コラム  国際交流  2020.07.06

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第135号(2020年7月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

新型コロナ発現の直前までは地球を目まぐるしく駆け巡っていた「ヒト・モノ・カネ」の動きが停滞する今、「情報」だけが地球を激しく、しかも真偽が入り混じった形で駆け巡っている。

  ドイツのシンクタンク、メルカトル中国研究センター(MERICS)のクリスティン・シ=クプファー政治社会担当リサーチ・ディレクターが「中国は国際的な逆風を感じている(China spürt den internationalen Gegenwind)」と題し、5月22日の北ドイツ放送(NDR)の番組で解説したが、それを情報通信技術(ICT)のお陰で日本に居ながらにして聴く事が出来た。彼女の解説を参考にして、友人達とEUの外交担当機関である欧州対外行動局(EEAS)が5月21日に作成した特別報告書(Short Assessment of Narratives and Disinformation around the COVID-19 Pandemic)に関し意見交換を行った。同報告書は、中露両国がCOVID-19に関し偽情報を拡散させていると語っているのだ。また昨年秋にオックスフォード大学で開催された「AI・ロボット欧州会議(ECIAIR)」で、或るロシア人は国際安全保障に関する心理戦でのAIの悪用(the malicious use of Artificial Intelligence (MUAI))について報告した。彼は「現下の世界情勢は情報と感情が激しく絡み合っている(современная международная обстановка характеризуется интенсивным информационно-психологическим противоборством)」として、情報処理に際してAIが悪用される危険性を提示している。

 このように情報の中には真実(truth)もあれば虚報(false information)もあり、後者を信用してしまうと状況認識(SA)を完全に見誤る事になる。即ちグローバル化しSNSやAIにより更に発展した情報化社会においては、情報の取得コストは一段と下がるが、自らの目的に従い正確な情報だけを選別し、またそれを正確に理解して適時・適確に行動するコストは、反対に上昇する事を銘記する必要がある。

 そして今はコロンビア大学のロバート・ジャーヴィス教授の本(Perception and Misperception in International Politics; «国际政治中的知觉与错误知觉»)の中の言葉を思い出している--「相手側の敵意を過大に評価する事によるコストは、往々にして過小評価されている(the cost of overestimating the other's hostility is itself often underestimated.)」、と。米中、更には欧露といった世界の主要国が虚報に惑わされて、猜疑心から相手の意思を読み間違い、政策的錯誤を犯した結果として世界が平和から戦争へ、繁栄から衰微へと流れ行く事のないよう願っている。



情報の取捨選択が一段と重要になる中、日本は情報インフラの整備に関しても様々な課題を抱えている。

 学校教育のオンライン化に関する地域・組織・個人間の格差や全国的な情報インフラの弱点が顕在化している。このため情報インフラ分野のR&Dに関して再検討すべきであろう(本ページ下部のPDF4ページ目を参照)。PDF3ページ目で示したMarcoPoloの資料も憂慮すべき現況を示唆している。



真偽が混在した状態で情報が世界中を駆け巡る中、我が国も情報の取捨選択と正確な理解に関し、慎重な態度をとりつつ、衆知を結集して選別眼を磨いてゆかなくてはならない。

 歴史の教訓として、昭和の日本が虚実入り混じる情報に惑わされ、行動の選択肢に関して下した誤断を、優れた研究者達が伝えている。例えば北岡伸一東京大学名誉教授は、当時の日本が「国際関係に対して無関心であった」と語り(『日本の近代5 政党から軍部へ1924~1941』)、また三宅正樹明治大学名誉教授は、太平洋戦争に突入する直前の日本を評して「情報収集能力のはなはだしい弱体ぶりが露呈されている」と述べている(『スターリン、ヒトラーと日ソ独伊連合構想』)。翻って英米の指導者達は正確な状況認識(SA)に努めていた。例えばチャーチルはヒトラーの『我が闘争(Mein Kampf)』を1930年代前半までに英訳で熟読し、また自身で訪独してNazismの恐怖を確認していた。独語が堪能なルーズヴェルトはMein Kampf(我が闘争)を誤訳の多い英訳ではなく原書で読み、しかも国務省の教養ある専門家達がドイツ情報を"穏やかで上品過ぎる"形に英訳するため、ドイツに漂うユダヤ人・スラブ人に対する殺意の"毒気"が米国に十分伝わらない事を懸念していた。

 他方、日本はナチスの宣伝にまんまと騙されたのだ。優れたドイツの外交官エーリッヒ・コルトは「もしも独軍の前線が寒さで凍てつき硬直状態である知らせが1ヵ月早く届いていたら、果たして日本は戦争を始めただろうか(ob die Japaner den Krieg begonnen hätten, wenn die Nachrichten über das Einfrieren und die Erstarrung der deutschen Front einen Monat früher gekommen wären.)」と語っている!! 徹底したアーリア人種至上主義者のヒトラー総統は「ロシアが崩壊し英国が講和を求めてくれば日本は邪魔になるだけ(Denn wenn Rußland nun zusammenbricht, und England mit uns Frieden machen will, könnte Japan nur hinderlich sein.)」と側近に語っている!! しかも1941年3月に訪独した松岡外相にヒトラーが強く要請したシンガポールの攻略も、実際に日本が占領した後の1942年3月、「日本人の大成功に彼は熱狂せず、寧ろ黄色人種を押し返すため20個師団を英軍に援軍として派遣したいと考えていた(Hitler selbst nich restlos begeistert sei von den Riesenerfolgen der Japaner und gemeint habe, am liebsten würde er den Engländern 20 Divisionen schicken, um die Gelben wieder zurückzuwerfen.)」と側近で外交官のウルリヒ・フォン・ハッセルが記している。

 また総統に反対し1938年夏に陸軍参謀総長を辞した智将のルードヴィヒ・ベック大将は「対独軍事支援の観点に立つならば、日本は何の意味も持たない(Eine Hilfe in militärischen Sinne wird Japan für Deutschland in keiner Weise bedeuten.)」と極めて冷淡な態度を日本にとっていたのだ!!


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