メディア掲載  エネルギー・環境  2020.07.02

アフターコロナで光が当たるか経済再建に欠かせない原子力の役割

エネルギーフォーラム6月号(第66巻786号 2020年6月1日発行)に掲載
エネルギー・環境 新型コロナウイルス

<座談会 参加者>

有馬 純 (東京大学公共政策大学院 教授)
1982年東京大学経済学部卒後、通商産業省入省。国際交渉担当参事官、大臣官房地球環境担当審議官、日本貿易振興機構ロンドン事務所長などを歴任。2015年から現職。


池田信夫 (アゴラ研究所 代表)
1978年東京大学経済学部卒後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを歴任。学術博士(慶應義塾大学)。


杉山大志 (キヤノングローバル戦略研究所(CIGS) 研究主幹)
1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年CIGS入所。19年から現職。




福島原発事故から9年たっても、原子力を取り巻〈問題が山積みであることに変わりはない。ただ、コロナ禍が日本経済を直撃している今こそ、原子力の必要性を再認識すべきとの意見が出ている。


福島第一原子力発電所の事故以降、原発が長期間停止し、国民生活と経済、また地球温暖化対策に影響を及ぼしています。どう捉えていますか。

有馬 福島事故後に全原発が停止し、石炭やLNGの輸入が増えたことで2014年ごろまで電気料金は上がり続け、国民生活や経済にダメージを与えました。

 温暖化対策の面でも、CO2排出量は11年から14年まで増加し続けました。15年以降は、一部の原発の再稼働と再エネの導入が拡大したことで減少傾向にあります。


政府は福島原発事故の後、再エネの普及に力を入れました。温暖化防止に効果がありましたか。

有馬 一定の効果はあったと思います。しかし、原子力と再エネのCO2削減効果を比べると、再稼働に至った原発の発電出力9GW(1GW=100万KW)と、再エネ導入量50GWはほぼ同程度です。やはり、原子力の方が低炭素電源として圧倒的に実力がある。

杉山 長期にわたってCO2削減を進める上では、電源の低炭素化とともに電化の推進がポイントです。原子力の停止では、電気料金の高騰で家庭などの電化が進みにくくなったこともマイナスです。

 政府の気候変動政策はイノベーシヨンを合言葉にしていますが、既存の技術でもCO2削減を進めることは可能で、原子力はその筆頭です。しかし、温暖化問題を重視する人は原子力を嫌う傾向にあります。

 最近、米国の専門家から「テクノロジー・インクルーシブ・アプローチ」という言葉を聞きました。あらゆる技術をうまく使いこなし、温暖化対策のコストを抑えるという考え方です。技術を好き嫌いではなく、合理的に評価する視点がとても重要だと思います。

池田 お二人の発言通り、原発長期停止で良いことは一つもありません。さらに今考えるべきことは、新型コロナウイルス のパンデミックに伴う10年、あるいは100年に一度の世界経済の環境変化が、エネルギー産業にどう作用するかということです。

 経済停滞でエネルギー需要が2~3割落ちる可能性があります。さらに世界各地でCO2排出量が減少する見通しで、中国では既に2~3割減っています。こうしたとても大きな変化が起きている。石油危機でも経験したことのないようなエネルギー需要の激減は、驚くべき変化と言えます。


しかし新型コロナウイルスの感染拡大は、いつかは終息しそうですが。

池田 感染症としては大したウイルスではないと思います。感染者数が多い米国やイタリアも、季節性インフルエンザと比べて突出した被害とはなっていません。しかし、感染の恐怖による経済のパニツクは看過できません。9年前の福島事故と同じような事態が世界規模で起きるという、前例のない事態となっています。

 しかも、製造業のグローバルな供給基地である中国が震源のため、サプライチェーンが崩壊しかねないという懸念もある。


コロナ禍で社会構造急変/エネ産業も影響免れず


エネルギー需要の減少は、これからの政策にどう影響すると考えていますか。

有馬 池田さんの言うように、コロナショックは今後も尾を引き、需要がすぐに回復するとは考えにくい。そういった状況の中で、今後、温暖化対策の追求度合いがどうなるかが、エネルギー政策の鍵になると思います。

