メディア掲載  国際交流  2020.07.02

コロナ禍中だからこそ東京五輪を開催すべき理由:グローバル社会の分裂を食い止める日本の挑戦

JBpressに掲載(2020年6月18日付)

1.東京五輪を通じ日本が担うべき役割

新型コロナウイルスとの戦いが世界中で長期化している。

日本では5月25日に緊急事態宣言が解除されたが、その後も東京、北海道、福岡などではクラスターが発生するなど、安心できない状況が続いている。

世界各国も苦戦している。

一旦終息に向かった韓国では再び感染者数が増加し、韓国政府は6月12日、首都圏の外出自粛要請を無期限で延長することを発表した。

最近新規感染者が出ていなかった中国でも6月13日以降、北京で再び数十名の集団感染が発生した。

米国は累計感染者数が200万人を超え、死者数も11万5000人を上回る(6月14日時点)など、世界最悪の状況にある。

米国南部・中西部の州などでは今もマスクを着用しない人が多く、6月中旬時点で全米21州において感染者数が増加するなど、依然深刻な状況が続いている。

この間、欧州は新規感染者数が減少傾向を辿っており、徐々に域内の移動規制が緩和され始めている。

一方、ブラジル、インド、ロシアなどでは今も感染者数の増加が続き、状況はますます深刻化している。

今年の年初に誰がこんな世界を想像していただろうか。

秋冬になれば、2次感染のリスクが高まるため、早期終息は難しいという現実を踏まえ、来年の東京五輪も「完全な形」での開催を諦め、簡素化を検討せざるを得なくなった。

一部には開催中止の議論があるほか、2024年まで延期し、同年に予定されているパリ五輪を2028年に延期するとのアイデアもあるなど、来年の東京五輪開催は予断を許さない状況に追い込まれている。

筆者は最後の最後まで諦めず、可能な限り来年の東京五輪開催を願っている。もし来年の開催がどうしても無理な場合には、何年延期しても次の五輪は東京で開催してほしい。

その最大の理由は、スポーツがコロナ後のグローバル社会の分裂をつなぎとめる大きな役割を担っているからである。

そして、利他主義を重んじる日本人が世界の分裂をつなぎとめるリーダーとしてグローバル社会の先頭に立ち、心と心をつなぐスポーツの役割を通じて世界を団結へと導いてほしいと願うからである。

2.グローバル社会は分裂している

新型コロナウイルスとの戦いは人類共通の課題である。その克服のためには各国が一致団結し、国際協力の下で有効な対策を打ち出すことが必要であるのは明らかである。

しかし、今の世界を見れば、逆方向に向かっている。

米中両国は新型コロナウイルス感染拡大の原因を巡り、双方が相手国の責任を追及して不毛な論争を展開し、一段と感情的な対立を深めている。

EU域内でもイタリア、スペインなどの救済のための欧州共通債券「コロナ債」の発行を巡り、支持するフランスと反対するドイツ、オランダなどの間の対立が生じた。

さらには、こうした状況下で最も重要な役割を担うべきWHO(世界保健機関)に対して、米国はその運営が中国寄りであると批判したため、同機関の機能も低下した。

ドナルド・トランプ大統領はWHOへの拠出金停止まで発表したが、米国内の有識者の間ではその姿勢を批判する意見が多い。

国家を代表する政治家が互いに協力し合い、世界の団結を呼びかけるべき局面であるにもかかわらず、各国は自国利益を優先して国際協調に消極的であり、グローバル社会は分裂している。

これでは問題解決の道筋が見えるはずがない。世界秩序形成の枠組みが機能しない実態が明らかになってしまったのである。

ここで誰かがこの分裂を食い止めるために立ち上がらなければ、世界はますます混乱へと向かう。

3.経済グローバル化の恩恵と副作用

グローバル社会は新型コロナウイルスの感染拡大の長期化に直面している。感染は国境を易々と越え、全世界を巻き込んだ。

これほど急速に感染が拡大したのは、1990年代以降の経済のグローバル化の急速な進展に伴い、国境を越える人的往来が活発化したためである。

経済のグローバル化は各国の経済発展を促進し、生活水準の向上に寄与した。欧米諸国などでは自由競争がもたらす所得格差の拡大という弊害を伴っているが、世界全体では貧困の減少に大きく寄与した。

世界銀行によれば、世界の貧困率は1990年の36%から2015年には10%まで低下。貧困層の数は1990年の18億9500万人から2015年には7億3600万人に減少した。

これを支えた大きな要因は経済のグローバル化である。

一方、そのグローバル化の副作用として生じたのが新型コロナウイルスの急速な感染拡大である。

経済のグローバル化は世界中の人々に巨大な恩恵をもたらしたが、そこから生まれる副作用が全世界の人々に損失をもたらしている。

そうであれば、経済のグローバル化の恩恵を享受した人々が国を越えて一致団結してこの副作用に対処するのは共同の責務である。

4.民主主義政治の構造欠陥

この人類共通の課題克服のためには、グローバル社会全体の相互協力が不可欠であることは明らかである。

それを妨げるグローバル社会の分裂を招いている主な要因は、自国利益を優先する各国政府の姿勢にある。

本来各国が相互に助け合って問題解決に取り組むことが必要であるにもかかわらず、世界では、自国利益の確保のために他国の利益を犠牲にする姿勢が蔓延している。

その各国政府の非協調的姿勢の根本的原因は民主主義制度そのものに内在する構造欠陥にあると考えられる。

民主主義制度において、国家の運営方針を決定する政治家は選挙を通じて選出される。彼らが国家を統治する政府を形成し、様々な政策を決定し、その執行を担う行政官が内政と外交を動かす。

