メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.06.22

日本米の輸出は極めて有望だ: 「日本の米はおいしいのになぜ輸出しないのか」「減反で米価が高いから輸出できない」

論座に掲載(2020年6月2日付)
農業・ゲノム

農業利権プレーヤーが煽る「食料危機」論に惑わされないための穀物貿易の基礎知識』に続き、農産物貿易の実際についての重要な事実を説明したい。  農業に関係している人たちは、米の内外価格差は極めて大きいので、関税が必要であるうえ、輸出なんてとても無理ではないかと主張する。

 私が教えている東京大学公共政策大学院でも同様な趣旨の質問を学生から受けた。これは、農業界だけではなく一般的な通念となっているようだ。

 果たしてそうだろうか?


変わらない

 この主張に答える前に、まず、最近の農産物貿易についての特徴を述べよう。

 現実の世界貿易は、途上国が農産物を輸出して先進国が工業製品を輸出する、あるいは、土地の広いアメリカが農産物を輸出して日本は工業製品を輸出する、といったたぐいの固定観念とは異なっている。小麦やトウモロコシなどの穀物や大豆については、先進国が輸出し、途上国が輸入しているという事実とその理由を説明した。しかし、このパターンは、これ以外の農産物には必ずしも当てはまらない。

 リカードが「イギリスが毛織物、ポルトガルがワインを輸出するのはなぜか」という例を取り上げたように、伝統的な国際経済学は国際間で異なる産業の産品が互いに輸出されるという枠組みで構成されてきた。

 これは生産技術の違いや土地、労働や資本などの生産要素の賦存量が各国で違うという生産面に着目したものだった。各国で消費、嗜好に違いがあることは捨象し、嗜好は各国で同一だという前提条件を置いて議論してきた。

 しかし、内外では嗜好が違うこともある。日本では長すぎて評価されない長いもが、長いほど滋養強壮剤として好ましいと考えられている台湾へ輸出され、高値で取引きされている。

 また、日本では評価の高い大玉はイギリスへ輸出しても評価されず、苦し紛れに日本では評価の低い小玉を送ったところ、やればできるではないかと高く評価されたリンゴ生産者もいる。欧米では、リンゴはサンドイッチと一緒にカバンに入れてランチで食べるという習慣があり、小玉の方が好まれるためだ。

 これは経営的にも示唆に富む。自然相手の農業では、大玉も小玉もできてしまう。大玉ばかり、小玉ばかり、作るわけにはいかない。しかし、大玉は日本で、小玉はイギリスで販売すれば、売上高を多くすることが可能となる。


農産物についても"産業内貿易"が進展

 それだけではない。実際には、同じ産業の中で、異なる品質の商品が、相互に輸出されたり、輸入されたりしている。同じ国でも人それぞれ嗜好は異なり、異なる品質の商品を需要するからだ。自動車についても、我が国はベンツ、ルノーやフォードなどを輸入しながら、トヨタ、ニッサン、ホンダなどを輸出している。

 伝統的な国際経済学では、この現象を説明できない。これに着目して、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンは、1979年新しい貿易理論を提示した。

 農産物についても同様である。ワインについては、フランス、アメリカ、オーストラリアなどは、互いにワインを輸出し合っている。アメリカの酒屋に行くと、自国だけではなく、ヨーロッパ、南米、オセアニア、南アフリカなどからのワインが並んでいる。消費者が様々な品質やブランドのものを要求するからである。

 次は、ワインの輸出、輸入の上位10か国の金額順位である。アメリカ、ドイツ、中国が、輸出にも輸入にもランクインしている(以下の輸出、輸入に関する図はFAOSTATにより筆者作成)。輸出と同時に輸入も行っているのである。


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 牛肉についても、同じである。2017年、アメリカ、オランダ、フランス、ドイツの4か国が輸出にも輸入にも上位10か国にランクインしている。金額面では、アメリカは最大の輸出国であると同時に、世界第6位の牛肉輸入国である。この年、数量では、アメリカは輸出も輸入も130万トン程度、輸出金額第10位のオーストラリアの方が輸出量では150万トンとアメリカを上回っている。

 アメリカは、牧草で肥育されたハンバーグ用の低価格牛肉はオーストラリアから輸入する一方で、トウモロコシなどの穀物で肥育した高級な牛肉は、日本などへ輸出している。このため、少ない量を輸出しても、アメリカの輸出額はオーストラリアの3倍にも達する。アメリカは輸出とほぼ同量を輸入しても、輸出と輸入に係る牛肉の品質・価格差のため3億6千ドルほどの輸出超過となっている。


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 農業全体でみても、アメリカは、世界最大の輸出国であると同時に、中国と並ぶ世界第二の輸入国である。他の国も輸出を行いながら、輸入もしている。日本は例外的に輸入が多く、輸出が極端に少ない。