 いまは各国、コロナ対策と経済救援策一色ですが、リカバリーの局面に入れば、影を潜めていた温暖化の議論が息を吹き返すでしょう。世界的に今年のCO2排出量が前年比で減少することは間違いありませんが、中国ではすでに増加が始まっています。

杉山 今、世界的にCO2排出が減少しているのは事実で、ドイツが達成不能と思われた20年40%削減目標も、クリアできる可能性が出てきました。ただ、このような状況は一過性だと見ています。CO2排出量は経済成長に比例するので、経済がじわじわ回復すればCO2も増加に転じます。

有馬 感染拡大の前、日本では小泉進次郎環境相を筆頭に、30年26%削減や50年80%削減目標の引き上げを訴える声が多くありました。終息に向かい景気が回復するに伴って、そういった声がまた高まっていくと思います。

 日本経済が疲弊する中、コストを抑えて脱炭素化を進めるのならば、既存の原発をできるだけ長く使うことが、費用対効果の面で重要になります。安全対策の面で原発の新設はハードルが高い。そのため、既設発電所の運転期間の延長が最も費用対効果で優れた温暖化対策といえます。

 米国は環境派団体ですら原発の重要性を認めるのに対し、日本では温暖化も脱原発も両方求める、いびつな議論が続いています。

杉山 「景気回復の局面でグリーンニューディールが必要」との主張が出始めていますが、福島原発事故後に再エネ大量導入にFITで何兆円も費やしたことで、経済成長になったでしょうか。むしろFITで経済の傷が広がりました。コロナ禍の後に、さらに電気料金の引き上げにつながるグリーンニューディールなどの選択をするべきではありません。

 一方、コロナ禍は経済のデジタル化を進めるきっかけになると感じています。経済成長の面、それに温暖化対策の面から、デジタル化への投資を進めるべきでしょう。その前提条件として、原発や火力発電による安い電気が必須となります。


原油と天然ガスの価格低下で、「原子力のコストは相対的に高い」という説が影響力を増していくと思います。

有馬 化石燃料が安いといっても、多額の国富が海外に流出することに変わりありません。火力発電のコストが下がることで原発の競争力が削がれるというのなら、再エネはさらに逆境に立たされることになります。

 他方、中東の不安定化で政変などが起きると油価が一転して上がる可能性もあります。エネルギーを海外に依存する日本にとって、そのリスクへッジの意味でも、原子力の重要性をもっと真剣に考えなければなりません。


歴史的原油安の副作用/プラスマイナス両面あり

杉山 原子力発電所の再稼働が進まないのは、規制側が求める安全性のハードルの高さが理由で、化石燃料とのコスト差ではありません。いくら化石燃料が安いといっても、再稼働すれば原子力の方が安い。

 一方、コロナ禍でリスクの認識が変わるのではないかと思っています。これまでの規制行政は、原子力の安全性のハードルを高く設定し、経済は軽視してきました。しかし、経済がここまで傷んだ今、どこまでのリスクを許容できるのか、再考が必要ではないでしょうか。原子力だけに特別に高い安全性を課すべきではないと思います。その見直しの議論を進める必要があります。

池田 コストが高い、安いといった議論は意味がありません。それよりも、今後の経済立て直しに政治がどう対応するか、その中で動かせる原発を停めたままでよいのか、という問題提起をすべきなんです。

 原子力にとってコロナ禍のプラスの面は、これまで「カネより安全」と賛沢を言い、ほったらかしにしてきた再稼働への圧力が掛かる可能性があることです。

 原発停止が続いている立地地域の経済にとって、再稼働や運転期間延長が進むことの意義は大きい。地方の経済対策の一環として原子力を活用するという議論が、与党から出てくるべきです。