国家を代表して他国と政策協調する役割を担う政治家も行政官もステークホールダーは選挙民である。

その選挙民が自国優先を主張すれば、政治家や行政官がその民意に従わざるを得なくなるのは、民主主義制度のルールの帰結である。

グローバル化が進展する前の段階では、環境、人権、貿易投資ルール、感染症などのグローバルな共通課題と各国の内政問題との関係が今ほど緊密ではなかったため、各国間の交渉でもある程度妥協が成立しやすく、調整も比較的円滑に進められた。

しかし、今や米国大統領選挙キャンペーンが米中関係を始めグローバル社会の分裂を生み出す構図からも明らかなように、グローバル問題と内政問題の間の矛盾がいたるところで表面化している。

この問題は、各国の政治家をそれぞれの国の選挙民が選ぶ民主主義型統治システムでは解決できない。

各国の過半数の選挙民が自国の利益より他国との協調を優先する考え方をある程度共有すれば、問題解決に取り組めるが、通常その想定は非現実的である。

他国との政策協調を自国利益に優先させることを常に自発的に選択する国民が過半数を占める国はおそらくこの世界に一つも存在しないと思われる。

5.世界秩序形成への突破口

国家間の協調行動は難しくても、新型コロナウイルスの共通課題克服のために世界中で国を越えた連帯を叫ぶ人々は多い。

その代表例がスポーツ選手やアーティストである。

彼らはSNSを通じて、世界中の人々や医療従事者に向けて応援メッセージを送っている。その人間性あふれる姿勢に心を打たれない人は殆どいないはずだ。

そうしたメッセージを自ら発信する人々、それを支持する人々の心が一つになる時、グローバル社会が国家の枠組みを越えて団結し、新型コロナウイルスの共通課題に立ち向かう精神的土台が形成される。

通常であれば、自国利益の優先を叫ぶ人たちも、スポーツ選手やアーティストが純粋な気持ちから医療従事者への感謝の想いの共有やグローバル社会の相互協力を呼びかける声に共鳴する。

その時、民主主義制度の限界を突破できる可能性が生まれる。これはルールを超えるモラルの力である。

6.東京五輪をグローバル社会融和のシンボルに

今はまだ、新型コロナウイルスとの戦いが終わっていないため、スポーツや各種イベントを通じてそうしたメッセージを直接伝えることが難しい。

それだけに、このコロナ問題が終息を迎える時、東京五輪は世界中の人々がスポーツを通じて互いにメッセージを伝えあい、心から祝福し合う絶好の機会となる。

来年何とか東京五輪を開催できたとしても、その時はまだコロナ問題が完全な終息には至っていない可能性が高い。そこで直面する様々な課題を世界中の人々の協力で克服することに大きな意義がある。

競技会場では入場者制限を行わざるを得ない状況が続いていても、新型コロナウイルス感染防止のための先端技術を活用した各種インフラ施設とオペレーションを導入して、選手や来場者の安全を確保する。

直接来場できない人々に対してはテレビやネットを通じて世界中で誰もがいつでも見たい競技を観戦できるよう準備を急ぐ。

それを開催国の日本だけで進めるのではなく、各国の政府、民間組織に対して自発的協力を仰ぎ、可能な限り国際協力による共同作業に基づいて、新たな形のグローバル社会共同実施型オリンピックを実現する。

拝金主義を排し、既存のルールに固執せず、国を越えた協調を尊重する利他主義のモラルを基本理念とする大会運営を目指すのである。

具体的には、各国選手団や競技役員などが利用する競技会場施設、移動手段、宿泊施設、eコマース、資金決済などについては、世界最先端の技術を各国・民間組織に提供してもらい、提供者の名前を公表する。

聖火リレー、開会式・閉会式などのセレモニーについては、世界中のアーティストやスポーツ関係者が協力して、遠隔地からのオンライン参加も豊富に取り入れながら、世界全体で共同実施するオリンピックであることを世界に向けて発信する。

同時に、各国が選手団を日本に派遣する事前準備段階において、選手団へのワクチン優先提供、日本到着後の万一の感染に備えた医療体制整備なども国際協力に基づいて実施する。

このような形で国際共同実施する東京五輪が、以後の五輪の新たなモデルとなることを目指す。

日本では地震、津波、台風、豪雨などの自然災害が非常に多いこともあって、災害復興の経験を通じて周囲の人々の苦しみを分かち合う心を大切にしている。

それが利他主義を尊重する国民性の基礎を形成している。

そうした日本人が、今こそ世界中の人々のために自ら立ち上がるべきである。

その利他の想いによって支えられる東京五輪がコロナ後のグローバル社会融和のシンボルになることを心から願っている。