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 つまり、農産物についても、工業製品と同じように品質の違いがあるため、貿易は双方向に行われているのである。ある国が一方的に輸出国で、他方が輸入国であるという関係ではない。これが品質に差がある場合の"産業内貿易"である。


様々な品質の農産物

 我々が自動車販売店に行くとき、「自動車をください」とは言わない。カローラとか具体的な車種の名前を店員に告げる。店に行く前に、中古車か新車か、小型車か大型車か、一般車か高級車か、国産か輸入か、電気自動車、エコカーかどうかなど、様々なジャンルから特定の車を頭に置いたうえで、買いに行く。自動車という商品はないと言ってよい。

 農産物も同じである。小麦についても、品種の違いによって様々な用途がある。日本が輸入している銘柄を見ると、カナダ産ウェスタン・レッド・スプリングは主にパン用、アメリカ産ダーク・ノーザン・スプリングとハード・レッド・ウィンターは主にパン・中華麺用、オーストラリア産スタンダード・ホワイトは主に日本麺用、アメリカ産ウェスタン・ホワイトは主に菓子用に、それぞれ利用されている。タンパクの含有量の比率が異なるからである。ちなみに、讃岐うどんの原料は、国産小麦ではなくオーストラリア産スタンダード・ホワイトであり、オーストラリアは日本のうどんにターゲットを絞って品種開発を行ってきた。


"米"という商品はない

 米についても、ジャポニカ米(短粒種)、インディカ米(長粒種)の区別があるほか、同じジャポニカ米やインディカ米でも、品質や価格に大きな差がある。

 一般的には、ジャポニカ米の方がインディカ米より価格が高い(図でカリフォルニア中粒とあるのは、長粒種と短粒種の中間種であり、同州で一般的に生産されている米である)。インディカ米でも、パキスタン等で生産されるバスマッティ・ライス、アメリカ・中国向けのタイ産のジャスミン米(香米)のような高級米と、アフリカや南アジア等へ輸出される低級米とでは、大きな品質や価格の違いがある。図で示しているように、同じインディカ米でも通常の品質の米と香米では3~4倍の価格差がある。


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(注)FAO資料より筆者作成


 アメリカは327万トンの輸出を行いながら、高級長粒種ジャスミン米を中心にタイなどから77万トンの米を輸入している(2017年)。ワインや牛肉と同様、米でも産業内貿易が実際に行われている。

 国内でも、同じコシヒカリという品種でも、新潟県魚沼産と一般の産地のコシヒカリでは、1.3倍の価格差がある。これが農産物の工業製品と異なるところである。日本で作るカローラもアメリカの工場で作るカローラも、品質に違いはない。ところが同じコシヒカリでも、気候・風土によって異なる品質のものができるのである。これが農業の面白いところでもある。


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(注)2020年3月現在の価格。農林水産省資料より筆者作成。


 国際市場でも、日本米は最も高い評価を受けている。香港では、同じコシヒカリでも日本産はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍の価格となっている。


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 数年前、オーストラリアのマードック大学は、アジア太平洋地域から著名な研究者等を集めて食料安全保障に関する委員会を2年間ほど開催した。日本からは私が参加した。この報告書の公開にあたり、委員会は多くの人に関心を持ってもらうため、シンガポールでシンポジウムを開催した。その終了後のレセプションで、私は数人のシンガポールの人たちから「日本の米はあんなにおいしいのにどうして輸出しないのか」という質問を受けた。「政府が減反で米価を高くしているから輸出できないでいる」という恥ずかしい答えしかできなかった。


異なる米で価格比較

 ベンツのような高級車は軽自動車のコストでは生産できない。高品質の製品がコストも価格も高いのは当然である。日本の農業界の主張は、ベンツとインドのタタ・モーターズの価格を比較して、大幅な価格差があるので、ベンツはタタ・モーターズと競争できないといっていることと同じである。カリフォルニアでも日本産に近い品質の米のコストは高く、日本での米の値段と同じ値段で消費者に売られている。

 日本の農業界は、米については内外価格差が大きいので、関税が必要だと主張してきた。しかし、かれらがこう主張するとき、日本の米価と比較する対象は、タイ米などの長粒種や中国の街中で売られている低級米の価格である。内外価格差が大きくなるのは、当然である。しかし、三ツ星レストランのフランス料理と大衆食堂の定食の値段を比べることに、意味があるとは思えない。

 意図的に大きな内外価格差を使用した時がある。ウルグアイ・ラウンド交渉では、農産物の輸入数量制限は関税に置き換えることが要求された。いわゆる関税化である。

 このとき内外価格差で置き換えられる関税については、国内農業を保護するため、できる限り大きな数値を設定した。国内価格と比較する国際価格について、できり限り安いものを使ったのである。米については、ジャポニカ米ではなく、インディカ米であるタイ米の安い価格を使った。タイ米は、1993年に米が大不作の時に輸入したが、日本人の嗜好に合わず、大量に売れ残った。