有馬 世界を見渡すと温暖化対策はやはり無視できず、「安いから化石燃料利用を選択する」という思考には変わりにくい。経済にも温暖化にも対応するには、やはり原子力です。日本では「再エネの一層の拡大のため補助金をさらに出すべき」といった主張が出てくるでしょうが、ただでさえ高い産業用電力料金の引き上げにつながるような施策は禁物です。国の温暖化対策予算は、費用対効果をこれまで以上に厳しく見る必要があります。

 今は世界の関心がコロナにシフトしていますが、環境派は巻き返しを図っています。日本でも30年目標の引き上げや50年ネットゼロエミッションという議論が出てくるでしょう。この場合、再稼働や運転期間延長の道筋を決めておくことが死活的に重要になると思っています。


贅沢な政策は限界に/第6次エネ基への注文


来年には第6次エネルギー基本計画の議論も予定されています。原子力の位置付けはどうあるべきだと考えますか。

杉山 3E(経済性、環境性、供給安定性)+S(安全性)の中で、これまでは環境に偏っていました。しかしコロナ禍を経験した今は、経済性やセキュリティーの重要性を改めて浮かび上がらせるべきです。再エネだけではなく、火力や原子力といった安定電源を持っていることが、強靭なエネルギー供給につながる、との再認識が必要です。この困難にきちんと対処できるよう、「原子力だけに突出した安全規制を課すべきではない」と書き直すべきです。

有馬 恐らく、アフターコロナにテレビ会議などがある程度定着すれば、電力の需要パターンは相当変わると思います。ただ、電力需要が元通りまで回復しなくても、電力構成に関する課題は残り続け、温暖化対応で50年80%削減目標の引き上げへの圧力も継続するでしょう。

 再エネや蓄電池のコストが大きく下がらない限り、原子力という低炭素オプションを放棄することは愚の骨頂です。逆に経済が疲弊しているからこそ、再稼働、運転期間の延長を軸に、原子力に光を当てるべきです。

 結局、今まで原子力の議論が盛り上がらなかったのは、政府が「安全性が確認された原子力の再稼働」以外は口にしない姿勢に終始してきたからです。官邸には勇気をもって、運転期間延長やリプレースなどの議論を進めてほしい。

池田 基本計画は20~30年のスパンの長期の視点から策定するので、コロナ禍で何かが変わるという性質ではありません。ただ、コロナ禍によって日本経済がいつまでも安泰ではないことがはっきりしました。

 ウェブ会議で原子力の必要性を語り合った福島原発事故でも日本経済はそれほど落ち込まず、再エネに膨大な予算をつぎ込むという贅沢なコンセプトが、第5次計画でも踏襲されました。その結果、原発停止による機会損失で、この9年間でエネルギー産業は100兆円規模の無駄遣いを強いられました。

 しかしサービス業が壊滅状態となり、雇用状況が悪化する可能性が高い今、これまでのような贅沢は言っていられません。福島原発事故以降、国民もマスコミも政治も、ゼロリスクにこだわり続けました。それはコロナ対応でも同じです。ゼロリスクの追求ではなく、適正なリスクをどこまで許容していくのか。ジャーナリズムもこの問題に向き合う必要があります。

有馬 政治が原子力問題から逃げ続けるのであれば、エネルギーコスト上昇を抑えるため、化石燃料も使っていくしかありません。今は化石燃料価格が暴落しているので、幸か不幸かエネルギー産業の経済損失は原発事故時ほどではありません。

 温暖化対策を進めるためには健全な経済が前提であり、コロナ禍で経済がダメージを受けている以上、再エネに湯水のようにお金を使うような贅沢なオプションを選ぶことはできなくなります。リスクを取らずに再エネばかり優遇してきた政治が、リスクを取る判断ができるのか、注目したいと思います。

杉山 コロナ禍で感染防止と経済損失という、リスクとリスクのトレードオフに直面しました。国民がリスクの捉え方を考え直す機会になったのではないでしょうか。ひいては原子力問題を見つめ直す機会にもなることを望んでいます。