け、長期的な温暖化対策を妨げる、という意見がある。しかしこの意見は誤りである。

日本の国全体のCO2排出の3分の2を占める化石燃料の直接燃焼を電気利用で置き換えていかない限り、CO2の大幅削減は原理的に不可能である。電気利用技術が、公正な条件のもとで市場に於いて競い合い、優れたものが普及していくためには、電力価格の高騰は避けねばならない。

性急に電気の低炭素化を図るあまり、EVやヒートポンプなどの電気利用技術のイノベーションが遅れるようでは、元も子もない。「角を矯めて牛を殺す」とはこのことであろう。そうならないよう、電力価格を抑制することも重視せねばならない。すると、今日の日本の状況においては、安価な石炭火力発電を利用することは、重要な手段である。

長期的な温暖化対策において、「電化」と「電気の低炭素化」は両輪であり、どちらも、長期的な視点に立って進めねばならない。電力価格を抑制することで、イノベーションを促進しつつ電化を進める一方で、電力価格が高騰しない範囲内に限定する形で、電気の低炭素化を進めることが望ましい。

V. 設備利用率の変化でCO2の大幅削減は可能だ

2050年頃に大幅にCO2を削減するために、ただちに石炭火力を止めるべきだという意見があるが、これは間違いだ。

というのは、設備があるということとCO2が排出されるということは等価ではないからだ。設備利用率は状況によって大きく変わりうる。

日本は2030年まで、石炭火力を一定程度維持する方針を打ち出しているが、これは2050年までに大幅なCO2削減をすることと全く矛盾しない。もしも情勢の変化があれば、石炭火力の設備利用率を下げることにより、容易にCO2を大幅削減できる。

「情勢の変化」としては、例えば以下がありうる。

1) シェールガス採掘技術が一層進歩し、また液化天然ガス(LNG)市場が国際的に成熟して、より安定安価にLNGが供給されるようになる。
2) 原子力の再稼働・新増設が進み、電源構成における比率が増す。
3) PV(太陽光)とバッテリーのコストが大幅に下がり、安価安定な主力電源となる。
4) 中国が民主化し、中東が安定化し、地政学的な緊張が無くなる。

そんなバカなことが、と思われるかもしれないが、2050年までということなら、様々な可能性がある。2050年を待たずとも、上記の1)から4)のうちどれかが起きれば、そのときは、石炭火力の設備利用率を下げてCO2を減らすことも選択肢になる。そして、そのどれも起きなければ、そのときは、石炭火力の設備利用率を維持し、利用を続ければよい。

設備利用率が下がるといっても、決して無用になったということではない。ピーク電力への対応のみならず、不安定な再エネのバックアップや、非常時対応など、電力系統の安定のために重要な寄与が出来る。

VI. 提言

最後に、4点に絞って提言をまとめておこう。

1) CO2は、エネルギー問題における唯一の課題ではない。日本は安全保障上の理由で、電力の安定供給を確保するために石炭火力発電が当面は一定量必要と判断している訳だから、これはきちんと対外的にも説明すればよい。エネルギーをアキレス腿とする日本が、エネルギー政策の舵取りを間違えて脆弱な国になり、自由・民主・平和といった普遍的価値の東アジアに於ける砦で無くなる事態は、欧米も望まないだろう。

2) 個々の民間事業者は、石炭火力への逆風に屈しやすい。それでも石炭火力を続けるためには、 日本政府の方針がぶれないことが重要である。日本は、内外の石炭火力発電を、エネルギー安全保障ないし国家安全保障といった国益の観点から維持する必要があるのだから、国は政策・制度環境を整え、民間が安心して事業に取り組めるようにせねばならない。

3) その一環として、国は、石炭火力が持続可能な開発に資すると考える途上国に働きかけ、その旨を明確に制度化してもらうことが望ましい。

4) 日本は石炭火力をどう位置付け、 どう活用するのか、エネルギー安全保障・国家安全保障・CO2削減を包含した国レベルでの戦略の策定が必要だ。本稿がその一助となれば幸いである。