 品質が違うので本来比較するのは適当ではないのであるが、関税を高くするために、タイ米の価格を使ったのである。こうしてキログラムあたり402円という関税が設定された。今の関税は、ウルグアイ・ラウンド合意に従い、これを15%削減した341円となっている。今の国内の米価は250円程度であるので、これを大きく上回っている。たとえ輸入米の価格がゼロでも、関税を払うと国内の米と競争できない。過剰な保護関税である。

 ドーハラウンド交渉で日本政府は、これを従価税に換算すると778%になるとWTOに通報した。この数字が、TPP交渉では、米の関税撤廃に反対する大きな根拠となった。この数字が本当なら、農業界や農政担当者は、消費者に国際価格の9倍もの米を食べさせていることを恥じるべきなのに、それを農業保護・関税の必要性にすり替えたのだ。


有望な日本米輸出

 国際的にも、タイ米のような長粒種から日本米のような短粒種へ需要はシフトしている。おこわのように中国では米を蒸して食べていた。この15年ほどの間に、電子炊飯器によって炊くという調理方法が日本から普及してから、ジャポニカ米の消費は大幅に増えたといわれている。かつてほとんど生産がなかったジャポニカ米の生産は4割まで拡大している。

 供給面でのコストアップ、需要の拡大から、中国での米価格が将来上昇していくことが予想される。しかも、重金属で汚染されている中国の米に比べて、中国では日本米への安全性の評価は高い。日本の米にとっては、大きなチャンスである。

 アメリカとは、競争できないのだろうか? 

 日本米と品質的に競合するのは、ほとんどがカリフォルニアで作られる短粒種である。カリフォルニアでは中粒種の生産が中心で短粒種の生産は同州の生産の1割にも満たない。さらに、同州では、稀少な土地や水資源を多く使用し、米と生産面で競合するアーモンドの作付け・生産が拡大してきている。米生産は圧迫されており、同州の農業生産額に占める米の割合は1%に過ぎなくなっている。

 しかも、乾燥したアメリカでは、米の食味に影響する水分含有率が低い。日本では、15%程度だが、カリフォルニアでは10%程度に下がる。さらに、乾燥しているため、評価を下げる破裂した米("胴割米"という)の発生が多くなる。さらに、他の米産地であるアーカンソーでは、大型農業機械が乾田仕様なので、収穫1か月前に水分を落とさなければならず、稲穂に水分が乗らず、粘り気がなくなる。品質的に日本米に匹敵するような米は限られている。

 日本は、中国、アメリカやタイなどから米を輸入してきたが、最近では米の輸出が増加している。現在の価格でも、台湾、香港、シンガポールなどへ米を輸出している生産者がいる。

 しかも、最近の経済指標には珍しく、米の輸出量は、右肩上がりで伸びている。2018年の輸出は1万3794トンであり、これは10年前の10倍となっている。将来的には、外食用の一部に米が10万トン輸入されたとしても、100万トンの高品質米を輸出すれば、農業界の好きな食料自給率は向上する。ベンツがタタ・モーターズを恐れないように、日本米が品質の劣る低価格米を恐れる必要はない。

 日米間の米の貿易も双方向となってきている。アメリカにとって日本は第3位の米輸出相手国であるが、米の輸入相手国として日本は第11位となっている(2019年)。アメリカの日本米の輸入額は560万ドルだが、2014年に比べると513%の増加率となっており、日本はアメリカに対してもっとも輸出を増加した国の一つになっている。カリフォルニアでの米生産の動向からすれば、日本米がアメリカのジャポニカ米市場を席巻する日が、遠からず訪れるかもしれない。

 しかも、アメリカ等と競争できないという議論には、関税が撤廃され、政府が何も対策を講じないという前提がある。アメリカやEUは直接支払いという鎧を着て競争している。EUもアメリカの10分の1、オーストラリアの200分の1の規模ながら、直接支払いで穀物を輸出している。日本農業だけが徒手空拳で競争する必要はない。近年内外価格差は縮小し、必要となる直接支払いの額も減少している。

 輸出するために価格競争力を上げ、かつ増産する必要があるとすれば、減反は当然廃止となる。そもそも関税がなくなれば、国際価格よりも高い、減反という国内の価格カルテルは維持できない。そうなれば、価格は大きく低下し、国際競争力はますます強化される。世界の万邦に冠たる品質の米が、減反廃止に加えて、生産性向上と直接支払いでいっそう価格競争力を持つようになると、まさに鬼に金棒である。